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其之九

       九


 二月二十一日の江戸は、曇り空で薄寒いながらも、朝から騒がしかった。


(うえ)()(のみや)(さま)が、上様の(じよ)(めい)(たん)(がん)と、(とう)(せい)(ぐん)の進軍を()めさせるべく、上洛されるそうだ」


 第十五世の上野(かん)(えい)()()()は、江戸市民から上野宮様と親しく呼ばれている。


 (いみな)(よし)(ひさ)(とく)()して、(こう)(げん)(にゆう)(どう)(ほう)(しん)(のう)と号す。この時、二十二歳。


 ()(やす)()を始め、多くの大名から、慶喜の(しや)(ざい)(たん)(がん)(きん)()に働きかけて欲しい、江戸を(へい)()から救って欲しいとの(たん)(がん)(しよ)が多数寄せられ、遂に上洛を決意した。


 宮の一行が、東海道を上るとの知らせがあり、四ツ(午前九時半)が過ぎると、東海道の起点である日本橋の辺りに見物衆が集まり始めた。

 魚市場にいた客や、(もの)()(だか)い魚河岸衆も、皆でそわそわする。


 肴問屋の誰かが、市場で声を挙げた。


「宮様は寛永寺を既に御発輿(ごはつよ)されたそうだ。寛永寺の門前には大勢が集まり、上様と江戸を救うために旅立たれる宮様に手を合わせたってさ。俺っちも盛大に見送ろうぜ」


 武兵衛と甚兵衛は、ちょうど御納屋から戻って来た処だった。


「日本橋の(たもと)で、(とう)(えい)(だい)(おう)()(そん)(がん)(はい)すとしようか」


 甚兵衛が呟いた。武兵衛は、大王と聞いて、玄番頭から聞いた()(さく)が頭を(よぎ)った。


「宮様は、東叡大王とも呼ばれているのかえ。(いさ)ましい御名だなァ」


(かん)(がく)を納めた者は、東叡山寛永寺におわす(しん)(のう)(さま)という意味でよく使うのさ」


「輿が見えたぞ」の声がする。急いで日本橋大通りに向かった。


 行列の先頭は()(えい)の兵で、徒歩(かち)で行く(ずい)(じゆう)の者が数名過ぎると、輿(こし)が見えてきた。


「輿を固めている中に見える、立派な姿の僧は、執当(しつとう)(りゆう)(おう)(いん)(さま)(かく)(おう)(いん)(さま)だろう」


「顔はよく見えねえが。覚王院と言えば、大評定で、主戦論を唱えていた坊様だな」


 甚兵衛の話へ言葉を返しながら、武兵衛は輿の中を(ぎよう)()した。細く白い横顔が見えた。


 若く、品のある美しい人であった。


 江戸では上野宮だが、京方は(りん)(のう)()(のみや)と呼ぶ。


 ――あれが、江戸屋の金公、いや天子様になるかもしれねえ御方か……。悪くねえや。


 東海道へ続く道の両側には、老若男女を問わず、(ひし)めくように集まった。

 手を合わせて旅の無事を祈る者、宮様の(とく)(した)って(ひざまず)き、涙ぐむ者もいた。


 輿の後ろにも数十人の(とも)がいて、前後合わせると、(およ)そ七十人ぐらいの行列であった。 更に、その後ろに、ぞろぞろと坊主衆が礼服を着用し、従って行く。

 行列は延々と続いた。


「あれは府内の(おも)だった寺院の住職衆だ。品川まで見送りに従いて行くのだろう」


甚兵衛の言葉で、改めて、武兵衛は寛永寺座主の地位の高さを思い知った。


「江戸中の住職が見送りだと……。そんなに(えれ)えんだな、東叡大王ってえのは」


「江戸で最も高位におわし、日本中の僧侶の頂点に立つ宮様だからな」


 ――日本に二人の天子が現れ、(さなが)ら南北朝の如き乱世となる……。


 玄番頭の声が、武兵衛の耳を通り過ぎていく。


 宮を載せた輿(こし)は品川を目指して、ゆっくりと日本橋を渡って行った。


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