すてあdaydream
「お誕生日おめでとう、お兄ちゃん」
今日は誕生日だった
一年に一度しかない日
しかし予定などなかった
何もせずに過ごすのもなんとなくもったいないような気がしたから
当てもなく外を出た
目の前の女の子は
おれに話しかけている
長い黒髪を綺麗に整えた少し小さな女の子
「え、と、誰ですか?」
「え〜、忘れちゃったの?お兄ちゃん!」
女の子は目を丸くして驚いた様子だ
「私だよ!」
女の子はくるりと一回転してからニッと口角をあげた
「妹だよ!」
目の前の女の子は妹を名乗った
だがおれはひとりっ子だ
親父に隠し子がいた可能性は。
無さそうだった
ということはこの女の子には
何か企みがあるのか、
それとも精神異常者か
別に、どちらでも良かった
「名前は?」
流石に危機感は感じたので
少し身構えつつも
平静を保って聞いた
「う〜ん、すてあが良いんじゃないかな」
妹を名乗る不審者は
自身をすてあと名乗った
とって付けたような名前だ
おれは理解した
つまりこの不審者は
何かに勧誘したいわけだ
新しいやり口だな
と少々関心した
「お金ないし、何も買いませんよ」
おれはなるべく冷たく告げた
他人から血が流れてないなどと言われたこともあったな
要らない心配だったか
「なんのはなし?」
女の子はきょとんとした顔でこちらを見ている
身長差で少しだけ上目遣いになった表情
悔しいがちょっとだけ胸がざわついた
その可憐な表情から察するに
物を売りたいということでは無さそうだった
つまり後者か
おれは少し悩んだ
せっかくの誕生日に面倒ごとに巻き込まれてしまった
だが悲しいことに行く当てもなければ
やりたいこともなかった
相変わらず空っぽだ
普段なら無視して去るところではあるが
一年に一度ということで
少々人恋しかったのだろうか
一度相手をしてしまったことで
立ち去るタイミングを見失っている
いや、強引にでも去るべきか?
でも失う物なんて何もないんだ
そして今日でおれは
だから別にどうでも良かった
少しくらい相手をしてやるか?
あれやこれやと思考を巡らせ
目の前の問題に対する最善の選択肢を
探求していた
上着の裾を引っ張られた
「なにぶつぶつ考えてるの?」
相変わらずの上目遣いだ
「あはは、じゃあ帰りますんで」
「なんで!?だめだよ!今日は誕生日でしょ」
上着を掴む手にぐいっと引き寄せられた
「行こうよ!」
「どこに?」
おれは怪しい施設に連れていかれるのではと思った
その角にはきっと黒塗りのハイエースが待ち構えていて
ノコノコ付いて行ったら
ハイエースから男たちが出てくるんだ
そして見ぐるみを剥がされて
そうだな
こんなおれでも臓器は売れるはず
闇医者にメスを入れられて…
それとも脳を培養液に入れられて
新時代の電子生命体として
植物のように生かされ続ける!
「そんなことしないよ」
女の子はこっちを見て笑っている
「え、声に出してました?」
「出してないよ」
「はい?」
女の子は再び上着を引っ張った
「もう!こんなところで大事な日を終わらせるの?」
女の子はぷくっと頬を膨らませた
「お兄ちゃんの馬鹿!」
「あの、私、兄弟いないんですけど、人違いですよ」
そういうと女の子は上着から手を離した
「そんなこと、知ってるよ」
女の子は俯いた
表情が見えないが
声色は落ち込んだ様子を含んでいた
「あ、ごめん」
反射的に謝ってしまった
そんな義理などないのに
「私の名前、」
名前を呼べということだろうか
「すてあ?」
口に出したその3文字に
不思議な感覚を覚えた
「よく出来ました」
すてあは背伸びをして
おれの頭を撫でた
こちらに近づいたことで髪の毛の香りが鼻をついた
なんだ?
この違和感
いや、気のせいか
別に普通の女の子だ
服装も髪型も匂いや振る舞いも
これといって変なところは無い
むしろそれが引っかかるのか?
妙に解像度が高いような
解像度?
おれは何を考えている?
