表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/79

其之三

更なるリアクションをふたついただき、ありがとうございました!

御礼が遅くなりました(汗)

(いまだに投稿になれていなくて、そちらであたふたしています)

       三


 清水観音堂へ着いた。


 平素ならば、見物衆で賑わうが、山門が(しめ)(きり)となっているため、(かん)(さん)としている。


 江戸の名所とされる月の松も、どこか寂しげであった。


 観音堂には、官軍の使者が先に着いており、用意してあった寺院の椅子に座っていた。


 (ほく)(りく)(どう)(ちん)()使()(さん)(ぼう)、細川家家臣の()()(やま)(さぶ)(ろう)のほか、若狭からは(なめ)(かた)(せん)(ぞう)、佐賀からも一人が談判に加わっていた。


 蔵太、覚王院、八郎が座り、辰五郎と武兵衛は後ろに控えた。


「後ろん町人は何や。邪魔やなかか」と津田山三郎が最初に声を発した。


 蔵太が厳しい顔で、(つう)を返した。


「御城を明け渡した今、()()()(じよう)()の市民にとっては、()()()()()たる、この寛永寺が魂の(よりどころ)となっておる。この(たび)は、上野の御山に(かか)わる(だん)(ぱん)ゆえ、江戸市民の新門辰五郎、相模屋武兵衛の両人を見届け人として定めた。江戸の人びとを()()せんと(そう)(とく)()では(やつ)()になっておると聞くが、両人を(はず)せば、悪い噂が……」


 痛い(ところ)を突かれたのか、不快の感情を(あら)わにしながらも、渋々ながら(しよう)(だく)した。


「分かった。好きにせい……」


 代わって、行方仙三が続けた。


(ほく)(りく)(どう)(ちん)()()にあらせられる(たか)(くら)(さま)()(じよう)(さま)より命を受けた。上野寛永寺への転陣を()ぐにも始めたいと存ずる。……同時に、彰義隊には浅草東本願寺の(とん)(しよ)へ移ってもらう」


 言い終わらないうちに、天野八郎が反論した。


「彰義隊が上野の御山に本陣を置くは、御城より運び出されし、(あま)()の徳川家の(ほう)()(めい)()をお護りするため。……彰義隊が浅草へ移ることなど、無理な話である」


 更に、覚王院が低くよく通る声で続けた。


「彰義隊が移陣するためには手続きが要る。寛永寺の(しゆう)(そう)(はか)り、是か否か決まらぬまでは、返答のしようもない。……兵を引いた上で、後日、改めて、参られるがよい」


 三郎が立ち上がり、恫喝するような大声で、捲し立てた。


「そぎゃん(ゆう)(ちよう)なことは言うていられんッ。こちらが兵を引いた(すき)に、(りん)(のう)()(のみや)(さま)が脱走せんとも限らんやなかか。官軍には、輪王寺宮様に()(ほん)(たい)(ぎやく)ん意思があるとん噂が聞こえとる。(おる)(だま)そうとしたっちゃ(むだ)を焼くだけやぞ。官軍ば()ぶりなすなや」


 小田井蔵太は立ち上がると、静かに、しかし、強く太い声で返した。


其方(そちら)が官軍ならば、我が彰義隊は、東照神君の()(しん)(りよ)(じゆん)(ぽう)する(てん)(ぺい)なり。どちらにも(ひと)しく大義があるのは承知しておる。……(ゆえ)に、(あま)()(ぐる)しき談判は(ひか)えたいものだが」


 武兵衛は、小声で辰五郎に尋ねた。


「天兵ってのは、どういう意味ですかえ」


(みかど)()れえ人が(つか)わす兵のことだ。官軍と同じ意味さね」


 聞き終えた武兵衛は「天兵」なる言葉に深く感じ入った。


 すると、覚王院も立ち上がった。


「宮様は、(ふし)(みの)(みや)(さま)()()にて、(にん)(こう)(てい)(ゆう)()にてあらせられる。左様に(とうと)(おん)(かた)へ砲門や銃口を向けるは、朝敵の(そし)りを(まぬが)れぬ(しよ)(ぎよう)ではないかッ」


