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第四章 引渡し

その日、園に緊張が走った。

係たちがざわつき、幼翼の群れの空気が妙に静かだった。


朝の集会の後、僕は個室へ呼び出された。

通されたのは、白を基調とした無機質な応接室。

そこには、事務的な表情をした職員と、ファイルを開いた男が座っていた。


「――ネフィル。お前の引き渡しが決まった」


言葉の意味が、一瞬理解できなかった。


「……引き渡し?」


「そうだ。正式な里親が決定した。あとは書類に署名がなされ次第、お前は園を出ることになる」


それは、出られるという意味でもあり、別の檻に入るという意味でもあった。

胸に冷たいものが走る。


「……誰が、僕を?」


職員は一枚の資料を取り出し、机の上に置いた。

そこに貼られていたのは、琥珀色の目を持つ龍人の顔写真だった。


あの時の......!


胸が締めつけられた。


あの日、団体でやってきた中にいた男。

水をかけてしまったにも関わらず、怒るどころか、ただ静かにこちらを見ていたあの視線。


「彼は、お前を“保護”したいとの申し出を出した。正当な手続きを経て、今朝、許可が下りた」


無言で視線を落とす。

心はざわめいていた。

外に出られることが、希望であることは確かだった。

けれど、それは本当に自由なのか


「……群れには、もう会えませんか?」


小さく漏れた声に、職員の手が止まる。


「……それは、“里親”の判断によるな」


そっと目を閉じた。


これは罠なのか、それとも......


あの日の瞳。怒りでも軽蔑でもなく、同情でもない、何かを見抜くようなまなざし。

あの視線だけが、僕の心を動かしていた。


ーーー


夜。

園内の照明は落とされ、群れの子たちが静かに眠る時間。

だがこの夜ばかりは、いつもの眠りはどこか遠くにあった。


僕がひっそりと食堂に入ると、

そこにはすでに数人の幼翼たちと、白翼のルアの姿があった。


「……やっぱり、もう決まっちゃったんだね」


そう呟いたのはリィナ。


「うん、明日の朝。……出て行くよ」


僕の答えに、場の空気が一瞬止まる。

誰もが言葉を失い、ただ、その“現実”を飲み込もうとしていた。


「ネフィル……行かないでよ……」


リィナの小さな声。潤んだ瞳。

そっと膝をつき、彼女の頭に手を置いた。


「大丈夫。僕は……大丈夫。だから、リィナも、みんなも、ちゃんと生きて」


そう言いながら、ひとりずつ、抱きしめて回る。

小さな体を震わせながら泣く子、ただうつむいて言葉を出せない子、

「お前がいなくなるなんて認めねえ」と、肩を叩くふりをして泣きそうな顔を隠す少年。


ルアは静かに近づいてきて、肩に手を置いた。


「……お前が行くこと自体は悲しい。でも……もし、外の空気を吸えるのなら」


僕は顔を上げる。


「……君の翼で、自由に空を飛べ」


その言葉を胸に刻み、僕は深く、皆に頭を下げた。


「ありがとう。ここまで、僕を支えてくれて」


―――


そして、朝が来る。


僕は、職員の指示で白い服に着替えさせられ、

奥の“引き渡し室”へと案内される。


部屋の中央には、一脚の椅子。

天井には淡い光を灯す魔導灯。

周囲には見慣れぬ機器が並んでいた。


「これは、移送のための処置だ。目覚めたときには新しい家だ」


無感情な声。

そして、肩に打たれた注射の痛みとともに、

視界が、すぅ、と霞んでいく。


みんな……ごめん。だけど……生きるよ


最後に浮かんだのは、幼い仲間たちの泣き顔と、ルアの微笑。


僕の意識は、静かに闇の中へと沈んでいった。

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