「お兄ちゃんって考え事好きだよね」
「あの、脳内見える系の人ですか?」
さっきから人の思考を遮ってくる
サイコ系というやつだろうか
「すてあ!」
「?」
「す、て、あー!」
すてあは自分の名前を強調した
「もう!早く行くよ!」
「だからどこに!」
「お兄ちゃんの行きたいところに行くんでしょ?」
おれは観念した
こういうとき諦めるが良し
流れるに任せるのだ
「あの、なんでぼくが前?」
「えー?だってお兄ちゃんの日なんだから、私は付いてくだけだよ?」
妹を名乗る不審者こと
すてあは
今度はストーカーらしい
「あ、そうだ」
すてあは思い出したように目を輝かせて
ポケットに突っ込んでいるおれの腕を見た
今度は横に並んだかと思うと
自分の腕を回してきた
「恋人みたいだね!」
「そうですね…」
君が不審者で無ければどんなに良かったか
そんな思いとは裏腹に
この状況がそんなに嫌だとも思わなかった
「れっつごー!」
すてあが右腕を天に伸ばした
進めということだろうか
吐き出しそうなため息を飲み込んで
しぶしぶ歩き出した
---
--
-
「はっくしょん!」
おれは早々に後悔した
花粉症なのにマスクを忘れていた
薬は飲んで来ていたが
それを過信しすぎて油断した
せっかく暖かくなって過ごすやすいというのに
この季節の唯一よろしくないところだ
生まれ変わったら花粉症に強い肉体になりたい
「あ、お兄ちゃん、ミニスーパーあるよ!」
すてあの指差した先にコンビニがあった
ならば、とそちらに向けて進路を変えた
すてあは比較的身体が小さいから
早足にさせないように足並みを合わせた
というかなんで
おれが気を遣ってるんだ
コンビニに入り奥に進んだ
ドリンクコーナーに陳列されているビールに瞳を奪われた
午前中から飲むの美味しいんだよな
身体は正直だ
いや、心もか
缶ビールに手を伸ばすも
すてあに制止された
「えー?まだ午前中だよ?マスク買いに来たんだからダメ!」
くそ!
まあいい!
そうだ、マスク、マスクと
コーナーを移動してぶら下がっているマスクたち
一枚だけでいいのだが
流石に複数入りだった
箱入りのマスクを避け、袋入りのマスクの値札を見る
高いな…
まあいいか
とマスクを手に取り
会計をしに店員さんの元に向かった
店員さんの奥に煙草が見えた
「70番ひとつください」
ほぼ反射で言葉を発した
煙草の残数が怪しかったからちょうど良い
「えー?お兄ちゃん!可愛い妹の前でタバコ吸うの?」
すてあがブーっと拗ねた表情を見せた
おれはいよいよ限界だったから
一言物申した
「いちいち指図するな!勝手に付いてきたくせに!」
おれがそう言うと店員さんが固まった
やがてその表情はこちらを引いているように
顔を引き攣らせた
生きづらい世の中だ
煙だけに煙たがられてしまう
すてあは店員さんを味方につけて
おれの喫煙を糾弾しているんだ
「わかったよ!今日は我慢するから!」
おれはすてあに負けた
こういう時、女の子は強いな
「あ、あの…どうしますか?」
手に持ったタバコをこちらに見せて
店員さんは困った顔をしていた
「あ、すみません、マスクだけでお願いします」
恥ずかしかったので
そそくさと小銭を出して
コンビニを後にした
外に出て早速マスクを着けた
相変わらず嫌な心地だ
マスクは嫌いだった
肌が荒れるから
しかし嫌ではあるものの
マスクを付けたことで
垂れそうな鼻水と唐突に湧き出るくしゃみが
一瞬でどこかへ行った
マスクの性能に感心していると
すてあが話しかけてきた
「お手!」
すてあが手のひらをこちらに見せている
おれは犬か!
おれはお手をした
「ちーがーう!手、繋ご」
すてあは小首を傾げてジッと見つめている
悔しい
おれは悔しかった
なんでこの不審者はこんなに可愛いんだ
おれのときめきポイントを知り得てやがる
もしかして本当に妹なのか?
おれが忘れているだけ?
だがいくら考えても
すてあなど知らない
はては幼馴染とかか?
う〜ん
そうこう考えていると
無理やり手を握らされた
五指がひとつひとつ絡まっている
これでは本当に恋人だ
「もーう!早く行こうよ」
腕を引かれた
「あ、お兄ちゃんが前だったね」
今度は腕を後ろに持って行かれた
おれはすてあを引き連れて
再び歩き出した
---
--
-
しばらく歩き大きめの交差点に辿り着いた
運動不足の足に疲労がのしかかる
おれは外が全然好きじゃない
できれば家の中にずっといたい
けれど
それはそれで外の空気を吸いたくなる
だから今もこうして外にいるわけだ
隣のすてあをちらと見た
横顔も可愛かった
こんな不審者なのに
結局はおれも男か
すてあは
不審者、自称妹、ストーカーと
属性が多すぎる
しかも全部マイナスだ
「ひどい!全部間違ってるし!」
なるほどなと思った
今のは思考テストだ
おれはすてあを褒めることを思考して
貶すことを思考した
そうするとすてあは反応した
だからどうしたというのだ
すてあが本当に
おれの脳内を読むことが出来るという
証明をしてしまっただけじゃないか
そんな非科学的なこと
信じられるはずも無い
誰しもオカルトチックなことを
一度は夢想するが
そんなことはありえない
全ての出来事は
法則に従っているんだ
それを逸脱することはありえない
可能だとするならば
それはもはや人間ではない
「お兄ちゃんはやっぱり気づいてないんだね、悲しいな」
すてあの指が少しだけ強くなった気がした
信号が青に変わった
待っていた人々が
各々のペースで歩き出す
おれとすてあもどちらともなく歩き出した
---
--
-
お腹が空いてきた
そういえば今日はまだ何も口にしていない
やっぱり無理やりにでも
ビールを買っておけば
少しでも腹の足しになったというのに
「あ、クレープあるよ」
たしかにクレープ屋さんがあった
焼いた生地の匂いは
とっくに鼻に届いていた
「お兄ちゃん、甘いもの好きだよねー」
そんなことまで見抜かれているとは
驚きを隠せない足は
クレープの匂いに向かいそうになる
くっ、屈したくない!
