第91話 飛んでいった打球の行方
1回裏、魔王軍の攻撃。
オレはまだ治療中なので、この回のマウンドはクラウディアに任せることになった。
左投げで大きくインステップする投球フォームから繰り出される角度のあるボールと、決め球である『来ると分かっていても空振りしてしまうストレート』は魔王軍チーム相手であっても十分に通用すると思う。
対する魔王軍チームの1番打者は……。
「わらわは魔王の娘であり、魔王軍四天王が一人アルベルティーネじゃ。そのわらわが相手をしてやろうというのだ、光栄に思え! うわははは!」
なんと、魔王のオッサンには娘がいたのか。
見た目はオレとタメか少し上くらいってところか。
燃えるような赤い髪の美少女で父親とはあまり似ておらず、性格的にも明るいというか騒がしいというか。
それはともかく彼女のユニフォーム姿はとんでもない格好だ。
といっても、魔王をはじめとする魔族の奴らの大半が上半身をはだけた着こなしでどう見ても規定違反だが、お咎めは受けていない。
異世界で魔族ということで、審判も大目に見ているのか諦めてるのかもしれない。
で、彼女はどんな恰好なのかというと。
まずユニフォームはシャツだけをマント代わりに羽織ってる。
あとはその……胸と下半身の大事なところだけ隠してるというエロい……ゲフンゲフン、とても大胆なコスチュームと、手甲とレッグプロテクターのみを装着している。
彼女はその上、コスチュームが強調されるようなムチムチ……いや素晴らしいナイスバディで、特に胸の膨らみはクラウディアと甲乙つけがたい。
コレじゃあ目のやり場に困っちゃうな。
でも相手チームの1番打者だし、どういう打撃をするのかキチンとじっくり見ておかねば。
いやいや、決してやましい気持ちなど。
チームを引っ張る存在として仕方がないのだ、うん。
さてアルベルティーネが左打席に立って、そろそろクラウディアが初球を投げるようだ。
どのボールで入っていくつもりか……んん?
急に視界が塞がれてしまった。
「な、なんだいったい! この手は誰だ!?」
「……すみません、手が滑りました」
「セシリア! ふざけてないで早くどけてくれよ!」
しかしセシリアは黙ったまま手をどけてくれる気配がない。
「ストライク!」
「やるではないか、エルフの女……いやクラウディア。背中からボールがきてぶつけられるかと思うたぞ。それが直前でグッと曲がって内角ギリギリに決まるとは驚かされたわ」
アルベルティーネが大声で説明してくれるからなんとなくわかった。
いつも通りのインステップからサイドに近い角度で相手の背中越しにストレート……いや真っスラでストライクを取ったのだ。
これでアルベルティーネも少しは腰が引けただろうし、あとは外角で勝負というわけだ。
2球目は恐らく外角ボールゾーンに落ちるスラーブで空振りを誘ってくるはず。
さあ、ストライクのコールを早く。
パシーンッ!
なっ!
どう考えても芯でボールをとらえた音!
そして恐らく打者走者が1塁を回って止まった足音で、シングルヒットを打たれたのだとわかった。
どうしたんだろう、珍しくコントロールミスか?
「馬鹿な……外角に逃げていく変化球で完全に空振りを取ったと思ったのに」
「クラウディアよ、なかなか良い球じゃったぞ。しかーし、わらわの方が一枚上手じゃったのう。うわははは!」
クラウディアが空振りを狙ったスラーブを打たれてしまったらしい。
その瞬間が見れなくて残念だが、腕でも伸びたのだろうか。
いやいや、魔族でもさすがにそれは無いか。
ここでようやくセシリアが手をどけてくれたが、何故か彼女の方が不機嫌でプイと横を向いてしまった。
まあいい、次は絶対に見逃せない相手だから集中せねば。
そう、魔王軍チームの2番打者は魔王バルトロマイなのだ。
イマイチやる気無さそうに右打席に立った魔王。
だけどベンチにいても受ける威圧感が半端ない。
クラウディアやキャッチャーのサーマンにはいかほどの圧力がかかっているか心配になってきた。
「クラウディア! サーマン! 自信持って投げれば大丈夫、どんな強打者でも打ち取れる!」
一応はこちらを向いて指で応えた2人だが、かなり緊張しているのがわかる。
さて、気だるそうに構えた魔王に対して初球。
1塁ランナーのアルベルティーネは走る気配が無さそうだし、打者に集中していける。
「ストライク!」
クラウディアの得意球スラーブが魔王の膝元、内角低め厳しいところに決まった。
あれは魔王もさすがに手が出なかったのだろう。
と思ったが、魔王はあくびをしながら気だるそうに言い放った。
「エルフの娘、さっさと最も強いボールを出せ。先程のようなヌルいボールは打つ気にならぬ」
あの野郎、打てないからってハッタリを言ってるんじゃないのか?
クラウディアはムッとした顔をしているが、サーマンは冷静な顔を崩していない。
惑わされずにカウントを整えてプラン通りに打ち取ればいい。
そして2球目、今度は内角胸元をストレートで抉ってボール。
3球目は外角低めにタイミングを外すサークルチェンジが決まって追い込んだ。
あとはすぐに決め球でいくかどうか。
しかし魔王は追い込まれた感がなく、それどころか相変わらず眠そうな顔をしている。
「もうこれ以上は待たぬぞ、エルフの娘。次は何であっても打つ。それとも我と勝負を避けたければ好きにするがいい、フハハハ!」
あのオッサン挑発しやがって!
まあでもクラウディアの決め球を初見で打つのは難しい、既に追い込んだこちらの勝ちだ。
そして4球目は真ん中高め、そこから浮き上がってくるストレート!
ギギギィーーッ!
何かが強烈に擦れた音と焦げ臭い匂いが球場内に広がる。
ボールは何処だ?
まさか……。
レフト方向を見たオレの目に入ったのは、レフトスタンド最上段を遥かに越え、空の彼方へと遠ざかっていくボール。
最後は星の如くキラーンと光って消えた。
塁審は腕をグルグル回し、それがホームランであったことを示したのだ。
結果からすれば、魔王がバットで力任せに擦り上げたボールが、焦げ付きながらとんでもない速度で飛んでいった、ということになる。
この異世界に来てからいくつも信じられない光景を見てきたオレだが、それでも今回のは本当に信じられなかった。
喜んで塁を走って回るアルベルティーネと、気だるそうに歩いていく魔王。
対照的にガックリとうなだれるウチのチームメイトたち。
特にクラウディアのショックが酷いようだ。
あっという間に2点を先制されたオレたちは、クラウディアとオレで最少失点で抑えて勝つというプランを変更することを余儀なくされたのだった。