第8話 先取点
1回表の攻撃はまさかの3者凡退となった。
敵味方合わせて約5万人の兵士たちを収容する観客席からは、歓喜と怒号の両方のざわめきが聞こえてくる。
どうやらノウ=キーン王国は野球をかなり研究してこの戦場に臨んだらしい。
この前の試合で消滅したのはベンチ入りメンバーだけで、観客席にいた兵士たちはボロボロにはなっても生還はしているのだから、当然ではあるが。
彼らの頭に入った野球のルール、それと実際に試合を見た記憶を元に練習とミーティングを繰り返したのだろう。
舐めてかかっては、こちらの方が痛い目、いや死ぬ事になる。
さあ、ここは切り替えて1回裏の守備につかないと。
一旦ベンチに戻りグローブを左手に着ける。
そしてマウンドに向かいながら、ピアーズに相手打者で要注意人物を確認する。
「要注意なのは……打順で言えば、まずは1番の女。彼の国では最強と謳われる魔道士だ」
「でも球場内じゃ魔法は使えないんだから、どうってことないんじゃないか」
「まあそうだが、それでも1番に起用されているということは何かあるのかもしれん」
「なるほど。次は?」
「2番のルイーザ・ゴンザレス。パワーもだが、全体的に能力が高い」
「まあ、あいつは納得だ。あとは?」
「3番の大男。奴には魔族の血も流れているせいか、パワーが凄まじい」
300年前のこの世界では魔族が侵攻してきて、その時に勇者が召喚されたらしいのだが。
和解して平和になったあとは、地上に残って共存した魔族も少なくないのだとか。
「とりあえず、特に要注意なのはこの3人。いずれも他国にもその名が知れ渡る武将たちなのだ」
つまり、単純に打撃能力が高い奴を上位に並べたってことか。
じゃあ、この回は特に注意が必要だな。
マウンドに登ったオレは、ワインドアップか、最初からセットでいくかでちょっと悩んだ。
この前の試合は、ど真ん中以外に投げることができなかったので常にセットポジションを取ったが。
まあでも、立ち上がりはどうしても不安があるからセットでいこう。
ちなみに軸足をプレートに置く位置は真ん中よりやや3塁側だ。
投球練習が終わって、1番打者がバッターボックスに入ってきた。
名前はジャクリーン。
少しウェーブのかかった髪型で気の強そうな顔つきの美人のお姉さんだ。
女性にしては背が高い方だが、身体付きはどちらかというと華奢だし、打者としてはそんなに凄いとは思えないけどなあ。
ジャクリーンはオレの方にバットの先端を向けながら挑発の言葉を投げかけてきた。
「おい、そこのピッチャー! アタシのこと女だと思ってナメてると痛い目にあうよ!」
そして少しベースに被るような攻撃的な構えを取った。
うーん、内角が苦手で投げさせたくないってことか、それとも外角を打ちやすくするためか。
ここはあえて乗ってみるか。
オレは外角低めギリギリにストレートを投げた。
パシィーン!
ボールを面で捉えたかのような打球音だ。
打球がライト方向に鋭いライナーとなって飛んでいく。
くそっ、相手の狙い通りとはいえ、あのコースを力強く打ち返されるとは。
まあ長打じゃないし気持ちを切り替えて……うわっ、ライトの奴、取り損なって後ろに逸らした!
心配していた開始直後の緊張感からのミスが出てしまった。
でもここでオレが怒鳴ったりすれば余計に事態が悪化する。
できるだけ余裕なフリをしてドンマイとライトに向かって叫んだ。
打者には結局2塁まで進塁されてしまった。
足もなかなか速いな、長打でなくてもここから本塁を陥れることができそうだ。
そして2番ルイーザを迎える。
闘志剥き出しの顔で構える相手に対して、オレは胸元近くにブラッシュボールを投げ込んだ。
さっきのお返しだ!
しかし奴は少し仰け反っただけで、そんなもん怖くはねーぜとばかりに余裕の表情を返してきた。
コノヤロー!
いや、挑発に乗ってはダメだ。
2球目、カーブを内角ボールゾーンから中に入れて、今度は腰を引かせてやった。
この辺で外角を振らせてカウントを追い込んでやる。
オレは外角高めボール気味にストレートの釣り玉を投げた。
だがルイーザは思い切り踏み込んできて引っ張りにかかる!
バットからは芯を外した音が聞こえたが、振り切ったからか力でセンターの前にポトリと落とされてしまった。
コースが少し甘く入ってしまったか、悔やむ一球となった。
そしてランナー生還でまさかの相手先取点だ。
ルイーザのやつ、1塁ベース上で派手にガッツポーズをオレに見せつけてきやがった。
悔しいが気にしてはいられない。
これ以上の失点は防がないと。
続いて3番のブライアン。
ルイーザよりも更にデカく、2メートル超えで体格もガッチリとしてムキムキだ。
そして異世界の敵側初の左打者でもある。
オープン気味の構えで内角を待っていそうだ。
ちょっと怖いな……。
様子見で、今度こそ完全にストライクゾーンを外した外角低めストレートを投げる。
ガキィーン!
今度は長いリーチを生かして無理矢理バットの軌道に乗せてきやがった!
左中間に大きな当たりでヤバい。
だがフェンス手前で失速して落ちてきた。
センターが丁寧に捕球してようやくワンナウト。
ふう、センターに一番フライの処理が上手い選手を置いててよかった。
バットの先の方に当たったみたいだが、それでもあそこまで飛ばすのかよ。
4、5番はストレートとカーブの組み合わせで連続三振に切って取り、ようやく1回裏を終わらせた。
初回からギア全開にさせられるなんて想定外だ。
おまけに先取点を与えたのはショックだが、まだ始まったばかり。
とにかく、まずは相手ピッチャーを攻略する方法を早く考えよう。