すてあに全てを見抜かれているようで
このままクレープを買ってしまったら
なんだか負け続けているようで
嫌だった
だが足はクレープ屋に突入していた
「お兄ちゃん、素直な方が良いと思うよ」
うるさい!
店内に入ると大きなメニュー表があった
大体何にするか決まってはいるものの
何があるかと見てしまう
これは人間のサガなのだろうか
「お兄ちゃんが何選ぶか当ててあげるー!」
すてあはそう言うと
メニューをじっと見ては
顎に指を添えていた
名探偵すてあはしばらくの
シンキングタイムののち
こちらを見てカッと目を見開いた
「お兄ちゃんが食べたいのは、」
「食べたいのは…?」
緊張が走る
心臓がやけにうるさい
「王道のストロベリークリームでした!」
「んあ正解!」
ちくしょー!!
全部バレてやがる!
「ストロベリークリーム2つください」
店員さんに向けて注文した
店員さんは少し戸惑ったような、不思議そうな表情をしたが
すぐに金額を提示して
厨房に戻った
「お兄ちゃん、2つも食べるの?食いしん坊だね、太っちゃうよー?」
「うるさい」
「お兄ちゃん、せっかく細身なのにー!太ったお兄ちゃん見たくないよ」
すてあは相変わらず
こちらの行動に口を出してくる
適当にあしらっていると
店員さんに呼ばれて
クレープを受け取った
「はい」
おれはすてあに2つのうち
ひとつを差し出した
「え?すてあにくれるの?」
「うん」
「ありがと!」
すてあは目を輝かせて
クレープを受け取った
クレープ屋はイートインスペースがあるタイプだったが
女性客しかいなかったので
歩きながら食べることにした
「美味しいねー!やっぱいちごだよね」
すてあは美味しそうに食べている
こんなに嬉しそうにして食べてくれると
こちらまで嬉しくなった
いけない
いくらなんでも気を許し過ぎている
おれは他人に踏み込まれるのが
好きではない
すてあはこちらの思考を読んでくる
相性は最悪だ
仮にすてあが洞察力に優れていて
推理でおれの思考を的中させているとしよう
だとすれば優れた才能の持ち主だ
だが探偵というのはどいつもこいつも
承認欲求が高いのか知らないが
自分の推理をひけらかすことが趣味なのか
だとしたら悪趣味だ
すてあは相変わらず嬉しそうにクレープを頬張っている
ということはおれの思考は
さほど的外れではないということになる
今までのすてあなら
この思考に対して
反応を示すはずだ
ここまでつらつらと思考を繰り返しても
まるで反応がないということは
やはり洞察力が優れているということ
この条件から推察するに
すてあの目的は
おれと接触することで
得られる何か
探偵に付け狙われるような価値はおれにはないはずだ
だとするならば
何か利益になるものがあるのか
駄目だ
何も思い浮かばない
これといって特別な物を持たない
悲しいかな
ありきたりな人間だ
「もう終わった?」
「へ?」
「かんがえごとー」
「くっ!」
「クレープ早く食べないと垂れてきちゃうよ?」
すてあに言われ
片手に持ったクレープを見ると
ホイップが溶けて垂れそうになっていた
外とはいえ地面を汚すのは
憚られたため
急いで口にかきこんだ
「アハハ!お兄ちゃんハムスターみたい!」
すてあはそんな様子を見て笑っている
全部思う壺というわけか
口に入れたクレープを飲み込んだ
待てよ
こいつが探偵かどうか
確定させるすべがある
「そんなことより、口にクリーム付いてるよ?」
おれは繋いでいない方の手で
口元を拭った
すてあはおれのことをお兄ちゃんとしか呼んでいない
つまりこちらの本名を知らないということだ
「もちろん知ってるよ?言わないとだめ?」
まあ良い
ここまでは想定内だ
流石に名前も知らない者を
追跡する探偵などいないだろう
なら誕生日はどうだ
「今日でしょ?」
そうだった!
すてあは表向きには
ハッピーバースデーのつもりなんだった
ありがとう!
なら血液型と座右の銘はどうだ
「血液型はA型、座右の銘なんてあったの?」
だめだ!
全て言い当てられた!
座右の銘なんて当然ない
無いことまで言い当てるとは
やはり超能力者なのか?
いやいや!
信じるものか!
