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其之六

      六


 寒松院の本陣へ戻ると、厠から戻って来た甚兵衛と廊下で出くわした。


「……どうしたんだ、武兵衛さん。随分、息が上がっているし、高揚しているようだが」


 武兵衛は、敵兵に鳶口を投げたことを悟られないように、笑って見せた。


「山門まで阿部様の薬莢を運んだんだが、途中で、アームストロング砲がでかい木をなぎ倒してやがって。ぶったまげたぜ」


「……遂に、山内に届くようになったのか。速く、下山しないといけない」


 甚兵衛と共に、武兵衛は、講堂の軍議が行われている部屋へ、向かった。


 二人が、席に着くと、焦った様子で、少年の隊士が入って来た。


「府内会津屋敷より援軍が。車坂門に二百の手勢が参り、山内へ入る許可を求めています」


 その場にいた隊士から、歓声が上がった。


 幼い隊士は援軍からの入山願書(ねがいしよ)を、大隅守へ渡してきた。


 傍にいた甚兵衛が「秀吉様が、敵の斥候が会津兵と名乗ったと……」と忠告した。


 急ぎ、大隅守と蔵太が会津軍と称する軍勢の願書を(あらた)めた。


 読み終えて、蔵太は、眉を(ひそ)める。


「そもそも、会津の援軍など聞いておらぬ――。覚王院様の(もと)に会津から使者が参っていたな。……その使者に、入山願書の真偽のほどを確かめて参る。それまで山内へ入れるな」


 蔵太が願書を持って出て行く。大隅守は、まだ幼さの残る若い隊士に、優しく尋ねた。


「援軍の装束は、どうであった。言葉は……。官軍の偽装の恐れはなかったか」


「会津の御紋の旗を持っておりました。車坂門の隊士衆は、味方が来たと大喜びで……」


 雨音が激しさを増している。屋根や壁に雨が当たって、外の音が聞こえにくいほどだ。


 しばらくして、蔵太が走って戻ってくると、叫んだ。


「願書は偽物と判った。敵軍を入れてはならぬ。急ぎ伝えよッ」


 その時、本陣のすぐ外で銃撃の音がした。本来ならば、聞こえる筈のない銃声である。


 車坂門から坂を上がれば、(こん)(ぽん)(ちゆう)(どう)の左脇へ出る。

 

 本陣のある寒松院は、根本中堂を挟んだ右側にあった。中堂のすぐ後ろは寛永寺の中枢たる――()(ほん)(ぼう)である。


「ええい、本陣の許しを待たずに、山内へ入れてしまったのか」と大隅守は(ほぞ)を噛んだ。


 そこへ、怪我をした隊士が駆け込んで来る。


「会津兵を門内へ入れた処、偽装を解き、官軍の旗を掲げて細川軍が攻め掛かりましたッ」


 本陣と御本坊を守る警固兵など、ごく(わず)かである。


 しかも(たい)(しん)(はた)(もと)と家来衆が多く、()わば戦いに不慣れな、御飾りの兵ばかり。手薄の護りの(すき)()かれた格好となった。


 大隅守ほか、その場に詰めていた者は、茫然となって言葉を失った。


「こちらは正々堂々と戦っておるのに、汚い真似をしおって……。賊徒め、許せぬッ」


 独り、蔵太だけは吐き捨てると、玄関へと駆けていった。武兵衛が追い掛ける。


「蔵太様、何処(どこ)へ行かれるので」


「二百人は殺せぬだろうが、一人でも多く排除してやる。中堂から奥へは行かせぬぞ」


 玄関に並んでいるシナイドル銃を両肩に掛けられるだけ持つと、蔵太は雨の中を飛び出した。武兵衛も同じぐらいの数の小銃を担ぐと、()いて行く。


 本陣から出ると、目の前に、二階まで上がれる常行堂がある。()()()(によ)(らい)を安置していた。


 この建物は渡り廊を挟んで、()(げん)()(さつ)を安置する法華堂と、美しく一対のような形で建っていた。二つ堂とも(にな)い堂とも称され、中堂の前を飾る、江戸でも有数の名所である。


