第63話 狙い球
6−8と2点ビハインドで迎えた9回裏の攻撃。
ツーアウトながらランナー1、2塁と同点……いやサヨナラのチャンス。
「キュータロウ! 絶対にオラがお前を抑えてやるだべさ。オラたちはこの戦いに勝たねばならねんだ……!」
相手ピッチャーのタイロンが、これまでの挑発とは違って静かに闘志を燃やしている。
少なくとも共和国側には、この戦争を仕掛けた大義名分があるのだろう。
しかしこちらとて負ければ消滅するのだし、勝たなければいけないのはオレたちも同じ。
あと、オレだけの話だが……強敵を相手にこれだけヒリヒリする試合はたまらない。
この試合に勝って、これからもこんな試合をもっと味わいたいんだ……!
まあ、これはさすがに口に出すとドン引きされるのでナイショだけど。
オレはタイロンの言葉に反応はせず、淡々と左打席に入って足を置く位置を定め、バットを構える。
それを見てタイロンはセットポジションに入る。
「キュータロウ! オラの球、打てるもんなら打ってみるべ〜!」
タイロンはオレに向かって叫びながら投球モーションに入る。
そして振り抜いた右腕から豪球が向かってきた。
ズバーーンッ!
「ストライク!」
外角一杯の高めに決まった。
これはどの道ヒットにするのは難しいし、今の時点ではコースの予測もできない。
しかしオレは悠然として打席内で構え直し始める。
タイロンはキャッチャーのウィリスから返球されると同時にセットポジションに入って投球を開始する。
「おりゃああああ!」
「うわっ!」
「ボール!」
バチィッ! とウィリスの右手にはめられたミットに収まったボールは、オレの腰の辺り目掛けて食い込んできた。
いや、別に狙ってないのはわかってるが、こんなのに当たったらタダで済みそうにない。
さてカウントはワンボールワンストライク。
次はどのへんに投げてくるかな。
「でりゃああああ!」
タイロンの気合が入った叫び声……って入り過ぎだぜ!
力んで引っ掛けたのか、外角に投げられたボールはドガッと地面にワンバウンドし、ウィリスは後ろにパスボールしたのだ。
オレはボールの行方を確認してから右腕を回し、ランナーはそれぞれ2塁と3塁を陥れた。
「ああ〜……やっちまっただ〜!」
嘆くタイロンを横目にオレは次の投球に備えてバットを構え始める。
「タイム!」
ここで共和国側ベンチから伝令が出てきた。
普通に考えればオレを敬遠しろって指示だろうけど……それが正解とは限らない。
ウチはオレじゃなくてもタイロンから内野の頭を越す打球くらいは打てる自信がある。
3塁にランナーがいる状況なら尚のことだ。
まあ、前の2人のヒットをマグレだと捉えているなら仕方がないけど。
マウンド上で少し長い協議が続いている。
オレは一度打席を外してブンッ! と素振りをして打撃フォームをチェック。
やがて伝令がベンチの方へ向いて歩き出し、集まっていた野手もそれぞれのポジションへ戻っていく。
オレは打席でバットを構え、タイロンもセットポジションに入る。
今のところウィリスが立ち上がる気配はない。
そしてオレは、一応はど真ん中にも注意を払いつつ、いよいよ狙い球を絞り、打ち方を準備する。
できれば内角の方がいいけど。
「キュータロウ……オラはこれから投げる球に魂を込める。絶対に打たせねえべ……!」
タイロンの全身から凄まじい気迫を感じる。
勝負に来る。
「うおりゃあああああ!」
雄叫びと共に放たれたボールは内角高め!
バシィーーーンッ!
待っていたボールを反射的にアッパースイングで打ち上げる。
高い軌道で放物線を描きつつ、打球はライト後方へと伸びていく。
「ライトどいて! あたしがなんとかする!」
センターを守るハーピィのキャサリンが落下予測地点まで飛んできて、そこのフェンス際から真っ直ぐ上空に飛んでいく。
10メートルちょっと飛び上がったところでグローブをスタンド側へと必死に伸ばす。
その上から垂直に近い角度で落ちてきたボールを掴みにいき……。
そのグローブの先をかすめてボールはスタンドに落ちていく。
審判ロボットの右腕がグルグルと回った。
サヨナラ逆転3ランホームラン!
思ったよりもギリギリに飛び込んだホームランだった……。
真芯で捉えたのに、それでもタイロンの球威に押されてしまったのだろう。
まあ、それを見越してできるだけ高く打ち上げたのだ。
でないとキャサリンにホームランキャッチされてしまうから。
名付けて東京スカイツリー打法!
……いや何でもない、忘れてほしい。
で、狙い球のタネ明かし。
オレの、というかオレたちの狙い球は『追い込まれた後に高確率で真ん中から高めに入ってくるストライクゾーンのボール』だったのだ。
切っ掛けは女子マネで記録員のセシリーが見せてくれたスコアブック。
打ち取られた6番と7番打者、どちらもツーストライクと追い込まれたあとに1球ずつ高く外れた暴投があったのだ。
これは偶然ではなく、タイロンは低めに暴投しないように最大限注意していた。
何故ならワンバウンドでパスボールとなり、振り逃げされるのを警戒したから。
オレの場合は3塁にランナーが進んだからだけど。
慣れたキャッチャーでもワンバウンドの処理は難しいのに、急造捕手のウィリスでは170キロ超えのワンバウンドなんてまともに処理できない。
でも高くすっぽ抜けたボールなら高い運動能力である程度は捕球できる。
だからタイロンは打者を追い込んでからと、ランナーが3塁にいる時は、ど真ん中ではなくそれより高めを目掛けて投げていたと思う。
そういうわけで、最後にストライクゾーンに来るボールは高確率で高めだと的を絞れたのだ。
共和国側は、なまじ振り逃げの概念を理解したばかりに、それに振り回されて思い切った割り切りができなかった。
おっと、考え事をしながらベースを回っている間にホームベースはすぐそこだ。
オレはホームベースをしっかり踏みしめたあと、チームメイトたちが待ち構える輪の中に飛び込んで、歓喜に包まれたのであった。