「痛い!」
すてあが繋がっている手を
ブンブンと振った
しまった
思考を溢れさせていて
思わず強く握ってしまった
「ご、ごめん」
「許さない!」
「え?」
「怒ったからペチンする!」
すてあは中指と親指で丸を作った
なるほどデコピンということか
意図せずとはいえ
悪いことをした
甘んじて受けよう
おれはすてあに向き直り
かかんで目を閉じた
え?
口の横に柔らかい感触が伝わった
思わず目を開けると
すてあは舌を小さく出して
してやったような顔をしている
「うそー!クリームまだ残ってたよ」
そう言い舌をひっこめた
正直。
好きだと思った
すてあのこういうところが
とてつもなく愛おしく感じてしまっていた
その思考を読んだのか
すてあは顔をそむけた
横顔の頬は少しだけ赤らんでいる
急に恥ずかしくなってきた
思考を読まれるということは
こちらの感情がダダ漏れなんだ
考える内容に気をつけないと
「ん」
すてあは視線をこちらから逸らしたまま
手のひらを差し出した
おれは再び手を繋いで
気まずさから言葉を介することもなく
歩き出した
---
--
-
歩き出すと前方に人混みが見えた
知らず知らずに人が多いとこに来てしまった
普段外を出歩かないから
油断していた
思わず視線を下にした
冷たい地面と情け無い足が映る
おれは人の混雑が嫌いだった
あらゆる他人がいろんな所に向けて足を運んでいる
その雑然とした様子に
呼吸が荒くなった
こちらに向かって足早に近づいてくる
名前も知らない誰か
そんな誰かもわからない存在に
恐怖するなんて馬鹿馬鹿しい
そんなことは理解していても
身体は拒絶反応を示す
視界が歪み出した
前に進む足取りが重くなる
こちらに向かう人は変わらない
視界が滲み出す
進めるために上げた足の下ろし方がわからなくなる
こちらに向かう人が攻撃してくるように感じた
そんなことありえないのに
しかしグングンと近づいてくる輪郭に
殺されてしまうような錯覚を抱く
そんなことない
大丈夫
大丈夫だから
普通にしないと
普通に、
おれは普通だ
大丈夫
大丈夫だから
鮮明になった輪郭が
滲んだ視界を埋め尽くした
ひっ
おれはその場で情けなく
くず折れてしまった
自分の荒い呼吸だけが
耳に届く
地面に付いた手の感触がわからなくなる
地面に付いた膝が、足の指の感覚が
わからなくなる
視界が黒に侵食される
いちど地に付いたことで
立ち上がることが出来なくなった
立ち上がり方がわからなくなった
こんな人混みの中で
みっともない
情け無い
こんな姿を見られたくない
そんなことを理解していて
奮い立たそうと身体に念ずるも
肉体は言うことを聞かなかった
まるで自分の身体じゃないと
強調するように
酷く重いように感じた
ああ
やっぱり外になんて
出るんじゃなかった
どうしようもなく
情け無い自分に
衝動的に死にたくなる
だがそれをするにも
身体は動かない
なんて惨めな存在なんだ
おれはどこまでも駄目で
弱くて
惨めで
情け無い
こんな自分が心から嫌いだった
何度も終わらせたいと思った
それなのに惰性でここまで来てしまった
何の価値もない
くたびれた存在
自分なんてどこかに消えれば良い
自分なんて死んでしまえば良い
自分なんて
自分なんて
おれなんて
いなくなれば
ぼくなんて!
「大丈夫だから。私は味方だから。離れないから。少しずつで良いから、落ち着いて」
耳に届いた声に
失った感覚が取り戻し始めた
身体が温かかった
なぜだろうと視線を動かす
滲んだ視界が脳に情報を与える
すてあはおれを抱きしめていた
なんて情け無いんだ
そう思った思考は
すぐに切り替わった
とても懐かしく感じた
なんだろう、前にもこんなことがあったような
すてあ…
深い海に沈んだ記憶が
ゆっくりと浮上するように感じた
「良いんだよ、何も考えないで。すてあはここにいるから、もう大丈夫だから」
すてあの優しい声色に
心が軽くなった気がした
すてあがそばにいる
そんなことありえないのに
伝わる温もりが愛おしくて
どうしようもなくこぼれ落ちた涙の感触が
気持ち悪いのに
嫌じゃ無いと思った
すてあの手に
強く引き寄せられる
おれは抵抗もせず
全てをすてあに委ねた
ありがとう
口には出来ない
でもすてあはわかってくれるから
だから離れないで
「うん、離れないよ、今日だけはずっと一緒だよ」
そのまま
すてあに抱かれて
ようやく落ち着きを取り戻して
立ち上がることが出来た
足取りはふらついて
どうしようも無かったが
すてあが支えてくれた
「ねーお兄ちゃん?」
すてあが話しかけてきた
その視線は前を向いている
いつもと違った様子に
心がとくんとなった
「すてあを、殺してね」
---
--
-
「ねー、お兄ちゃん?」
それからぼくたちは人の居ない場所を求めて
歩いた
朽ちかけのベンチに腰を下ろしている
ここは少しだけ見晴らしの良い広場だった
昔は遊具があったりしたっけ
時が進んで廃れてしまったこの場所は
どこか物悲しい雰囲気があった
だけど、この場所は
やっぱりぼくとは違う
一歩も前に進めている気がしないぼく
退廃としても進むことを選んだ
いつかの遊び場
ぼくはすてあを失ってから
明日に進むことが出来ていない
ぼくはずっと立ち止まっている
今日の繰り返しに
すてあは、
なんでさっきあんなことを言ったんだろう
殺して、
だなんて
そんなこと出来るわけないじゃないか
ん?
