第46話 火の玉ストレート
「みんな、すまない……オレがうっかりしていたせいで」
ベンチに戻ってから、8回裏の連邦側の攻撃で1点が入ってしまった『ルールブックの盲点』について簡単な説明をしたあとに、オレはチームメイトたちに謝罪した。
と同時に、ついこの前に野球を知ったばかりの連邦の大統領に出し抜かれたことへの情けなさで一杯だった。
「……まあ、やっちまったもんは仕方がないんじゃないの」
「そんな細かいルールなんて咄嗟に分かんないよね」
「チッ、何だよ。普段偉そうに俺らに文句や注意を言ってるくせによー」
チームメイトたちからは、いろんな声が聞こえてきたが、当然ながら文句を言う奴もいる。
偉そうにするつもりはないが、自分たちの命や国の存亡がかかっていることなので、野球については厳しいことも言ってきた。
もう、誰もオレにはついてきてくれないかもな。
「……キュータロウさん、そんなに全部の責任を背負わなくてもいいと思います。キュータロウさんがいなければ、今頃ベスボーラ王国は存続できていなかったかもしれません」
「そうですぞ。それに責任と言うなら、監督である私が全ての責任を負うのです。私が野球をわからぬばかりに全てのプレーをお任せして、情けないのは私の方なのです」
女子マネのセシリー(正体は召喚主であるセシリア姫)と監督を引き受けてくれてるドネリー将軍はこんなオレを励ましてくれた。
それを切っ掛けにしてチームメイトたちも次々と声をかけてきた。
「心配すんなって、俺がホームラン打って決勝点取ってやっからよ」
「まともにヒットも打ってないのによく言うぜ。でも、みんなで守って点を取ればいいじゃんよ」
「キュータロウ、さっきは悪かったな。これからも俺たちを引っ張ってくれよ」
「ありがとう……ありがとうな、みんな」
オレの失態が切っ掛けなのに、かえってみんなと気持ちを1つにできた気がする。
それはいいのだが、先頭打者がもうベンチへ戻ってきた。
「あのピッチャー、とんでもねえボール投げてくるよ。とても打てる気がしない」
確かにジョンストンは凄いナックルを投げてくるが……。
そう思いながらマウンドを見ると、いつの間にか連邦側のピッチャーが代わっていた。
マウンドにいるのは炎の魔道士ブレンダ。
ジョンストンはキャッチャーに守備位置を変えていた。
そして次の打者に投げた球は確かに凄まじいものだった。
バシィッ!! とキャッチャーミットが破けそうな勢いの球がバッターの目の前をあっという間に通り過ぎる。
その球威は、巨漢のジョンストンが踏ん張らないと後ろに倒れそうなほどだった。
球速は165キロと表示されており、それだけでも圧倒されるけど。
球の回転数もかなり多いようで、ノビと浮き上がりが強く、実際にはもっと速く感じる。
「アハハッ。あたいの火の玉ストレートは何人たりともカスらせやしねえよ!」
彼女の言葉はハッタリとも思えない。
結局、ストレートだけで三者三振、要した球数は9球だった。
連邦は、こんなクローザーを用意していたのか……!
オレも9回裏は3人で片付けて、ついに延長10回、タイブレークに入ってしまった。
ノーアウトでランナー1、2塁から始まり、打順は1番ウォルターから。
この回、絶対に点を取って決めてしまいたい。
しかし2球目まで全く手も足も出ずにカウント0-2。
ウォルターはかなりバットを短く持って3球目を振っていったのだが。
「ストライク、バッターアウト!」
僅かにカスってファウルチップとなったが、そのままジョンストンのミットに収まってしまい、あえなく三振となった。
ブレンダは『ちっ』とマウンドで言っていたようだが、ここまでの状況でも十分にすごいことなんだけどな。
オレはネクストバッターズサークルに向かいながら、引き上げてくるウォルターに聞いてみた。
「どう? なんか打てそうなヒントとか掴めた?」
「いや全く。2巡目、いや3巡目あたりになれば慣れるし向こうも疲れてくるだろうけど、今すぐってなると」
「打席からはどんな感じに見えるのさ?」
「とらえたと思ったら、目の前から急に加速して視界から消えていくような感じかな。タイミングを合わせたはずなのに振り遅れてしまうんだ」
「……そうか、ありがとうよ」
想像以上のボールだ。
何とかしないと……でも送りバントも相手内野手に警戒されていて厳しそうだ。
仮に成功したところでオレが敬遠されるかもしれん。
ブレンダの性格からは考えにくいが、独裁者である大統領が指示を出せば逆らわないだろう。
手をこまねいているうちにエドモンドも2ストライクと追い込まれた。
そして3球目……ここでエドモンドは咄嗟にバッティングフォームを変えた。
右手はグリップの上側を軽く持って両手の間隔を開けながらバットを寝かせ気味に構える。
タイミングを取りつつ右手をグリップエンド側へ滑らせて、そのまま振り遅れずにスイングした。
とらえたか? と思ったが……バットはボールの下で空を切った。
「ストライク、バッターアウト!」
三振にはなったが、タイミングの取り方は悪くないんじゃないか?
ベンチに下がろうとするエドモンドに意図を聞いてみよう。
「さっきの打ち方だけど、なんで急に変えたんだよ?」
「なんとなく、あの方がタイミングが取りやすいかなって。トップの位置も決まって振り抜くだけだし」
「……ありがとう、ヒントになった」
これは、オレもやってみる価値はありそうだ。
オレは左打席に入って、エドモンドと同じようにバットを構えた。
この打法だと長打を打つには軸足の踏ん張りが必要だと思うので、右足を踏み込む側にした。
そしてすり足打法に変えて少しでも衝撃がないようにしてみた。
あとは、打つだけだ。
「キュータロウ、あんたがどんな小細工しようが、あたいの球を打てるもんか。ここで引導渡してやるよ!」
ブレンダはそう言うと早速セットポジションから素早く踏み込んで火の玉ストレートを投げてきた。
ゴオーッと唸りそうな剛球があっという間に迫ってくる。
急いで打ちにいったが、振り遅れて空振り!
くそっ、かなり早くタイミングを取ったつもりなのに。
2球目も振り遅れて空振り……エドモンドと何が違うんだ?
そういや、アイツはもっと力を抜いて構えてた気がする。
オレは自然と力が入っていた左手を2、3度ブラブラと振ってから再度バットに添える。
そして左手を移動することを考えずに、とにかく来た球を振り抜くことに集中する。
そして3球目は内角高め、ノビて浮き上がってきたところをとらえてやる。
すり足打法とはいえ右足首が痛かったが、集中力が高まったからか今は何も感じない。
いける!
迫ってきたボールに反射的にバットを振って、バシーン! と芯でミートした。
あとは力負けしないように踏ん張りつつ振り抜くだけだ。
「うおおおおおっ!」
オレは懸命に振り抜いた後に思わず叫んでしまった。
それだけ力が入った打席だった。
打球は低い放物線を描きながらライトのモニカの後方へ飛んでいく。
フェンス際でモニカがジャンプして飛びついたが、その上から打球はフェンスを越えていった。
3ランホームラン!
これで勝負は決した……いや連邦側の攻撃が残っている。