 蔵太は常行堂内の梯子のような、急で細い階段を駆け上がり、渡り廊に出た。武兵衛も続いて、上がった。


 ――俺は、町人なのに敵兵を殺めたかもしれねえ。だから、少しでも罪滅(つみほろぼし)がしてえんだ……。


 敵兵への罪滅ではなく、自分を信頼してくれている彰義隊への、申し訳ない心持ちであった。


 車坂門の方角から、五月雨撃ちに銃声が聞こえているが、まだ敵兵の姿は見えない。


 坂を上りきった(ところ)から法華堂は近く、回廊からの狙撃は大いに効果が望めた。


 蔵太は渡り廊を渡って、法華堂の二階の回廊の東角に座ると、肩に掛けていたシナイドル銃を回廊に置く。武兵衛も、肩に掛けてきた銃を蔵太の傍に置いた。併せて十七挺ある。


 蔵太は、今になって後ろにいる武兵衛に気付き「危ないぞ、戻れ」と(うなが)した。


「手伝いますぜ。一度で良いから、蔵太様の銃の腕前を拝見したかったのでござんすよ」


 蔵太は素早く、銃を構えて撃鉄を起こした。元込め単発銃ゆえに一発勝負である。


 雨に(けむ)って見えにくい中、回廊の欄干に銃身を載せて、固定して獲物を待つ。


 坂の上には凌雲院や田安廟があり、その脇の松原から出てくる敵兵を狙う算段である。


銃で撃ち合う音と(かん)(せい)が、次第に近くなってきた。


 蔵太は引鉄に指を掛けた。すると、一番乗りとでも言わんばかりに、官軍の旗を振りながら、細川家の兵士が建物の脇から飛び出してきた。


 蔵太の銃が素早く火を噴いた。


 頭を撃ち抜かれた兵は、旗を持ったまま、その場に倒れた。ピクリとも動かない。


 武兵衛は、驚きと喜びで、つい大声を出した。


「あんな離れた処の兵の頭を――。蔵太様、お見事でござんすッ」


「熊や鹿より、楽勝だ。人は鈍いから、俺の殺気を感じて逃げたりせんからな」


 蔵太が銃を取り替えて再び構えると、欄干に銃身を載せて、敵兵を撃つ。再び、命中した。


 ――敵兵の動きを見極めて、一発で仕留めていく。この御方は本物の狩人なんだ……。


「鉄炮玉の入れ方、教えておくんなさい。そうすりゃ、また使えるんですよね」


「止めておけ。銃に慣れていない素人が触ったら、怪我をする」

 

 武兵衛は、蔵太の言葉に従った。


 使い終わった銃を脇に除けて、鉄炮玉の入っている銃を蔵太へ渡していく。


一度も外さない。坂を上ってきた敵兵は頭や胸を撃たれて、次々に倒れていった。


 途中、彰義隊の隊士も坂の方面から出てきたが、誤って撃つような()()は、しなかった。


「俺は猛烈に、腹を立てている。会津兵に化けて、願書まで捏造(ねつぞう)するなど、何たる卑怯卑劣。言語道断だッ」


 ()(はつ)(てん)()く勢いとは、今の小田井蔵太そのものであった。広い背中から炎が見える。


 武兵衛の怒りも(あお)られて大きくなった。蔵太へ銃を渡す時に、つい力が籠もる。


「撃ち手は、あの回廊の角にいるぞッ。撃ち殺せッ」


 敵とて阿呆ではない。蔵太と武兵衛を認め、反撃してきた。回廊に隠れる処はない。


「下がろう」と蔵太は銃を持つと、渡り廊まで退()いた。ピシュと鉄炮玉が(かす)めて行く。


 敵の撃ち手の注意を逸らすため、武兵衛は、人に当たらないように、短い鳶口を投げた。

 

 撃ち手衆が怯んだ隙に、法華堂の建物に隠れる。蔵太は、残りの八発に怒りを込めた。


()(よう)(かん)(けい)で彰義隊が負けて堪るかッ。天下の決戦は、公正であるべきだ」


 叫ぶと、蔵太は建物から回廊へ身を乗り出し、雨に濡れながら敵兵を次々に撃ち倒した。


 すると、本陣詰めの隊士が、寒松院から出てきた。


 銃を構え、「おおおッ」と喊声を挙げながら、根本中堂へ進もうとしている敵兵を迎え撃っている。


「反撃が始まってますぜ。……御頭は本陣に戻らねえと。蔵太様ッ」


 武兵衛が声を懸けたが、蔵太は気づかず、独りの敵兵を目で追い回していた。


 シュっと音がして、敵の銃弾が、蔵太の頬を(かす)め、武兵衛の耳の傍を飛んで行く。多くの敵兵がこっちを見ている。武兵衛は、さすがに不味(まずい)と感じた。


「もう切り上げましょうぜ。山を下りる支度を始めなきゃいけませんから」


 蔵太は頬に横一筋の掠り傷を作りながら、なお引き鉄を引いた。


「……まだだ、まだ、気が済まない」


「蔵太様、俺とは(ダチ)なんでしょ。友人の忠告は聞いてくれなきゃ」


 その一言で、蔵太は我に返ったらしい。


「……おお、そうだな。悪かった」


 蔵太は狙いを定めて、最後の引き鉄を引く。


 狙った相手の首に当たり、そのままドッと倒れた。


「そう急かさなくても、山を下りられる。安心しろ。天海僧正が創建時に、御隠(ごいん)殿(でん)(うら)に作った抜け道があるから、それを使う」


 常行堂の二階へ、銃を構えた隊士三人が「御頭、お戻りを」と迎えに来た。


 敵と味方が撃ち合うなか、蔵太と武兵衛は、使い終わった銃を肩に掛けて、階段を下りた。



小田井蔵太に関する記録は少ないが、安政5年に釧路会所役人だった時、探検家の松浦武四郎の日記に登場する。『久摺くすり日誌』という、釧路から根室までの、武四郎と蔵太、道案内の蝦夷の民2人の道中の記録なのだが。宿場がないので、食糧調達は、ハンターとして才能のあった蔵太の役割であった。時には地元の村にカムイと崇められていた大きな熊を倒し、蔵太は村長に尊敬されることも。

(武四郎と蔵太は気も合って、友人となったらしいのだが、蔵太が彰義隊頭になった途端、手紙で悪口を。どうやら武四郎は新政府で働きたかったらしい。彰義隊に友人がいてはまずいのだろう)

山内の戦いはあまり記録がないので、今回は、ちょっとハンター蔵太を登場させてみた。

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