表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/79

其之四

       四


魚河岸から(もも)(がわ)は近い。


 日本橋を背にしながら室町三丁目へと歩くと、(うき)()(しよう)()がある。


大通りから浮世小路へ入ると、香ばしい匂いと、(しと)やかな三味線の音が流れてきた。


 干物や海産物の問屋の並びに、料理屋が(ひし)めく。

 (ひよう)(たん)(ちや)(づけ)や、鰻蒲焼の大金、(しる)()や団子等の甘味処の松屋と続き、百川楼の印提灯が見えてくる。


 格子戸を開けて、入口から入ると、女将(おかみ)が現れて深く頭を下げた。


「まあまあ、月行事のお二人がお揃いで。どうぞ、ゆっくりなさって下さいまし」


 魚河岸衆は常連であるから、互いに気さくに接した。簡単な挨拶を済ませると、()(おんな)が二階へ案内する。

 二人が通されたのは、奥から二番目の小さい部屋である。


 茶と(よう)(かん)が出されるが、甚兵衛は、料理茶屋の客としての流儀として、

 まずは床の間の絵を座ったまま、静かに眺めた。

 

 梅の花の後ろに富士山が描かれた、正月らしい作品であった。


「寅太郎さん、いや三代目広重の肉筆画ですか。春にちょうど良い、()()()さですな」


 甚兵衛が絵を見て呟いていると、武兵衛は小女が運んで来た煙草盆を使って、一服した。


「春と言えば……早く上野の東照宮へ献魚をしてえものだが、寛永寺の〆切は、いつ終わるのかねえ」


 魚市場の肴問屋衆は年に数度、東照大権現様へ魚を献上する。

 だが、上野宮(輪王寺宮)を(さら)う薩賊の謀略が発覚した昨年の師走以降、寛永寺は全ての門を閉ざしたままであった。


「まだ続くようだ。献魚が済まないと、どうも胸の辺りに(つか)えを感じるのだがな……」


 甚兵衛が席に着いて、二人で菓子と茶を楽しんでいると、廊下が賑やかになる。

 足音は静かで品が良い。武家らしき数人の男が、隣の部屋へ入っていった。


 百川の小女は、空いた菓子皿を下げながら、武兵衛と甚兵衛の顔を見ると、先行して応える。


「……奥の間ですか。〈(しゆう)(せん)(かい)〉とかで、五人ほどの()()()()(やく)の方々がお集まりです」


 大名家の御留守居役の役目は他家からの(ネタ)(情報)収集にあり、〈(しん)(ぶん)(かい)〉を屋敷で行う。〈周旋会〉はざっくばらんな顔合わせの寄合なので、料理茶屋に集うことが多かった。


武家(りやんこ)といやあ、やたら豪勢な料理が並ぶ、柳橋の萬八楼と決まっている。百川楼(ここ)で〈周旋会〉とは、食通でもいるのかね」


 武兵衛は煙草を喫いながら笑った。

 すると、唐紙が開いて、別の小女が料理を運んで来た。


 (しゆ)(こう)料理なので、半日掛りで饗される本膳料理とは違い、かなり略式である。


 まずは小皿に盛り合わせ。蒲鉾も(うずら)()()(かま)(ぼこ)、椎茸?薯(しんじよ)、紅白花型薯蕷(じようよ)

 新鮮な魚だけを食べ、口の肥えた魚河岸衆相手なので、海の物よりも、山の物を出してきた。配慮が行き届いている。だが、吸い物だけは、鯛の皮付き真薯であった。


 他に鮑の笹つくりや糸赤貝などの膾など、いずれも凝った料理が並んだ。


 椎茸?薯(しんじよ)を口に入れた。日本橋界隈と言えば、甘辛く濃い味付けと決まっている。腹持ちが良いので、魚河岸衆は格別にこの味付けを好んでいた。


「百川の料理は、魚河岸衆の好みを知り尽くしているから、どれも美味えや」


 武兵衛は出された端から、どんどん平らげていく。他方の甚兵衛は箸の持ち方一つを取っても、優美で静かである。『(よう)(じよう)(くん)』にある通り、少量をしっかりと噛んで食べる。


