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白き目覚め  作者: バトレボ
第二章 神域と血
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蛇の印

秋の風が山を下り、村の木々を橙と朱に染め始めていた。


白蛇社では、今朝から準備が進められていた。

今日は、村の子供テンの**《十歳の儀》**の日――

彼の通過の儀式は、村にとってひとつの“祭事”でもあった。



カズハは、神衣と呼ばれる白衣をまとい、

社の祭壇に香を焚いていた。


神語かむがたりにて、語り始めましょう」


静かな声が、社の内に響く。

子どもテンは、緊張した面持ちで、両親の前に膝をついている。


社の奥では、村の者たちが輪を描くように座っていた。

さらにその外には、隣村から来た客人や、商人、若い巫女見習いもいる。


通過の儀は、今や村を越えて注目されるようになっていた。



カズハは、巻物を広げ、

テンの十年の物語を語り始めた。


「この子、テンは……」



幼くして山の気配を読み、

仲間を獣から守り、

言葉少なだが誰よりも真面目な性を持ち、

白蛇さまへの祈りを欠かさぬ、

誇り高きこの村の子。


語りが深まるごとに、社の空気が静まり返っていく。


香の煙が、ゆらり、ゆらりと昇る。

誰もが、テンの“物語”に引き込まれていた。



カズハが、最後の文を読み上げる。


「――よってこの日をもって、テンは、

白蛇さまに認められし命とし、

村の一員として、語りの下に歩まん」


そのときだった。


テンの背が、わずかに震えた。



息を呑む音が社内に満ちる。


テンの首筋に、白い光の鱗模様が浮かび上がっていた。

それはまるで、光が肌の下に宿ったかのように、淡く美しく輝いていた。


「……!」


テンが目を上げると、その瞳――

左の瞳が、縦長の蛇のような瞳孔に変化していた。



「……テン?」


母親の声が震える。

だが、テン本人は痛がる様子も苦しむ様子もない。


ただ、少し戸惑い、

不思議そうに自分の手を見つめていた。


「なんか……体が、軽い」


その声は、いつもより澄んでいた。



外の村から来た者たちがざわめき始める。


「見たか? 目が……蛇の……!」

「まさか、本当に、神の血を……?」

「これは、神通か? それとも……呪い……?」



「静まれ」


カズハの声が、社内を叩いた。


「この子は、語られし者。

白蛇さまに見守られ、育った村の子です」


「変わったのではない。

ただ“現れた”のです――語りが、血を照らしたのです」



沈黙が戻る。


テンの両親は、静かに子を抱き寄せた。

恐れではない。

むしろ、その目には――誇りと、畏敬が宿っていた。



カズハは祭壇に向かい、祈りを捧げた。


(白蛇さま……これは、あなたの意思ですか)


そのとき、社の奥――

御神木の根元から、淡く霧が立ちのぼったように見えた。


一瞬だけ、誰かの視線が山の奥から届いたような気配。



その夜、村ではささやかに祝宴が開かれた。

テンは輪の中心で、あどけない笑顔を浮かべていた。


だが外から来た者の中には、

村を早々に後にした者もいた。


「これは、異様だ」

「神の加護かもしれんが……この村は、もう“人の村”ではない」



それでも、村の者は語るのをやめなかった。


「テンの目は、白蛇さまが見てくれている証」

「神の目を借りる子だ」

「強く、やさしい子になる」



だが、村の奥――

カズハは社に一人で戻り、火を灯して座っていた。


「……これが、始まりなのですね」


自分の“語り”が、子どもの身体に変化を与えた。

それは、もう偶然や祝福ではない。

明確に、語りが血肉を染めている。



(私たちは、変わっていく。

神域に棲むものとして)


彼女の胸に浮かんだのは、

喜びでも悲しみでもない。

ただ、重みを持った“覚悟”だった。



そして山の奥――

白蛇は、静かに目を開けていた。


「……語られたことが、現実になる」


「ならば……俺は、もう“ただの生き物”ではいられないのか」



通過の儀式を経て、

村の子らに“神の因果”が染まり始める。


次に変わるのは、誰か。

そして、村はどこへ行こうとしているのか――


それを知る者は、まだいなかった。


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