其之三
冷凍のかつおを買って来て、ちょっと解凍がうまくいかなかった感じのかつおですと、
辛子と醤油で食べると、とても美味しかったことを報告します。
(新鮮なかつおは、現代の食べ方のほうが美味しくいただけます)
三
武兵衛と辰五郎が戻ると、浅草東本願寺の屯所から、毛利秀吉が本陣へやって来た。
「浅草東本願寺の屯所に、仙台からの御使者がいらっしゃっております。如何しましょう」
大隅守と蔵太がヒソヒソと小声で話し合うと、蔵太だけが立ち上がった。
「偽の使者の恐れもある。拙者が会って、よく検めてから、山内へお連れ致そう」
こういう時は、腕の立つ蔵太の出番だ。刺客であっても、返り討ちにできる。
武兵衛は、秀吉と蔵太を本陣の外まで見送りに行くと、少しだけ、御門に佇んでいた。
――戦争の前ってえのは、こんなに緊張するものなんだな……。
蔵太や大隅守から、緊張は伝わってこない。気を張っているのは、武兵衛そのものであった。
風邪を引いたわけではないが、ずっと背中の彫物がざわめき、ゾクゾクしていた。
「人と人が殺し合うために、粛粛と支度をしている。その堪らねえ熱さが、俺を興奮させっぱなしだ。……喧嘩では味わったことのねえ、危うい楽しさだぜ」
雨を見つめながら、少しずつ、心持ちが落ち着いてきて、武兵衛は、ホッと息を吐いた。
すると、蔵太と入れ代わりに、高梨藏三郎が、ずぶ濡れで戻って来た。
この日は猿楽の師匠のような姿をしていた。
「本郷を見て参った。高台にある加賀屋敷へ、官兵がアームストロング砲を入れておった」
武兵衛が「そいつはやべえや。大隅守様へ知らせねえと」と藏三郎と共に、御用部屋へ戻った。
その後、逢魔時がとっくに過ぎてから、蔵太が、見知らぬ武士とやって来た。
「仙台よりの御使者をお連れした。……皆に話がある。御用部屋へ集まってくれ」
どうやら偽の使者ではなかったらしい。武兵衛も御用部屋へ入った。
「こちらは、小松龍蔵殿。仙台の伊達中将様より遣わされた御使者だ」
蔵太は軍議の場にいた隊士に、紹介した。龍蔵は緊張した顔で頭を下げる。
「お取り込みの中、すいません。まさか戦争前日に到着するとは……」
龍蔵の言葉が途絶えたので、蔵太が続けた。
「伊達中将様は奥州盟約において、上杉公と共に総督として、盟主たる宮様をお支えになる御方だ。……小松殿は盟約に関して、宮様より御令旨を賜わらんと、江戸までいらっしゃった」
小松龍蔵は、白皙の、清高さが漂う青年である。言葉や声にも、気品があった。
「奥州二十五家による盟約書が調印されましたのが、今月の三日でした。すぐに拙者は主君より宮様への書翰を託され、仙台を後にしました。江戸には本日、入った処です」
集まっていた隊士へ「よろしく」ともう一度、頭を下げた。
大隅守は優しく、顔を上げさせた。
「遠路、お運び頂き、忝い。……早速、覚王院様の許へ龍蔵殿を。蔵太殿、宜しく頼む」
蔵太は龍蔵を伴って、御本坊へ向かった。大隅守は畳に座ると、何かを、深く考え込み始めた。
春日左衛門が外から戻ってくる。雨が激しくなったのか、陣羽織も袴もずぶ濡れだ。
配下の隊士が次々に手拭を左衛門に差し出す。人望厚い、頼りになる上役なのだろう。
そこへ、御膳所から鯛の塩焼きや鰹を載せた膳が届き始めた。留吉が口を開く。
「先刻方、魚河岸から陣中見舞いの魚が沢山、届きました。こちらは、今朝、三浦で獲れた鰹にござんす。辛子と醤油は、たっぷりと用意してありますから。召し上がって下せえ」
軍議に疲れていた隊士は喜んで、席に着いた。酒も銚釐に入れられ、別に用意される。
天野八郎が自分の膳から離れて、武兵衛の傍へやって来る。
「本陣の者は昨夜も舌鼓を打った。他の各院に詰める隊士にも食わせてやりたいが」
「裏の蔵屋敷の焚出し場に助けて頂き、他の詰所の分も用意しました。安心下さいまし」
「それなら良い。明日はどうなるか分からぬ。最後の夕餉は皆で楽しまねばと思ってな」
「八郎様はお優しいや。総大将として駆け出しの俺は、いつも学ばせてもらっておりやす」
夕餉が進んでいると、蔵太が御本坊から戻ってきた。
「明日、宮様より御令旨を賜る手筈となりました。山内に留めては危ないと考え、龍蔵殿には、浅草の屯所にお泊まり頂くよう手配し、秀吉に送らせました」
大隅守へ報告すると、少し思い詰めたような顔で、口を開いた。
「……蔵太殿は二本松で育ったと聞いた。ならば、明日。宮様の御令旨の護衛として、龍蔵殿と共に仙台へ行ってはくれぬか」
大隅守の言葉に、蔵太はしばし返す言葉を失った。混乱する頭を片手で押さえながら、
「頭である拙者に、戦争の最中……隊士を置き去りにして、山を去れと仰せか」
どうしても口調は強くなった。近くに座っていた春日左衛門が「落ち着け」と諫める。
大隅守は蔵太へと静かな双眸を向けて、ゆっくりと諭した。
「宮様は、仙台で御践祚遊ばされるおつもりだ。だとすれば、御令旨の内容は絶対に、敵へ知られてはならぬ。御主は武芸に秀でており、奥州への道も知っている。龍蔵殿とはぐれたとしても、仙台へ無事に辿り着けるはずだ。この役目は小田井蔵太にしかできぬ」
左衛門も「御勅旨にも等しい御令旨を届けるのならば、御頭が参るべきだ」と頷いた。
蔵太は、迷いを見せ、拳を握り締めて、瞼を閉じた。大隅守は声を懸けた。
「御令旨は明日の昼頃に用意されるだろう。一命に懸けて、護衛役を務めてくれ」
蔵太は顔を上げた。もう、いつもの揺るがぬ眼に戻っている。腹を括ったようだ。
「参りますが、宮様が下山されるまでは、彰義隊頭の務めを果たし、本陣から動きませぬ。それでよろしければ――」
「勿論だ。蔵太殿あってこその彰義隊である」と大隅守が応えた。
聞きながら、武兵衛も頷いた。
――だから、俺っちも蔵太様の戦いを見届けるために、本陣に詰めているんだ。
雨の音が更に激しくなってきた。長い夜が始まろうとしている。




