第74話 オレは我慢をやめるぞ
6回裏の共和国側の攻撃中。
ここまで4失点で3−5と逆転されてしまった。
しかもまだノーアウト。
これだけ聞くと、もうどうしようもない状態だと思われるだろう。
でも、オレの心の中は違う。
ここまで翻弄された白昼夢への対応に自分なりの答えが出たからだ。
オレに白昼夢を見せているのは、恐らく共和国側ベンチにいるサキュバスのマリリン。
あくまで彼女が見せている夢でしかないのだ。
だけど、ベンチでは監督のセシリア姫が立ち上がり、チームメイトのみんなもオレに視線を集めている。
今の状態では不安を感じるのも無理はない。
オレは声を精一杯振り絞ってチームメイトたちに呼びかける。
「みんなぁ! 心配かけたがもう大丈夫。ここからはビシッと3人で抑えてやるよ! だから見ててくれ!」
「じゃあ、もう一度だけ信じるよー」
「頼むから今度こそなんとかしてくれよなー!」
半信半疑の返答が返ってきたが、それはここまでの不甲斐なさを考えれば仕方がない。
そしてセシリアがベンチに座り直したところでプレー再開といきますか。
左打席には5番打者のダークエルフ・ナイジェル。
「キュータロウ、既にノックアウト寸前のはずだがまだ投げるのか。よほどこのナイジェルに引導を渡してほしいと見える……フッフッフッ」
いやいや、ここからはオレのターンですよ。
と言いたかったが面倒なので黙ってセットポジションについた。
そして内角ストレートで攻めていく!
「甘いわ!」
バシッと鋭い振りで打ってきたナイジェルだったが、打球はバックネットへ鋭く突き刺さった。
「ファール!」
「チッ。捉えたと思ったんだがな」
確かにバットコントロールもタイミングも良かったけど、オレの球威が完全に上回ってるんだよ。
もっと力を込めて振り抜かないと……まあそれでバットコントロールがうまくできればだが。
次は内角低めに落ちるカーブ。
「ストライク!」
ストレートが印象に残ってしまったのか、ナイジェルは迷った末に見逃した。
しかしここからは当てにくるだろうから簡単には行かない。
それにそろそろ……。
「キュータロウ。次の1球で……わたしの全てを、そなたに見せようではないか」
きた!
白昼夢でナイジェルは女体化し、しかも……胸の豊かさはクラウディアを凌いで、まさにユニフォームがパツンパツン。
もちろんわかってますよ、夢だって。
しかし男子高校生としては胸を見ないでおこうとするほど余計に意識してしまう。
そして思わせぶりなセリフ。
これらに今までやられてきたわけだが……もう我慢しないのだ、オレは!
「おう、それじゃあ全部見せてもらおうじゃね―か!」
3球目の内角を抉るスライダーでナイジェルは身体をひねってボールを避ける。
そのせいか、彼女の胸のボタンはパンパンと弾き飛んでいき、谷間が見える状態に。
「ヤダもう……キュータロウの目が血走ってて怖〜い!」
「ああ、見たくて仕方ねえからなぁー!!」
オレはセットポジションから渾身の第4球目、ストレートをど真ん中に!
「きゃああああー!」
バシィッ! とキャッチャーミットにボールが収まると同時に、オレの球威と気迫に押されて空振りしたナイジェルが勢い余って尻餅をついた。
「クソッ、イテテテ! なんなのだ、あの気迫は!?」
ここで白昼夢が覚め、元の男のナイジェルの姿が見えた。
気迫っていうか、欲望を抑えるのをやめただけだよ。
自分でも今、目がとんでもなく血走ってるだろうと思う。
さて、次は6番で虎の獣人ベティか。
って、なんか最初から怪しい雰囲気が。
「キュータロウ〜、どこを触られると気持ちいいのにゃ〜?」
虎というか雌豹のような雰囲気でオレの背中にまとわりつき、身体をまさぐるベティ。
確かに触られるのも気持ちいいかもしれんが……。
「もう十分気持ちいいよ。お礼と言っちゃあなんだが、今度はオレがお前をマッサージしてやろう!」
「にゃにゃっ!? そんなのは想定していなかったにゃ〜!」
オレからすぐさま離れて逃げていくベティ。
だがな、ここはあくまでオレの夢なんだ。
つまりは、どこにだって望む場所に出現できる!
「ハアハア、ここまで逃げれば大丈夫にゃ……キュータロウの奴、急にがっつき始めてどうなってるのにゃ?」
「おりゃあああ! 捕まえたぜー!!」
「ぎゃああああああああーーー!!」
ベティは急に現れたオレを見て、泡を吹いて失神してしまった。
そしてまたまた目の前が元のマウンド上での景色となった。
「うわーっ! 大丈夫か!」
共和国側のベンチが騒々しい……って、どうやらサキュバスのマリリンが泡を吹いて失神したらしい。
やっぱりあの白昼夢の内容を操ってたのはマリリンだったんだな。
これで心置きなくピッチングに集中できる!
「ストライク! バッターアウト!」
「にゃにゃ〜! またまたキリキリ舞いだにゃ〜!」
勢いに乗ったオレは6番ベティ、そして7番打者を続けて三振に切って取った。
オレは思わずマウンドでガッツポーズしてしまうほど嬉しかった。
それからチームメイトたちと声を掛け合いながらゆっくりとベンチへと引き上げる。
「さっすが我らがキュータロウだぜ!」
「俺は最初っから信じてたからなぁー!」
調子いいこと言ってくれるぜ……まあいいけど。
それよりも監督のセシリアがジッとこっちを見ているのが気にかかる。
そしてオレがベンチの前まで戻ると、彼女は自分と女子マネのエマの間に作ったスペースを手で叩き、ここに座れと目で促す。
なんか知らんが仕方なく座ったところ……。
「先程スコットさんから聞きましたが、キュータロウさんは女性に慣れていないのが問題なのだとか。私とエマに挟まれて、少しは慣れてください」
「え〜、いいよそんなの。それにお前らじゃ」
「私たちだと、何が問題なのですか?」
「姫さまの折角のご提案を無碍にすることはこのエマが許しませんよ!」
ひえ〜、もっとゆっくり休ませてくれ!