なんだ
おれは誰だ
ぼくはおれなのか?
深く沈んだ扉が開きそうになる
深海に沈んだ記憶が
頭が痛い
痛い痛い痛い
嫌なのか?
おれは
思い出したくないのか?
ぼくは
でもすてあはここにいるじゃないか
なら今のおれは
何を求めているんだ
「もー!お兄ちゃんのおバカ!」
すてあが横からぽかぽか肩を叩いた
「痛い!やめて!」
「やめない!すてあのこと無視しないで!」
すてあは相変わらず叩き続けている
「わかった、悪かったよ。それでなんだっけ?」
すてあは叩く手を下ろしてくれた
「花蘇芳の花言葉、知ってる?」
「なんだ、それ?ハナズオウ?」
あいにくだが
花はそれなりに好きだがマニアではない
花言葉なんて知る由もない
やっぱりすてあは
女の子なんだなって思った
なんだ
やめろよ
なんで今おれは
懐かしく感じたんだ
知らない自分の記憶が
脳天を突き刺してくる
「私のこと、思い出せた?お兄ちゃん」
「すてあ、教えてよ。君は誰なんだ」
すてあは一瞬だけ沈んだ表情をしたような気がした
それは見間違えかもしれない
でもそうじゃないと思った
「すてあは、
お兄ちゃんのことが大好きな、
お兄ちゃんの妹だよ」
すてあは微笑みながら告げた
「お兄ちゃんのことが大好きって気持ちは、
誰にも負けないよ、
この広い世界中で唯一の感情なんだから、
すてあだけの大切な物なんだよ」
すてあはあの時、
おれを優しく包んでくれた
あの温もりに邪な物など
一切ないと思った
だからもう
すてあのことを疑ってなんてない
だったらどうして
「だったら、さっきはなんで。
その
殺してだなんて言ったんだ」
すてあの表情は真摯な面持ちに変わった
「花蘇芳にはね、
裏切りとか、疑念という意味があるんだよ」
ハナズオウ
裏切り、疑念
そして死の花
なんて悲しいんだ
お似合いじゃないか
どうしようもないおれに
「でもね、それだけじゃないんだよ」
すてあの表情が柔らかくなった
その優しさに
人の美しさを感じた
「めざめ、忘れんぼのお兄ちゃんにはピッタリの花言葉だね」
おれは人が嫌いだ
ぼくは人が怖くて堪らない
でも本当は
「だからお兄ちゃんは、
やっぱり明日に行かないと」
「でも、出来ないよ。
もう手遅れなんだ、
今さら進んで、何があるんだよ
もうあの頃とは違うんだ」
すてあはぼくの手に自分の手を置いた
そしてゆっくりと
ひとつひとつの指を絡ませて
ぼくたちはひとつに繋がった
あの頃のように
「ううん、いつだって始められるんだよ、
お兄ちゃんには立派な2つの足があるじゃん」
自分の足を見た
酷く細くて
今にも倒れそうだ
「もう背伸びをしなくてもいいんだよ」
ぼくはずっと背伸びをしてきた
地に踵が付いていなかったから
こんな人生を辿ったんだ
でも
今さら後悔したって
「私は、すてあはいるよ、
いつだってお兄ちゃんと一緒に。
だから、どんなに辛くたって、
悲しいことがあっても、
2人なら乗り越えられるよ
お兄ちゃんはひとりぼっちなんかじゃない
だから頑張ってみようよ、
明日はきっと、
お兄ちゃんを待ってると思うんだ」
ぼくは
泣いた
こんな年になって
妹の前で泣くなんて
みっともなくて
どうしようもなくて
そんな自分が堪らなく嫌いだ
「みっともなくなんか、無いよ
みんな本当は、
泣いているんだよ
それが惨めなのだとしたら
お兄ちゃんだけじゃない、
でもね、
泣きたかったら泣いちゃダメなんて、
誰が決めたの?」
すてあは
妹はぼくの頭を撫でた
「全然かっこ悪くなんかないんだよ、
弱くても良いじゃん、
それで良いんだよ、
そんなお兄ちゃんがすてあは大好きなんだよ、
お兄ちゃんのことを誰よりも知ってる私が言うんだから、
それでも、
まだ明日が怖い?」
わかってる、
わかってるよ、
本当はぼくだって
明日を迎えたいんだ
「じゃあさ、
立って歩いてみようよ、
私も隣にいるからさ」
またいなくならない?
