第45話 盲点
8回裏連邦側の攻撃。
奴らのラフプレーで負傷した右足首は万全ではなく、投球の軸足としてキツい状況だ。
でもあと2回抑えれば勝てる。
それに投球を始めるとアドレナリンが出るのかそれほど痛みは気にならない。
しかし、先頭の2番打者、炎の魔道士ブレンダには力ずくでのポテンヒットを許してしまった。
身体強化術での筋力強化に使っている魔力が凄いからだろうか。
強すぎるスイングは、打った瞬間に焦げ臭い匂いがして、打球から火が出るかと思うほどだった。
ボールを球審ロボットに交換してもらって、迎えるは3番、氷の魔道士モニカ。
「キュータロウさ〜ん、あまり厳しい球を投げないでくださいね〜。逆転しないといけないんで〜」
バッターボックスでは穏やかな口調で微笑みを浮かべているが、この前の打席で見せた夜叉の顔と殺人野球っぷりは忘れられない。
でもそれだけでなく、球を打つ際に、額へと魔力を集中してるような光を一瞬放つのが気になる。
身体強化を集中力の強化に使っているんだろうか。
大昔のレジェンドプロ野球選手が『ボールが止まって見えた』とか言ってたらしいが。
それが『ゾーン』に入るみたいなのを言ってるのなら、彼女がやってることはそれに近いのかもしれん。
というわけで球を散らして集中力を削ぐべく工夫したのだが。
やはり止まったボールを打つかのように、カキーン! と芯でとらえて、打球は2塁手の頭をライナーで越えていった。
「くそっ、抜かせるか!」
守備が上手いセンターのコナーがなんとか追いついて右中間は割らせなかった。
「早く、こっちこっち!」
セカンドのエドモンドが素早く中継に入って、モニカを1塁でストップさせた。
ブレンダには3塁まで到達されたけど、少しでもマシな状況に食い止められた。
みんなが守備練習をいつも頑張っている成果だと思う。
しかしここで出てくるのは4番のジョンストン。
この前の打席では、ある意味で異世界らしいやり方でソロホームランを打たれた。
左打席に入って、左手だけでバットを持ち、前に突き出すという一見すると訳のわからない構えである。
そして投手からボールが投げられる前に左腕を振り下ろしてテイクバックするのだが……。
その際にホームベース上に強烈なつむじ風を発生させ、投げられたボールを無理矢理真ん中へ吸い寄せるという。
説明していて『そんなアホな』と言いたくなる打法である。
しかしこの打法には欠点があるのでそこをついていく。
「ストライク!」
内角高めにストレートが決まった。
ヤツは微動だにしなかった。
テイクバックで下へ振り下ろしたバットを振ると極端なアッパースイングになる。
内角高めは当然打ちにくいので手を出さなかったのだろう。
と、キャッチャーのピアーズが捕球後に急に立ち上がった。
「フンッ!」
そして素早く1塁に牽制を投げた。
鬼肩のピアーズの送球はまさに矢の如し、リードを大きく取っていたモニカを慌てさせた。
これなら打者に集中できる。
続いて2球目も同じコースだが、今度はジョンストンがテイクバックしてつむじ風を発生させた。
強いストレートを投げたので、あまり中には吸い寄せられなかったが……。
「ボール!」
巻き上げる風の力でボールゾーンへと上げられたらしい。
こんな使い方もあるとはな。
フフンと得意気なジョンストンの顔がちょっと腹立たしいが堪える。
ならばこれはどうだ?
外角高めギリギリを狙ったカーブ。
ボールゾーンからバックドア気味に入ってくる球を打ってくるのか?
今回も先にテイクバックしていたヤツだが、どこまでカーブの軌道を読めてるのか。
少し迷った感じで振りにいったバットは、ストライクゾーンより少し上までしか落ちなかったカーブを高々と後方へ打ち上げてしまった。
ピアーズが追っていくが……ファール。
ともかく追い込んだので、あとは仕留めるだけだ、出来れば三振で。
オレは思い切って勝負に出た。
さっきのカーブでタイミングとボールの軌道がストレートと変わってしまっているはず。
そこへ緩急で真ん中高めへ渾身のストレート!
回転数大目で少し浮き上がっていくストレートは巻き上げる風にも乗って、絶好の釣り球となる。
振り遅れ気味のジョンストンのバットは球の下を通って空を切った。
「ストライク、バッターアウト!」
よっしゃ、最高の結果!
結果的に自分の技が裏目に出たジョンストンはバットをへし折って悔しさを露わにした。
ここで相手ベンチは右の代打を送ってきたが……その間に1塁と3塁コーチャーからランナーに指示がされているのをオレは見逃さなかった。
こういうので想定されるのは、スクイズか重盗。
オレはやれるならやってみろと内角高めにストレートを投げ込んだが、相手は見逃してストライク。
次は外角に外れるスライダー……反応無くボール。
いつ仕掛けてくるのか、それとも強攻か。
内角ギリギリへスプリットチェンジで攻めたが、また反応無しでボール、カウント2−1。
さて、これで向こうにとってはスクイズやれるカウントになったわけだが。
3塁のブレンダの表情が緊張してきたな。
でも仕掛けるのはどっちだ……。
オレは真ん中少し高いボールゾーンへカーブを投げる。
その前にブレンダが走ってきた、スクイズで間違いなさそうだ!
バッターはバントを構えるが、オレが投げたカーブは、いつもより速めで落ち幅が少ないやつだ。
軌道を読み違えたバッターは、外角高めのボールをバットの上っ面にコンッと当てた。
狙い通りに、1塁側への小フライだ!
だが思ったより小さいフライを、オレは右足を引き摺りながらも懸命に追う。
「うおおおおお!」
滑り込んで取りに行ったグラブには……ボールが入っていた。
「バッターアウト!」
球審のコールが聞こえたと同時にオレの目に入ったのは、1塁ベースから飛び出していたモニカだった。
オレはこの回を終わらせるべく、起き上がりながら半ば反射的に、ベースカバーに入った2塁手エドモンドへと送球した。
「スリーアウト!」
審判のコールとともに、ウチの内野手メンバー全員からヨシッ! と声が自然と出た。
ピンチを脱した高揚感で、みんな意気揚々とベンチへ下っていく。
オレもピアーズに肩を貸してもらって歩いていく。
ホームベース上では、悔しいのかブレンダがまだ居座っていたが……一瞬笑っているようにも見えた。
何だコイツ、と思いながらも何気なく1塁を見ると、今度は立ち上がったばかりのモニカが夜叉の顔を出してニタッと笑みを浮かべているのが見えた。
どういうことだ……ここでオレは大事なことを忘れているのに気がついた。
ウチの内野手とオレとピアーズ、みんなラインから外に出てしまっている!
ヤバい!
オレはウォルターに頼んでとにかくフィールド上のボールを取りに行ってもらってから、3塁ベースを踏んでアピールプレイをやってみたのだが。
「守備側ハスデニ、ベンチヘ下ガル意志ヲ示シテ全員ラインヲ越エテイマシタ。アピールハ認メラレマセン」
やっちまった……某野球漫画で有名な「ルールブックの盲点」を。
連邦側の8回のスコアボードに1点が入り、連邦の監督代行、実は独裁者の大統領がしてやったりな顔をしているのを見ることになった。
オレの気持ちは、安堵から自分への失望へと一気にドン底に突き落とされた。