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白き目覚め  作者: バトレボ
第二章 神域と血
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語りの刃

その夜、白蛇社の社務室の奥、

カズハは明かりを落とした蝋燭の前で、巻物を広げていた。


「……覚醒かくせい


筆を止めると、その言葉の重さに指が震える。


村の子どもテン――

彼に現れた“鱗”と“蛇の目”は、ただのしるしではない。


――力だった。



十歳の儀の数日後、テンは村外れの森で山猪と出くわした。


それまでなら、命を落としていたかもしれない。

だがテンは、猪の突進を真正面から受け止め、わずかに蹴り返したという。


それを見ていた別の子供たちの証言も一致している。


「テンの手が光ってた」

「目が、白蛇さまみたいになってた」

「獣が怯んで逃げたんだ」



カズハは、社にその報告が届いた瞬間、

手に持っていた巻物を落としていた。



あれは偶然ではない。

儀式を通して、語られた子が、

“語りとともに己の力を得た”のだ。


語られる名が、存在の輪郭を確かにし、

語られる性質が、身体に染みこみ、

語られる強さが、魂に力を注ぎ込んでいく。



(テンは“覚醒者”になった。

語りが与えた力を、自覚的に使い始めた)



村の中で、変化は他にも現れ始めている。


草むしりに長けた老女が、

どんな雑草も一息に抜けるようになったという。


狩人の青年は、夜でも獲物の位置が“わかる”ようになった。


大工の兄弟は、木に話しかけて“切るべき枝”が聞こえると笑っていた。


最初は偶然だと、誰もが思った。

だがそれが、“語られた通りのこと”ばかりだったことに気づいてから――


村の空気は、はっきりと変わり始めた。



「語られる者は、語られる通りに、力を帯びる」


それを、カズハ自身が認めざるを得なくなっていた。



テンの話に戻ろう。


彼は変わらなかった。

蛇の目になっても、力を得ても、

いつもと変わらず、社に手を合わせ、

畑を手伝い、仲間と遊び、笑っていた。


だからこそ、村人たちは恐れなかった。



「テンは白蛇さまの子だ」

「神さまの目を借りて、この村を守ってくれる」

「きっと、代々語り継がれる“神の子”になる」



その語りが、またテンの中で力を生み出していく。

語ることで、彼はより“語られた者”へと近づいていく。



(語りが、力の器だとしたら――

私は……何を生み出してしまった?)


カズハは、自分の声を思い出す。


社の前で語った、あの日の言葉。


「テンは白蛇さまに見守られた子。

この村を照らす目を持つ者」


それが現実になった。


語った言葉が、現実を形づくったのだ。



社の奥の御神木に、手を置く。


木の根は静かに脈打ち、

それが神域の“心音”のように、微かに響いた。



(白蛇さま……

これは、あなたの意志なのですか?

それとも、私たちが……あなたを“そういう神”にしてしまったのですか)



答えは返ってこない。


白蛇は、かつてのように人前に姿を現すことはない。

だが、社の祠からは、かすかな気配が、

時折、風のように流れてくる。


(見ている……いや、感じておられる)



その夜――

カズハは初めて“信仰”という言葉の重みを噛み締めていた。


信仰とは、祈ることではない。

“定めること”だ。


語ることで、神が生まれ、

語られることで、人が変わる。


その狭間で、カズハは自身の立ち位置を確かめていた。



翌朝、テンが社へ挨拶に来た。


「カズハさま。今日は、山の見回りに行ってきます」


「……気をつけて。無理はしないようにね」


「うん。でも僕、見えるんだ。何が危ないか、どこに行っちゃいけないか。

なんとなく、山が教えてくれる気がする」


カズハは微笑み、そして心の奥に小さな不安が生まれるのを感じた。


(テン。

お前はまだ、“自分が語られている”ということの重さを知らない)



その日、村の子供たちは“テンの目が山を読める”と語り始めた。


“山が彼に道を教える”と。


新たな語りが、また一つ生まれた。



語りは力になる。

力は語りを呼ぶ。

その循環が、村を、山を、そして人を変えていく。


そしてその語りの中心には、

語る者――カズハが、立っていた。



祈りの代弁者。

神の声を紡ぐ者。

力の源泉。


彼女はもう、ただの語り部ではなかった。


語ったことで現実が変わると知ってしまった以上、

彼女は――村の未来そのものを“定義する者”だった。



その肩に、目に見えぬ重さが、静かに降り始めていた。


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