もうひとりぼっちは
嫌なんだ
すてあ
---
--
-
日は傾いて
オレンジに色づいた
淡い漆黒に沈もうとしている
今度はすてあが前を歩いている
すてあ曰く約束した場所に行くとのことだ
なんのことだかさっぱりわからなかった
しかし行く当ても当然ないので
着いていくことにした
もう思考実験をする気も無かった
今はもう
すてあのことを疑っていない
あの時
浮上しかけた記憶
しかしそんなことよりも
すてあにずっと
そばにいてほしかった
「駄目だよ、
今日でちゃんと、お別れしよう」
前を歩くすてあはそう言う
相変わらず手は繋がっている
はたから見たら恋人なのだろうか
「それは悲しいことじゃないんだよ。
君が大人になった、
確かな一歩なんだから」
嘘だ
すてあの指から伝わる鼓動も
その声色も
悲しみを含んでいるのは
明白だった
果てしなく感じるほどの
長い階段の先に
病院が見えた
なんだろう
ぼくはここを知っている?
おれは無性に怖くなった
だから歩く足を止めた
すてあは振り向いた
「行こう?
明日に、進もうよ」
おれは嫌だった
これ以上、歩くのは
無理だと感じていた
「すてあは進みたいな」
見上げると
すてあの顔は笑っていた
夕陽を背にしたその表情は
ちゃんと見えないけど
おれはその笑顔が心からのものだと
思ったから
また歩き出した
階段を一段登るにつれて
汗が滴った
それは疲労からでは無かった
多分焦燥だ
そうして汗だくになりながら
最後まで登り切った
登った先は道路と
有刺鉄線の金網と
ちょっとした広場だった
強く刻まれていたこの景色よりも
おれは汗の匂いが
すてあに悟られないか心配だった
こんな時に
些細なことを思考するから
ぼくは駄目なんだ
「大丈夫だよ」
すてあはぼくを優しく包み込んだ
なんだろう
前もこうした気がする
この場所は
知っている場所だ
なのに全く思い出せない
いくら考えても蓋をされたように
思い出せないでいた
「でもね、それで良いんだよ」
すてあはぼくに抱きついたまま
そう言った
「私は、君に出会えて本当に良かった」
なんだよそれ
「君と過ごした日々があったから、
私は幸せだったんだよ」
や、やめてよ
それじゃあまるで
「本当だよ、嬉しかったんだ。
私はね。
たしかに私。
すてあという一つの存在なんだよ」
お別れの言葉みたいじゃないか
「い、いやだ!」
おれは思わず否定を口にした
それは心からの言葉だ
すてあと別れたくない
離れたくない
殺したく
ない!
「ずっと一緒に、いてよ!」
おれは恥ずかしさも忍んで
顔をぐちゃぐちゃにして叫んだ
なりふりなんて構ってられなかった
もう2度と
君を、
すてあを失いたくないんだ
「私も、すてあも。
ずっと一緒にいたいよ」
すてあは泣いている
ぼくと同じように顔をぐちゃぐちゃにして
「でも、駄目だよ。
君は、
ううん、すてあも。
前に進まないと。
それはね、
全然悲しいことじゃないの。
さみしくも、ないんだよ」
すてあの声は震えている
そんな苦しそうな君を見たくない
だからぼくは決して離すまいと
強く抱きしめたんだ
あの日のように
「けどね、すてあ嬉しかった。
またこうして君に会えたから。
また呼んでくれて、
ありがとう」
おれは堪らなくて、
仕方なかったから
つまらないこととわかりながらも
口にしていた
「どうして、どうしてさ!
今になって、
どうしてまたぼくの前に現れたの?」
すてあはふっと笑った
「そうだね、今日は特別な日だから。
君は魔法を使えるようになったんだよ」
「魔法…?」
「そうだよ。
一生に一度しか使えない大切なものを、
すてあに使ってくれて、
それは本当は駄目なのかもしれないけど。
すてあは今日1日だけでも。
君と過ごせて、
本当に嬉しかった」
すてあはそう言うと
どこからともなく刃物を取り出した
それはいつか見失った
ガラスの瓶のカケラだ
「だから、すてあから逃げないで。
ちゃんと終わらせて欲しい。
お願い」
すてあは手にもっていたカケラを
ぼくの手に重ねた
「い、いやだ!いやだ!いやだいやだ!!」
わかってる、わかってるよ
わかってしまったから嫌なんだ
君と一緒にいたい
ずっとそばにいてよ!
「だめ!だめだよ、君は。
君はね!
すてあのお兄ちゃんなんだから!
