第53話 長尺バット
やっと一つアウトを取ったとはいえ、まだワンアウト3塁。
これ以上の失点を避けるには、あとの打者を三振か内野フライに仕留めたいところだが。
4番打者としてコールされたのは、タイロンという名で一際大柄な体躯といわゆるブタ顔のオークだ。
「さーて、オラがちょっくらホームラン打ってトドメ刺してやるべなぁ、キュータロウ!」
なんでいちいちオレを名指しで挑発してくるんだよ。
それはともかく、奴も2番打者のゴブリン・ユエンと同様に漫画やWeb小説みたいな凶悪さは無い。
それどころかどっちかというと素朴な戦士という感じだ。
「そいじゃあ、オラの力をちょっくら見せてやるべ」
タイロンは右打席に入る手前でバットを上に立てて軽く構える。
あのバット……かなり太いな、規定ギリギリじゃないか?
おまけにかなり長い。
プロ選手でも85センチ前後が平均なのに、100センチ近くありそうだ。
あの棍棒みたいな長尺極太バットは振るだけでも大変そうだが、奴が見せた素振りは凄まじいものだった。
ブゥゥゥーン!!
力強く速いスイングで、周囲に風圧を巻き起こしている。
芯に当たればスタンドまで一直線って感じだ。
とんでもねえな。
あの重そうで重心が先の方に寄っているバットを軽く振り抜きやがった。
でもここまで対戦した3人のような小細工は無さそうだし、力勝負と言うならむしろ望むところだ。
「さあ来いキュータロウ! それともさっきのでビビっちまっただか〜?」
奴は打席に入るとベースから少し離れてオープンスタンスに構えつつ、不敵な笑み浮かべて再度挑発してきた。
誰がビビるかって!
それに攻め方はもう決めてある。
オレはセットポジションから投球動作に入りつつあえて叫びながら全力投球する。
「それじゃあいくぜ! うりゃああ!」
投げたのは内角高め、渾身のストレート!
「でりゃあああ!」
奴の雄叫びと同時にバットは空を切りワンストライク!
全力の力勝負と見せかけてボールゾーンへと投げた釣り球に引っかかってくれたぜ。
しかし、空振りのあとにちょっとした衝撃波みたいなのをマウンドでも感じた。
やはりまともに当てさせては駄目だ。
さあ、次はどうするか。
あの長尺バットで踏み込まなくても外角をカバーできるんだろうけど、果たしてどこまで届くのか。
内角攻めで仕留めるにしても外角もある程度意識させておきたいし、一度試してみますか。
そういうわけで外角低めに2球目!
「そったらとこへ投げたって当たるべ〜!」
タイロンは腕の長さも相まって余裕で外角ギリギリにバットを届かせる……が。
そこから外のボールゾーンに逃げるスライダーでまたまた空振りもらうぜ!
「ふんぬー!!」
しかし奴はボールが逃げていくのに構わずバットを振り切って、バシーン! とバットの先に当ててきた!
右方向へ強烈なライナーがあっと言う間に飛んでいき……。
「ファール!」
ライト側ファールゾーンのスタンドに一直線で突き刺さり、観客席から大きなどよめきが起こった。
ちなみに観客席にいるのは戦場にいた兵士全員だ。
ふう、助かった。
かなりボールゾーンに外したつもりだったが、あそこまで届くとは。
でも長尺のせいかヘッドが出てくるのが遅れた分、ファールになったようだ。
まあ、何はともあれツーストライクと追い込んだ。
ここから三振を狙うとなれば、やはりあれでいくか。
3球目は内角低め!
「ボール!」
チェンジアップをボールゾーンに落としたが、引っかからなかったか。
タイロンは得意気になってまた挑発してくる。
「ふん、そっだらションベンみてえなボールじゃなくて、もっと速え球投げてこねえとな!」
コノヤロー、言わせておけば。
いや挑発には乗らないけど、三振か内野フライで仕留めたいこちらとしては、奴の太いバットに引っ掛けられての内野ゴロもできれば避けたい。
ここはカウントが有利なうちに勝負に出よう。
4球目は内角高めに渾身のストレート!
ストライクゾーンギリギリから少し上を狙って空振りを狙う。
「でえーい! スタンドまで運んでやるだ!」
奴の振り遅れ気味のバットからガコッと鈍い打球音で、空高くポップフライが打ち上がった。
仕留めきれなかった……いや、内野フライなら3塁ランナーも動けないから問題ない。
しかしどこまで高く飛んだんだ?
はっきりボールが見えねえぞ。
「オーライ!」
セカンドが手を上げている、ボールを確認できたようだ。
だけどそれからズルズル後ろへ下がっていく。
このままじゃセンターとの間にポトンと落ちるんじゃ……!
しかし今度はセンターが手を上げて右中間の後方へ下がり始めた。
そして最終的にはフェンスの近くでようやくグローブの中に収まった。
ツーアウト……しかし3塁ランナーはタッチアップで余裕のホームイン。
チクショー、なんつうパワーしてんだよ。
「これでもうおれたちが勝ったも同然だぎゃ〜! ギャッギャッギャッ!」
ランナーだったユエンが煽るかのように8点目を取った喜びではしゃぎ回っている。
そしてこの裏の攻撃でオレたちは最低2点返さないといけなくなったのだ。
さすがにみんな意気消沈して黙り込んでしまった。
オレも正直言って内心はかなり焦っているが、やるべきことはやらないと。
とにかく5番打者を打ち取り、これ以上の失点は防いでベンチに戻ったのだった。