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白き目覚め  作者: バトレボ
第一章 白き目覚め
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知性、囁く

山は静かだった。


太古の眠りをいまだに続けるような、湿った空気が木々の間を漂い、枝葉の影が陽の光を分解して揺れている。

土の匂いは濃く、風は重く、空を裂くような音もなければ、煙すら流れてこない。


白蛇は、斜面の岩陰にとぐろを巻いていた。

その身体は地に溶けるようにしなやかで、陽光を反射するたび、どこかこの地の生き物とは思えない透明感を放っていた。

だが、身体の奥に宿る意識は、遥か未来から流れ着いた違物――現代人の思考の残滓だった。


(この身体は……生物的に異常だ。寒さも、飢えも、ほとんど感じない。感覚器官が拡張してる……いや、明らかに“進化”してる)


白蛇の目が、風に揺れる枝の奥、遠くの獣道をじっと見据える。


(生きる。俺は……生き延びなければならない)


それはこの新たな命が得た、最初にして唯一の「目的」だった。

そして同時に、それは“知性”が主導した最初の「命令」でもあった。



白蛇はまず、縄張りを選んだ。

山の中腹にある岩場――地熱がわずかに感じられ、霧が下草に溜まって動物の匂いを撹乱する。

近くには細い支流が流れていて、そこから下れば、山裾に続く村がある。


人間の生活域に近い。だが、直接は干渉しない絶妙な距離。

獣の通り道から少し外れたその一角に、白蛇は身を置いた。


それはまるで、**防衛と補給を両立した“軍事拠点”**のようだった。

蛇という動物の本能を超えた、地勢判断と戦略的選択だった。


(獲物は、川下に行けば狩れる。匂いは風が運んでくる。上流の水場を確保すれば……人間の生活にも干渉できる)


白蛇は、川を下った先の村に目を向けた。

そこには小さな田畑があり、人々が石包丁で草を刈り、土器で水を運び、焚き火で夜を凌いでいた。


(あれが“人間”か……俺が、かつて属していた種)


だが、彼らは“それ”のことを知らない。

蛇に知性が宿っているなどとは、思いもしないだろう。

下手に姿を見せれば、恐れられ、駆逐される。祀られるよりも先に、斬られるだろう。


(恐怖は……火を呼ぶ。俺のような異形は、火で焼かれて終わる)


> 「では、恐れられてはならない。むしろ、“語られる”ことで存在価値を得るべきだ」




その声は、自らの中にある“何か”がそうささやいた。

記憶の奥底――都市に生きていた頃に読んだ神話学、民俗学の片鱗だったのかもしれない。



数日後。白蛇は行動を開始した。

まず、狩りを行う。山を越え、人の領域とは外れた深い森で野獣を狩る。

それを噛み殺し、動かなくなった小鹿や狸を、村の外れ――人がたまに通る山道の近くへ**“置いていく”**。


獲物の血を少し舐め、己の匂いを残す。だが、明らかに“狩りの痕跡”がわかるように配慮する。


(人が見ればこう思う。「これは神の施しだ」と)


彼は「攻撃されない方法」を選ばなかった。

「崇められる方法」を、選んだのだ。



次に、川に行った。

村へと流れる源流の岩場に、小さな蛇のとぐろを模した形に小石を並べた。

近くに羽根と骨を組み合わせて“結界”のような模様を作る。

あくまで自然物を使い、偶然か神意か判断がつかない程度の装飾。


それは**「神域の演出」**だった。



やがて、村の中で奇妙な話が広がり始めた。


「昨日、山道に倒れていた鹿を拾ったら、まるで祀り物のようだった」

「子どもが川で滑って流されそうになったが、不思議と岸に浮かび上がった」

「白い影を見た。風のように滑っていた。獣ではなかった……」


火を囲む夜の語らいのなかに、**“白いもの”**の話が混ざり始める。

それはまだ曖昧で、不確かで、名前すら持たない存在。


だが、「語られた」という事実が、白蛇の存在をこの世界に**“認知させた”**瞬間だった。



白蛇はそれを、風のにおいと空気の振動で感じ取っていた。


村の中で語られる言葉。

自分を示す“記号”が、世界の中で確立され始めている。


(語られた……)


その瞬間、白蛇の身体にわずかな異変が起きた。

内側から、ひとつの“熱”が湧き上がる。

生理的な代謝とは違う。細胞がわずかに輝きを帯び、鱗がわずかに硬質化する。


(これは――信仰の力か)


誰にも見られず、誰にも知られずにあった存在が、

「存在する」と語られることで**“実在性”を得る**。

語られることで、力が現実に影響を与え始める。


白蛇は、ただひとつの答えに至った。


> 「俺は、神になる。だがそれは、生き延びるための“戦略”にすぎない」




彼の神性は、奇跡ではなかった。

戦術だった。

**語られ、存在し、生き残るための、現代知性の“解”**だった。



その夜、白蛇は村から吹き上がる焚火の煙を、山の上から眺めていた。

遠く、かすかに、老人たちが話す声が風に乗って届く。


「……あの白いものは、守り神かもしれんのう」


白蛇の眼が細くなった。


語られ始めた。

神話が、始まった。


そしてその神話の主は、誰よりも理性を持った、

語られずに生き続ける“世界のバグ”――白蛇だった。

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