しっかりしなさい!」
すてあはぼくを叱りつけた
その瞳は涙で濡れている
ぼくは何も言えなくなってしまった
でも嫌だよ
でもこのままじゃ駄目なことも
わかってるよ
わかってる
でも悲しすぎるじゃないか
こんなこと
ぼくはただ君と
すてあといたいだけなのに
どうしてみんな許してくれないの?
答えてよ、
すてあ!
すてあは何も言わなかった
ぼくの思考を理解しているはずなのに
理解しているから何も言わないんだ
そうか、そうだよね
すてあ
君は、君だけは
ぼくの全てをわかってくれるから
だからすてあは、
すてあだけじゃない
おれも既に決断しているんだ
与えられた刃物を強く握りしめた
「それで、良いんだよ。
今日に逃げないで、すてあを信じて。
君は生きていける!
すてあはね、
この先もずっと君と生きていくんだよ」
すてあ
ぼくは
すてあの胸にカケラを突き刺した
すてあの胸から
血が溢れ出した
手に伝わる血液が
存在の鼓動は
とても温かかった
「すてあ、愛してるよ。
本当なんだ。
信じてくれる?」
今度はちゃんと口に出来た
ずっと言いたかった
言えない辛さを
ずっと噛み締めてきたんだよ
だからこれで良かったんだ
「ありがとう。
私も、すてあも。
愛してるよ!当たり前じゃん!」
すてあは続けた
「それにね、私は。
すてあだけはね、
世界で1番、だれよりも。
君のことを肯定してあげられるんだから」
すてあはニッと笑ってみせた
生きていて欲しい
すてあはそう言いたいんだ
ぼくは誰よりも
君を理解している
だからぼくは
明日に渡ることが
出来るんだね
「ありがとう、最後にね。
言いたいことがあるんだ」
すてあの身体は砂のように
静かに消えようとしている
それは昔見た
ヒーローテレビのワンシーンのようだ
不思議とそんなことを思っていた
「すてあを生んでくれて、ありがとう」
そう言うとすてあは
いなくなってしまった
ううん、
違うよね
すてあはずっとそばにいるよ
日が沈んで
漆黒に染まった景色に
そんな声が響き渡った
ぼくはやっぱり諦めたくない
すてあが教えてくれたんだ
ぼくはすてあのお兄ちゃんなんだ
こんな弱い自分でも
すてあはぼくを
ぼくも
すてあを
だから、
明日に向かって歩き出した
---
--
-
おれは弟か妹が欲しかった
両親にお願いしたが、
返答は酷く悲しそうだった
幼いながら心が痛んだ
子供を産むことの大変さなど
知る由もない幼少のころ
両親は仕事で忙しく
ひとりで過ごすことが多かった
ひとりっ子だったおれは
多分寂しかったんだ
やがて妹が生まれた
すてあはぼくの妹だ
初詣で神社にお祈りをしたから
願いが叶ったんだと思った
すてあとはいつも一緒だった
家で過ごす時も
公園で遊んでいる時も
お風呂に入る時も
お布団で寝る時も
すてあがいてくれたから
今まで寂しかったことも
全部が楽しいことに変わった
すてあは甘えん坊なのか
手を繋ぐことが好きだった
ひとつひとつの指を重ねて
お互いの温もりを分かち合う
ぼくはなんだか恥ずかしくて
ちょっとだけ嫌だった
でもすてあは嬉しそうにしているから
何だかぼくも嬉しくなって
そのうち恥ずかしさも無くなった
ぼくは本当に嬉しくて
すてあのことを
お父さんとお母さんに
たくさん話した
でもすてあの話をすると
両親は不思議な顔をしていた
なんでだろう
すてあといれてこんなに楽しいのに
お父さんとお母さんは
どうしてそんな顔をしているの?
ある日、両親が凄く優しくしてくれた日があった
朝はぼくの好きなチョコフレークが出て
ぼくの好きなヒーローテレビを4人で見て
車でおでかけをして
みんなといれて
とっても楽しかったんだ
ぼくは楽しくて嬉しくて
車の中で移動中に寝てしまった
すてあと手を繋いで
次はどんな楽しいことが
待っているんだろうって
思いながら揺られていた
お父さんに起こされた
病院に着いた
どうして?
ぼくはどこも悪くないよ?
すてあはぼくの手を
強く握った
そんなに握ったら
痛いよ
ぼくはすてあに言った
両親はそんなぼくから目を逸らした
さっきまであんなに優しかったのに
どうして悲しい目をしているの?
すてあに聞いてみても
静かに震えていた
ぼくはそんなすてあの姿が見たくなくて
優しく抱きしめてあげた
そうするとすてあは泣いてしまった
どうして泣いてるの?
ぼくはすてあに喜んで欲しいんだよ?
ぼくが困っていると
お父さんが肩を掴んで引っ張った
痛いよ!
すてあが泣いているんだ!
