第6話 開戦準備
オレが目覚めた翌日、早くも次の戦場が決まった。
目指すはノウ=キーン王国との国境付近にある城塞都市。
元々このベスボーラ王国領だったこの都市を奪還すれば、ノウ=キーン王国との戦争開始前の状態まで回復することができる。
それに、この前の試合の結果でノウ=キーン王国の戦力は大きく削られている。
この機を逃さずに叩いて、講和に持ち込む、というか応じさせるのが狙いらしい。
なにせ、このベスボーラ王国は周囲の諸国から侵攻を受けて多正面作戦を強いられている。
まずは1つでも戦線を減らしていかないと、早晩国が保たなくなる。
そして今は動員できる兵力を可能な限り多く掻き集めている。
もちろん目的はノウ=キーン王国にプレッシャーを与えるため。
目的の都市から奴らの都までそう遠くはないので、向こうも都市を死守するためにそれなりの戦力を出さざるを得ない。
そこをオレのスキルで更に戦力ダウンさせ、戦意を喪失させようという戦略だ。
そうそう、スキルの発動条件だが改めて鑑定してもらった。
1つはこの前のようにオレの命が危機にさらされた時に自動発動する。
もう1つは、戦場でオレの任意で発動することも可能だ。
この前の時に発動できなかったのは、スキルについてオレの頭の中でイメージできていなかったからではないかとのことだ。
いろいろと状況説明ばかりになってしまったが、オレは今、武将や兵士たちに野球を教えるので忙しい。
といっても全員に教えるのは無理なので、運動能力が高い武将や兵士を40人ほど選抜してもらった。
ベンチ入りメンバーはスキルによって勝手に選ばれてしまうのだが、やはり能力が高い者順に選ばれるようなので、これで問題はないと思う。
キャッチボールや遠投、塁間の走塁といった基本的なことから、守備や打撃の基礎までやらねばならない。
特に守備の方を重点的に、できる限り連携プレーもできるようにしたい。
なにせ、試合と言っても生死のかかった一発勝負なのだから、余計な失点は文字通り命取りになってしまう。
そしてオレは丁度ノック打ちをやっているところなのだ。
「行くぞオラァー!」
「さあ、こーい!」
王国にグローブとバットにできるだけ近いものを急遽作ってもらって守備練習に励む。
だけどこれに時間を取られて、オレ自身の調整をやる時間がかなり削られているのはどうしたものか。
「あの〜、キュータロウ殿。何か私に手伝えることはありませんかな?」
声をかけてきたのは今回の総大将を務めるドネリー将軍だ。
この前の試合でも監督としてベンチ入りした初老のオッチャンで、物腰は柔らかいが一見するとパッとしない印象だ。
だけど王国内では最も経験豊富な歴戦の将軍であり、若い頃は武将としても名を馳せたらしい。
そうだ、ダメもとでノック打ちをしてもらおう。
すると、最初のうちは空振りが多かったが、すぐにコツを掴んでゴロだけでなくフライも打てるようになった。
これはかなり助かった。
ノック打ちはこのオッチャンに任せてしまおう。
受ける選手たちも総大将直々のノックということで気が引き締まってるみたいだし、みんなにとって良い結果となった。
そして最大の問題はキャッチャーである。
ピアーズとは2度とやりたくなかったが、他に有力な候補がいないのだ。
ど真ん中にしか投げなかったとはいえ、奴は初戦でオレの150キロ超のストレートを問題なく捕球できていた。
それになんといっても強肩が魅力的だ。
メジャーの捕手ばりに座ったまま2塁に矢のような送球ができるのだ。
他の候補たちではなかなかこうはいかない。
オレの奴への信頼度は最低だがそうも言ってられないのだ。
今のところは一応協力的だし、とにかくピアーズには変化球の捕球とサイン確認を中心に練習させている。
「お疲れ様です、ゆう……キュータロウさん」
王女セシリアが笑顔でタオルを渡してくれる。
そう、約束通りに彼女は女子マネとなって戦場に同行するのだ。
そして記録員としてベンチ入りを目指すためスコアの取り方を熱心に勉強している。
その他の雑用も、彼女のメイドであるメアリーにも女子マネとなってもらって、いろいろ指導を受けている。
一生懸命な姿と癒やされる笑顔は現場の兵士たちにも好評だ。
ただし、さすがに王女がそのまま現場入りすると混乱を招くということで、表向きは『ドネリー将軍の孫娘セシリー』ということになっているけどね。
◇
オレたちはやれるだけのことはやった。
あとは戦場でその成果を示すだけだ。
約3週間後、ノウ=キーン王国への攻撃軍2万5千は目的の城塞都市付近に到達した。
当然だが奴らも同程度の守備隊で待ち構えていた。
あとは先端を開き、頃合いを見てオレのスキルを発動するだけだ。
「おい、そっちの大将軍、出てこいや〜!」
なんだ、敵陣営から1人の男が出てきて大声で喚いている。
戦功を焦ったアホな武将だろうか。
いちいち相手にしてられんっての。
「ん〜!? もしかしてそこの馬車に乗っているやつか、大将軍はよぉ〜!?」
ここから300メートルは離れてるのにオレの服の紋章が見えてるのかよ、すごい視力だ。
そして奴は持っていた槍を投げようと構え始めた。
いや、さすがにここまで届かねえだろ……と思っていたら、奴が助走してから投げた槍が放物線を描いて俺に向かって飛んできた。
つまり、オレの生命に危害が加えられようとしている。
ここでオレのスキル『野球』は発動してしまい、戦場全体が光に包まれた。
くそっ、あろうことか、相手のペースで戦端を、試合開始を進められてしまったのだ。