第二章 白翼の天使たち
厨房の裏、さらに奥まった廊下を抜けた先。
“白翼の間”と呼ばれるその部屋は、幼翼の群れよりもさらに静かで、少しだけ空気が重い。
その扉をそっと開けると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
香草の匂い。薬草と香料が混ざったそれは、ここで暮らす彼らの肉を、美味しく仕上げるために与えられている香りだった。
「ネフィル……来たか。よく顔を見せてくれたな」
柔らかな声が、部屋の奥から響いた。
現れたのは、白翼の群れの中でも特に美しいと噂される青年天使、ルア。
長く伸びた白銀の髪に、透き通るような青い瞳。
その姿はまるで精霊のように美しかった。
「久しぶり、ルア。最近は元気だった?」
「元気かどうか、か......まあ、生きてはいるな」
ルアは冗談めかして笑ったが、その奥にある翳りを、見逃さなかった。
「今日は、何かあった?」
「いや。ただ……顔が見たくなっただけ」
そう言って、ルアは僕の頭に手を置く。
くしゃりと撫でられると、つい目を細めた。
「お前は変わんないな。群れを守って、強がって、それでも涙を見せない。......最初っからそうだった」
「……ルアも、変わってない。優しくて、自分のことは何も言わない」
二人のやりとりを、近くで見ていた白翼の天使たちが微笑む。
「弟が来たぞ」
「また可愛くなったんじゃないか?」
からかいながら、彼らは僕のことを大切に思ってくれているのがわかった。
だが、その穏やかな時間は長くは続かない。
この部屋の誰もが、いつか自分が料理されることを知っている。
それでも、みんなにそんな未来を迎えてほしくないと思っている。
だからこそ、ルアは静かに囁いた。
「ネフィル。......お前はここから出るべきだ。お前には、生きて、外の空をもう一度見てほしい」
わずかに目を見開き、そっと首を横に振った。
「ルアも。みんなも……。誰一人、ここで終わっていいはずがない」
その声には、決意が宿っていた。
ルアは少し目を伏せ、苦笑した。
「……本当に、強くなったな。もう立派な群れのリーダーだ」
それでも、彼の手は僕の頭から離れなかった。
ただ、少しだけ強く、優しく撫でていた。