お触れと兆し
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白蛇村の朝は、冷たい霧の中に始まる。水源の澄んだせせらぎが微かに鳴き、鳥たちが神域の空を横切る。
村の広場に、見慣れぬ布告が張り出されたのは、そんな朝のことだった。
「白蛇信仰、本流に従わぬ者は、加護を受ける資格なし——」
金縁の文と、朱色で押された印。そこには、近隣の村の有力者たちの名と共に、“代表者 クニミツ”の名が書かれていた。
その布告には続きがあった。
> 『白蛇信仰を正式に護持するためには、年ごとの祈祷料を納めること。これにより信仰の安寧と加護の均衡を保つものとする』
言葉巧みに装飾された命令。だが実際には、信仰という名を借りた搾取の構図だった。
その紙をじっと睨んでいたのは、かつて白蛇村を訪れた少年、ユウイチだった。
*
ユウイチは、白蛇村を離れてからというもの、どこか心が騒がしかった。
あの村にいたテンの姿、カズハの眼差し、そして何より——白蛇さまの存在が頭から離れない。
不思議と、あの村にいたときは落ち着いていた。だが今、外の空気を吸えば吸うほど、何かが間違っているような感覚に襲われていた。
布告を見たユウイチの脳裏に、昨夜耳にした噂が蘇る。
「白蛇村は、妙な村だ……語りだの加護だの、あれは“異端”だ」
「白蛇信仰を盾に、好き勝手やってるらしいぜ。金を払わせて、自分たちだけ豊かになってるとか」
「そろそろ、誰かが“正して”やる必要があるってさ」
*
その声の主は、村を束ねる商連の男たちだった。
彼らはすでに動いていた。数人の若い男たちを連れて、白蛇村へ向けて出立したという。
「“異端”を正すためにな」
その言葉の裏にあるのは、信仰や倫理ではなかった。——欲と恐れ、そして排除の意思だった。
ユウイチは胸騒ぎを抑えきれず、走り出した。
*
彼はまだ少年だった。
剣も魔も持たぬ、ただの少年。
だが、白蛇村の静かな朝、カズハの語り、テンの変わりゆく目、
そして山の奥でただ静かに彼を見つめていた白蛇さま。
あの風景が、何か大切なものだったと、彼は感じていた。
「誰かが……知らせないと」
息を切らし、森を抜ける。
彼の足は、かつての道をなぞるように、白蛇村へと向かっていた。
*
その頃、テンは神域の境界にいた。
微かな気配を感じて、山の獣たちが警戒している。
そして白蛇さまも、頭をもたげていた。風の流れが変わる。神域の空気が、ゆっくりと、乱れ始めていた。
*
静かに進む足音。だがその歩みは、確実に“境界”を踏み越えようとしていた。
悪意は、既に放たれていた。




