第六章 寛永寺での談判 其之一
とうとう後半の大きな舞台となる寛永寺が登場しました。
折り返しまで来たと信じたいものでありますw
第六章 寛永寺での談判
一
四月十九日の早朝、相模屋の一番番頭の伊左衛門が寛永寺へ、先触れの役目として遣いに出掛けた。
入れ違うようにして、上野から魚の仕入れにやってきた棒手振が、魚市場で騒いだ。
「大事ですぜ、上野の御山を錦裂の軍勢が取り囲んでいるんでさあ。鉄炮は勿論、大砲まで揃えていやしたぜ。ありゃあ、彰義隊と一戦交える気かもしれねえや」
紋付きを着込み、店先で極上の鯛を選んでいた武兵衛は、この声を耳にすると、吠えた。
「賊徒め、洒落臭え真似をしやがって。義勇軍の本日の当番は、御船御用が三番組、見廻りは一番組だったな。よし、今から上野へ助太刀へ参るぞ。一番組に下知を出せ」
義勇軍へ触れ廻りに出る手代と擦れ違いに、甚兵衛がやって来た。
「東照宮へ魚を献上に行く件は、どうするね」
「今、伊左衛門を遣いに出している。だが、如何なる情勢でも、俺は行ってみるつもりだ」
少しして、伊左衛門が戻って来た。
まずは噴き出す汗を手拭でふき、温い茶を呑む。
「驚きましたよ。寛永寺の黒門に辿り着くと、兵士が大勢で大砲を押しながら、山を囲もうとしているのですもの。奴らにジロジロ見られながら、門番に取り次いでもらいまして……」
寛永寺は前年の師走上旬に、上野宮を連れ去るという、薩摩浪士の謀略が発覚して以来、門は〆切となっている。
入山するには、門番に取り次いでもらう外はない。
「伊左衛門さん、何処の兵か、分かるかね。……お勝ちゃん、武鑑はあるかい」
甚兵衛の言葉で、お艶が動く前に、伊左衛門は手を振りながら、唾を返した。
「千足屋さん、武鑑など不用にございます。旗印から、佐賀と若狭の兵と見ました」
武兵衛が横から口を差し挟んだ。
「長州じゃねえのか。俺は、てっきり、昨日の意趣晴だと……」
「俺も武兵衛さんと同じに考えていたのだが、佐賀とは。では、大砲は鈍じゃないな」
甚兵衛がいつものように、考えに耽り始めると、伊左衛門は続きを喋った。
「……御頭様には会えませんでしたが、『八ツ(午後二時)から官軍との談判があり、新門辰五郎と共に義勇軍の総大将にも見届人となってほしい』との言伝にございました」
「辰親方が席に着くのに、俺が逃げたら面目がねえってもんだ。おい、出掛けるぞ」
せっかちに紋付きを脱ぎ、義勇軍の袢纏を着込む。武兵衛の腕を、甚兵衛が掴んだ。
「談判を見届ける話は蔵太様の一存だろう。敵は知らないはずだ。あくまで魚の奉納だと言い張れ。一番組は血の気が多い者が集まっている。門前で敵兵を刺激しねえようにな」
「分かった。軍師の甚兵衛さんは魚河岸に残ってくれ。見廻りのほうは、別の組で頼まァ」
「義勇軍の遣り繰りは俺と佐兵衛さんに任せてくれろ。……武兵衛さん。上野の御山は、今や江戸にとっては御城も同じだ。江戸市民としてはできる限り、彰義隊に力を貸そう」
「同じ考えだぜ、甚兵衛さん。今日は東照大権現様に、俺っちが必ず江戸を取り返してご覧にいれます、とお知らせして、しっかりと手を合わせてくらァ」
一番組が御納屋の本陣に集まったと知らせが来る。お艶が切火を打った。
「無事に戻ってくるんだよ。明日の商売に響くから、格別、手は怪我をしねえように」
武兵衛は「おう」と応え、相模屋を出た。
そのまま、御納屋に集まっていた一番組を率いると、急ぎ寛永寺へ向かった。




