其之六
六
四月十九日。珍しく、新吉原の稲本楼の花鳥から、相談があるとの手紙が届いた。
「半年以上、顔を見ていなかった。新吉原へ行って、相談を受けてみようと思う」
書状を読んだ武兵衛は、思い切ってお艶に告げてみた。
すると、あっさり許してくれた。
「突出しの世話をした女郎ね。今は昼三だっけ。呼出し昼三まですぐだ。労ってやりな」
魚河岸の肴問屋衆は、新吉原で女郎として売り出す「突出し」の親代わりとなる。
衣装や売り出しの支度を調えたり、小遣いをやったり。
そんな妙な慣わしがあった。
「呼出しは無理だろう。花鳥は、元は川越の大きな油問屋の娘で、七つになるまで乳母日傘で育った。おっとりしていて、野心がねえのだよ。小稲の妹分で満足している始末さ」
「確か、親爺さんが病になって、高価な漢薬の借金と、蔵の火事が重なっちまったんだっけ。親類の勧めで身売りしたと聞いたけれど。……親孝行の鑑のような良い娘さんねえ」
お艶が悋気を起こしていない。気味が悪いくらいだ。
「稲本楼には、甚兵衛さんが突出しの世話をした井筒もいるから、一緒に行ってくるぜ」
武兵衛は、探るように、お艶を見た。
煙草を喫っているお艶は、不快な様子でもなく、微笑んでくる。
「新吉原は、錦裂がやって来るようになって、苦労しているようだ。気をつけてね」
話をすると、甚兵衛も武兵衛の誘いに乗った。
すぐに、手代を使いに出して、稲本楼へ行く手筈を付ける。
女郎を買いに登楼するわけではない。
だが、魚河岸総代として、身嗜みは、しっかりと整える。
文箱から花鳥の小遣い金を取り出し、袱紗に包んだ。
夏の羽織を選び終えた処に、甚兵衛がやって来て、そのまま猪牙舟へ乗り込んだ。
「大川を上るのも、久し振りだ。いつも品川のほうへ下ってばかりだったぜ」
船頭の仙吉は魚河岸の近くの船宿〈喜扇〉の看板だけに、大川に出ても、揺れが少ない。
夏の陽が眩しく、箱崎の中洲では、海女が鰻を獲っていた。
江戸のありふれた風景だ。
そこから新大橋を過ぎて、両国橋へ向かう間、左側の浜町岸は武家屋敷が続き、対岸の深川から本所にかけては大きな御舟蔵がある。
一年前と、何一つ変わっていない。
潮の香りを帯びた川風が心地よく、行き交う舟を眺めていたら、ふいに、今年に入ってからのあれこれが、全て夢のように思えてきた。
「江戸は景色だけを見ていると、泰平の頃と何一つ変わっちゃいねえな」
武兵衛が呟くと、手拭で汗を拭っていた甚兵衛も、ゆっくりと頷いた。
「……江戸は変わっていない。ただ、賊徒が日本を捻じ曲げようとしているだけだ」
そこに、具合良く、仙吉の世間話が、するっと流れてきた。
「御番所の御救米ですが、ついに蔵が空になるまで配り終えたそうですね。『ありがたや、お救い米で江戸中の、多くの人がみんな助かる』とまぁ、こんな歌が流行ってます」
「賊徒の奴め、ざまあ見ろだな。飢えて、江戸から去ってくれりゃあ良いのだが」
「……川越から来た船頭の話ですと、小山で徳川様の脱走軍が錦裂に大勝したそうで。ちょうど日光の御祭礼の日だったものだから、小山宿じゃ縁起が良いと、赤飯を炊き、酒を振る舞って、脱走軍と共に、大いに祝ったそうです」
仙吉の話を聞いて、武兵衛と甚兵衛は、相次いで「いつの話だ」と尋ねた。
「昨日の十七日です。脱走軍は日光を目指して、そのまま進軍していくそうですよ」
武兵衛は甚兵衛と顔を見合わせて、喜んだ。
甚兵衛は手拭で目の端の涙を押し拭う。
「日光が獲れたら、上野宮様も動かれるのではないか。……徳川様の再興の日が近付いた」
両国橋の下を通ると、僅かな間、日陰で涼しくなる。
武兵衛は急に冷めた心地になった。
――嗚呼、やはり、違う。夢なんかではない。もう泰平の江戸じゃねえんだ……。
暢気だった頃。
新吉原へ出掛ける猪牙舟の上といえば、船頭と客は、猿若町の芝居の評判や、役者が着た衣装の紋様の話を、盛んに交わしたもんだ。
新吉原の女郎や女芸者に野暮とされぬよう、登楼する前に、流行の種を仕入れるのである。
まったく、飛んだ見栄っ張りだったなぁ……。
「猪牙舟の上で、艶っぽい話もせず、政事の話をしているなんざ、野暮の極みだな」
大きな両国橋を越えると、また日差しに曝される。
見上げると、橋の袂に錦裂がいた。武兵衛は、睨み付けた。
「彼奴らのせいだ。御城だけじゃなく、江戸の愉しみも粋も、根刮ぎ奪おうとしてやがる」
すると、仙吉が対岸の本所を眺めながら、口を開いた。
『ああ、あれも一生、これも一生。こいつは宗旨を変えざあなるめえ』
見事な節回しである。
まるで四代目市川左團次そのものだ。甚兵衛が笑った。
「鋳掛松だね。一昨年の当狂言〈船打込橋間白波〉の台詞だ。随分と流行ったな」
武兵衛は、ふと考え込んだ。
宗旨――生き方を変える、か。俺なら、どう変えてえかねえ。
「いや、考えている暇はねえな。今は目の前の敵に抗うだけで、手一杯だ」
猪牙舟は首尾の松を過ぎて、ゆっくりと山谷堀を目指した。