 口の中のものを全て飲み込んでから、甚兵衛が尋ねてきた。


「着ている服は三井で作ったものか。三井と魚河岸の交わりと言えば、五年前の大火事だったね。……あれから、よくぞ良好な交わりを結べたものよな」


 あれは、五年前。文久三年(一八六三)十一月二十三日の午前十時。


 魚市場の商いが落ち着き始めた頃、直ぐ隣の三井呉服店の(かまど)から出火した。

 西北の強い風に煽られ、二刻も燃え続け、魚市場と周辺の町は丸焼けとなった。

 ただの失火だったが、若い魚河岸衆は放火による火事だと、強く疑った。


 火事の二ヶ月前、本町一丁目の自身番に、三井を訴える(てん)(ちゆう)紙が貼られたからだ。

「横浜の開港地で()(じん)へ糸類を売り、内国の生糸を高値にした極悪商人の三井八郎衛門」

 と、なかなかに辛辣な言葉であった。


 魚河岸衆は、呉服店の隣の、同じ三井が営む両替店が()(きず)であることでも怒りが増した。


「天誅紙を貼られるくれえだ、(じよう)()()()に放火されたに違いねえ。異国との商売で儲けた三井が悪い。呉服店の再建など、させねえぞ。立ち退かねえなら、殴り込んでやるッ」


 焼け残った鳶口や庖丁を手にすると、徒党を組んで、両替店へと殴り込みに向かった。


 ――二ヶ月も前の貼り紙を軽子や手代が覚えているとは思えねえ。……この騒動は、甚兵衛さんが若い衆を焚き付けて、三井へ(ごう)()に及んだものに違いねえ。


「とは言え、丸焼けにされて、黙って引き下がる魚河岸衆じゃねえものな」


武兵衛は、一面の焼け野原を眺めていると、深川や本所で、失った全てが頭を(よぎ)った。


 ――武家(りやんこ)には()()()()って言葉があるらしいが、俺っちにとっちゃ、魚河岸(ここ)がそれだ。甚兵衛さんは、魚河岸を取り戻すための策を練ってくれたんだ……。


 ()ぐに自分の演じる役割を悟った。

 店の片付けを放り出して、三井両替店の前へ行った。 

 血走った瞳をして、今にも討ち入ろうとする魚河岸の若い衆の前に、立ちはだかった。


「待ってくれ。こっからは、俺に預けちゃくれねえか。誠意を以て、談判するからよ」


 すると、少し遅れて甚兵衛がやって来た。


「一つ、武兵衛さんに任せてみようや。その間に、火事の後片付けをしておこう」


 とやんわりと(なだ)め、ついに若い衆を引かせた。

 これも甚兵衛の筋書通りだろう。

 

 武兵衛は、三井八郎衛門と(ごう)(だん)の末、この地に店を再建する代わりに、市場の類焼者へ一万五千両を()()()(じゆう)(ねん)()で貸し出す事、

 他に(おもて)(だな)に十両、(うら)(だな)に五両、家主には表裏係わらず十両を見舞金として払う事。

――以上の金の授受を、あっさりと(まと)めた。


「お陰で、すぐに市場は再興できたし、この件以降、魚河岸と三井家は昵懇(じっこん)になれた」


 総代の佐兵衛は市場の再開時に、三井に篤く御礼の手紙を書き、互いの絆を深めた。


 その後、三井は魚市場から魚を買うようになり、肴問屋衆も着物を三井で仕立てるようになった。


「あの一件は大博打だった。だが、武兵衛さんの強談あっての成功で……感謝している」


 甚兵衛は、物静かな文人だが、魚河岸育ちだ。

 本音では武兵衛に劣らず、剛気で、荒ぶる魂も隠し持っている。

 時には、魚河岸のために、悪知恵も働かせるのだ。


 武兵衛は、ふとした時に現れる、素の甚兵衛が大好きであった。


「そろそろ、酒を運んでもらおうかえ。なあ、甚兵衛さん」


 武兵衛は手を叩いた。

 小女が来たので「(けん)(びし)をぬる()で」と酒を求めた。


 酒は空きっ腹には毒とされている。

 そのため、料理が終わる頃に、ようやく饗される。


料理の膳が全て下げられる頃、女芸者の(まん)(きち)が妹分の()(しやく)を二人連れて、座敷へ入ってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