ぼくの言葉に何も返ってこなかった
お父さんの引っ張る力はとても強くて
ぼくは病院に引きずられてしまった
そのうちお医者さんがぼくにいくつか質問した
いつもなにをしているか
嬉しかったこととか
悲しかったこととか
色んなことを聞かれたから
ぼくは思ったまま答えた
お医者さんにすてあのことを
沢山教えてあげた
お医者さんも
後ろにいるお父さんもお母さんも
同じような顔をしている
すてあは泣いていた
ぼくはそれが苦しくて
隣にいるすてあを抱きしめて
すてあを悲しませないでよ
と言った
今度はお母さんが泣き出してしまった
ねえどうして
ぼくは楽しいのに
こんなに嬉しいのに
どうしてみんな悲しいの?
それからぼくは
看護婦さんに連れていかれて
キッズスペースですてあと遊んだ
遊んでいるうちに
泣いていたすてあも笑うようになった
良かった
ぼくもそれが嬉しくて
沢山笑ったんだ
そんなぼくたちを見ていた看護婦さんが
一緒に遊ぼうって言ったから
ぼくたちは3人で遊んだんだ
看護婦さんとすてあは
あんまり仲良くないのか
お互い話さなかった
わかったぞ
すてあは嫉妬しているんだ
ぼくは最近覚えた言葉が
実際に使えて嬉しかった
遊んでいるうちに
お医者さんと両親が来て
その日は帰ることになった
それから毎週、病院に通うことになった
ぼくは不思議に思いながらも
キッズスペースで
すてあと遊ぶのは楽しいから
あんまり考えないようにした
病院に行くと
お母さんが毎回ワッフルをくれたから嬉しかった
すてあと半分こをして
一緒に食べると美味しかったんだ
ぼくはよく口を汚しちゃうから
すてあがいつも取ってくれた
ぼくはお兄ちゃんだから
しっかりしないといけないのに
でもすてあはいつも優しくしてくれる
すてあに頭を撫でられると
ちょっとだけ恥ずかしいけど
やっぱり嬉しかったんだ
看護婦さんとすてあは
相変わらず仲が悪い
ぼくは2人に笑ってほしいから
どうしたら仲良くなれるのか考えていた
ぼくがすてあと仲良くしてほしいと
看護婦さんに言うと
看護婦さんは顔いっぱいの笑顔を見せてくれた
でも笑ってないって思ったんだ
なんとなくだけど
無理して笑っているような気がした
その日はいつもと違って
お医者さんとお話をした
相変わらず思ったこととか
気分とか体調とかを聞かれた
ぼくはそのまま思ったことを答えた
毎日飲むようになったお薬は
美味しくなかったから
ちょっとだけ大きな声で教えた
お医者さんがゆっくりと口を開いた
その言葉がぼくは許せなくて
いつもはそんなことしないのに
沢山暴れたんだ
ぼくはお医者さんに押さえつけられて
看護婦さんが注射を打った
痛かったけど
すぐにわからなくなった
目を覚ますとぼくは病院のお布団で寝ていた
首を動かすと
すてあが気づいたのか
ぼくに抱きついてきた
そうだよ
すてあはここにいるんだ
みんなして酷いよ
すてあはいないって言うんだ
お医者さんも
お父さんも
お母さんも
すてあは
ぼくに妹はいないって言うんだ
みんな嫌いだ!
ぼくは許せなくて
こんなところにいたくなくって
こっそりと病院を抜け出した
外は真っ暗で怖かったから
すてあと手を繋いで歩いた
お化けが出そうで怖かったけど
すてあが隣にいるから大丈夫だった
病院の入り口に警備員さんがいるのが見えた
ぼくたちは入り口はまずいと思って
金網を頑張って登って
外に出たんだ
金網から降りると何だか眩しかった
何だろうなって思っていると
すてあが大きな声を出した
どうしたの?
外に出れたんだよ
って思ったから
ぼくはすてあを安心させたくて
笑ってみせたんだ
でもすてあはいつもと違う顔をしていて
ぼくに駆け寄って
ぼくはすてあに突き飛ばされた
そしてトラックに轢かれた
目を覚ますと両親は泣いていた
打ちどころが悪ければ死んでいたと聞かされた
何者かに突き飛ばされたことで
ぼくは一命を取り留めたらしい
ぼくは何か大切なことを
違う
大切な人を忘れてしまったような
ずっと一緒にいた気がする
それなのに
思い出そうとすると頭が痛かった
両親にそのことを話しても
何も教えてはくれなかった
ぼくは胸にしこりを残したまま
今日まで過ごしてきた
全部思い出したよ
すてあ
ぼくはそうか
そうだったんだね
たくさん迷惑をかけてきたんだ
ぼくは今日、
死のうと思ったから
嫌いな外に出たんだ
こんな人生を
もう終わらせたかった
だから君は
すてあはもう一度
ぼくの前に来てくれたんだ
すてあに心配させたくないから
泣きたくなんかないのに
どうして溢れてやまないのだろう
もう大丈夫だよ、すてあ
ぼくは君のおかげで生きていけるんだ
だからありがとう
すてあ