 低く大きな声が観音堂に響き渡る。蔵太が引き継いで、続けた。


「今、官軍が宮様へ砲門を向けておる行為は、(きん)(もん)()(へん)にて、長州が(きん)()()(しよ)へ向けて発砲した際に、朝敵とされた件と(まつた)く同じでござるが、(いか)()


 三郎は言葉に詰まり、黙りこくった。すると、仙三が代わった。


「先ほど、(しゆう)(そう)による決議が成るまでは返答できぬとの話だったが……。後日ではなく、本日中に決めてくれぬか。返答次第では、当方も総督府へ相談せねばならぬ(ゆえ)


 覚王院が立ったまま、応えた。


「寛永寺には(おお)(ぜい)(そう)がおる。(けつ)()が出るまで、どれほど(かか)かるか知れぬ」


「本日中に決めるなら、()()で待ってやる」


 覚王院は蔵太にチラと()(くば)せすると、(たが)いに(うなず)き合う。


「では、(だん)(ぱん)(きゆう)()(いた)し、今から(しゆう)(そう)(はか)って(まい)る。(いつ)(たん)、広小路へ戻られては」


 仙三も三郎と密かに小声で相談し合う。互いに納得してのち、仙三が応えた。


「いや、この観音堂で待たせてもらう。……なるべく早い返答を待つ」


 覚王院と蔵太、八郎が席を立つ。辰五郎も従いて行く。


 どうしても、腹の中にある想いを言ってやりたくなり、武兵衛は仙三に話し掛けた。


(うえ)のほうで(かつ)()に取り決めて、天下がすげ()えられちまって、江戸市民は(こん)(わく)しておりまさ。俺っちは、昨年、(さつ)()(さん)(ざん)(ひど)()()わされて来た。年が明けたら、その薩摩や長州が徳川様を追い出して、今では、()(しろ)()(すわ)り始めた。しかも配下の(キン)(キレ)が我がもの顔で江戸でのさばり、女を強淫(ごういん)し、男を斬り殺すなどの(ばん)(こう)を続けている。……もし、新しい天下様を名乗るのなら、ほんの(わず)かでいいから、正義を見せてくれませんかね」


 仙三が不快な顔になって、言い返してきた。


「なんや、その態度は。町人のくせに」


 ここで暴れるつもりはない。ただ()め込んだ想いを、直接に伝えたかっただけだ。


「……それが無理なら、そちらさんが江戸府外へ(てん)(じん)してはくれねえですか。それだけで、俺っちの気は済むんでござんすが」


「江戸の町人なんぞ、どうでもいいんや。こちらは、(かい)(てん)(そう)(きよ)をしっかりと地固(じがた)めしたいだけや。……ったく、無駄話しよって」


 無駄――だと。ああ、そうだな。てめえに何を伝えようとした俺が無駄をしたぜ。


 武兵衛は、もう一つだけ、無駄をしようと決めた。(さい)()()というやつだ。 


「江戸っ子ってやつは、受けた仕打(しう)ちは死ぬまで忘れねえ。必ず、小さくても仕返しをする。……(たん)(ぱく)に見えて、(ぞん)(がい)(しゆう)(ねん)(ぶか)いんですぜ。それだけは、(きも)(めい)じておいてもらいましょう」


 言い終えると、相手の顔も見ないで、さっさと、観音堂を出た。


 八郎が笑顔で待っていた。


(いき)(たん)()だったな。……俺は上野(こうずけ)()(ぬし)(せがれ)で、(なま)っているから、()()(こと)()(あこが)れる」


「おや、八郎様は、お旗本でござんしょう」


 武兵衛が見ると、八郎は()(たずら)()のように、鼻の頭をクリクリと指先で()いていた。


「最初は、自ら名乗った。それが、いつの間にか、本当に旗本になっていたのだ」


 声を出して笑いながら、八郎は蔵太のほうへ、走って行った。武兵衛は感心した。


「本物にしちまったんだから、そりゃ、(だん)()(さい)(かく)だ……。お見事ですぜ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