第99話 魔王軍四天王筆頭
「キュータロウ……今か今かと待っていたぞ。お前に復讐を果たす瞬間を!」
物騒なことを言っているのは、魔王軍の3番打者で四天王の一人イフレイム。
奴は魔獣の王でもあり、この試合が始まる前に王都の城外で待ち構えていた数千頭の魔獣をオレがスキルで蹴散らしたのを、仇と狙っているのだ。
でも実際にこの世から消滅したのはベンチ入りした魔獣20頭だけで、あとのはボロボロになってヴェネヴェネ王国に吹き飛ばされただけのはず。
まあ、魔族の命と人間の命を等しく見ていないイフレイムからすれば、たとえ1頭でも人間に殺されれば許せないだろうから、説得するだけ無駄だと諦めている。
俺を強く睨みつけながら右打席に入るイフレイム。
まあ、こういう場合に相手が何を狙っているかは手に取るようにわかる。
この異世界に来ていろんな奴と試合で対戦してきたから、こういうのも一つのパターンだ。
じゃあ、その狙い通りに打ちやすいように投げてやるよ。
その方が早く片付くからな。
オレはセットポジションについて、真ん中高めにストレートを投げる!
「打ち頃のボール……死ねい、キュータロウ!!」
イフレイムは鉤爪の手でしっかり握ったバットでボールを捉え、オレの顔を見ながら強く振り切った。
強烈なピッチャー返しがオレの顔面に!
バシィッ!!
オレは身体を仰け反らせながらも、左手にはめているグラブでそれをキャッチした。
もちろんこの事態は想定済み。
野球で合法的に殺せるとしたらこれしかないからな。
これでこの回は終了、と思ったその時だった。
「痛ってええええええ!!」
背中にビリビリッと電撃でも食らったような痛みが走って、オレは思わず倒れ込んでしまった。
ヤバい、ボールは……グラブからこぼれ落ちていた。
「我が友たちの恨みがお前の身体に鉄槌を食らわしたのだ。思い知ったかー!」
イフレイムはオレを罵りながら1塁ベースを駆け抜けた。
クソッ、一体どうしたってんだ。
まさか本当に呪い……いやいやそんな事があるか。
どうやらまだ身体が治りきっていなかったらしい。
身体を仰け反ったのが背中にダメージを与えてしまったのだろう。
「キュータロウ! 叫んでたが大丈夫なのか?」
キャッチャーのピアーズが様子を見に来たが、こんなことでチームメイトたちに心配をかけたくない。
「もちろんヘーキだ。ちょっと足を滑らせただけだ。それよりボールを落としてしまってすまない」
「いや、ボールのことはいい。しかしあの叫び声は異常だったぞ」
「ホントにヘーキだって、大袈裟だなあ。さあ、次の投球の準備に入ろうか」
ピアーズは不承不承な表情で引き上げていったが、とにかくここは無失点で抑えないと。
魔王を三振に仕留めたことが無駄になってしまう。
さて次は4番打者……といっても魔王軍は2番打者が最強打者の魔王なので、MLBみたいな打順の組み方ってことだ。
だからイフレイムより強いとは限らないわけだが、どんな奴なのだろう。
左打席に入ってきたのは、2メートル近い長身だが他の魔族に比べるとヒョロ長いというか、あまり筋肉質でない男だった。
「私の名はゴッドフレイ。魔王軍四天王筆頭を務めている」
筆頭ってことは四天王の中で一番強い奴ってことか。
静かな口調と外見からは、そこまで強そうに見えないが……。
ただ、奴が剣士であることだけはすぐに分かった。
バットを鞘に収めた剣の如く腰に下げて持っているからだ。
これまでも剣士のバッターが似たような構えで打席に入ったことはあるが、コイツはどういう打ち方をしてくるのか。
居合抜きか、それとも……。
考えても仕方がない、まずは投げてみて様子を見よう。
初球、全力のストレート!
「ストライク!」
内角高めに決まったが、魔王に投げたみたいな暴投になるほど急激にホップするボールにはならなかった。
ボールをリリースする際に力を込めたのだが、やはり背中にズキッとした痛みがあってビシィッと指先から音がなるほどの回転を与えられなかった。
それはともかく、奴はさっきのボールに何のリアクションも無い。
打てると思ってるのか、それとも圧倒されているのかすらわからん。
次の2球目は慎重にいこう。
セットポジションから、内角低めにスライダー。
「ボール!」
誘いに乗らないか。
それじゃあ3球目は……。
「ボール!」
外角低めギリギリにツーシームを投げたが僅かに外れた。
とにかく狙い玉も何もわからないし、様子見は止めてストライクゾーンに入れていこうと思ったのだが、ゴッドフレイはおもむろに口を開いた。
「やれやれ、魔王様から三振を奪ったというボールを待っていたが、やはりマグレだったか。それならもういい」
奴は吐き捨てるように一方的な失望を呟くと、遂にバットを腰から抜いた。
そのバットは全体的に細い……その上にグリップも細いのだ。
ミートポイントが狭い上に重心は先の方にあるって、何がしたいんだコイツは?
しかし、奴の表情はこれまでのすまし顔から一気に豹変したのだ。
「このバットを抜いた以上は……血を浴びるまでは鞘に収まることは無い。さあ来いキュータロウ! お前の血で真っ赤に染めてやる……フフフッ」
狂気に満ちた不敵な笑みを浮かべたその表情に、オレは寒気を感じて思わずブルっと震えてしまった。
ハッタリに思えないその迫力とオーラを前にして、四天王筆頭というのは決して伊達ではないと悟るのに十分だった。