第4話 全球ど真ん中勝負
敵の最初のバッターは、さっきオレに刀を振り下ろそうとした武将だ。
奴はとにかくバットを両手で持って構えはしたが、まだ戸惑っているようだ。
この状況はチャンスじゃないか?
敵の打者は『バッターボックス内でバットを振ってボールに当てる』ぐらいしか理解できていないように見える。
ならば相手の理解が追いつく前にケリをつけるしかない。
オレはスグにプレートを踏んでセットポジションを取った。
一応だが形式は整ったので、キャッチャーの後ろにいるロボットみたいな球審がプレイ開始を告げた。
オレはゆっくりと左足を上げ、ど真ん中めがけてストレートを投げ込んだ。
「ストライク!」
球審のコールが周りに響き渡る。
敵将はバッターボックス内で呆然と見送ったのだ。
思った通りだ、ここはどんどん押していこう。
ランナーもリードも取らずにただ塁上にいるだけだから気にしなくても問題ない。
じゃあなんでワインドアップで投げないんだって?
副将の奴がど真ん中以外のボールを取れるか疑わしいので、後ろに逸らされるのが一番怖い。
だから制球を安定させるべくセットポジションを続けるのだ。
続けてストレートを投げ込む。
自分で言うのもなんだがキレのあるボールがミットに吸い込まれていく。
だが今度は相手も力を入れたスイングをしてきた。
マウンドからでも空気を切る音が聞こえるくらいの力強さだ。
思いっ切り振り遅れなのでカスリもしなかったのだが、マグレでも当たるとそこそこ飛びそうだ。
戦場で剣や槍を振り回している連中だからパワーはあるのだろう。
しかしタイミングが合わないうちにさっさと仕留めに行く。
集中してど真ん中に会心のストレート!
バシッと心地よい音を立ててミットにボールが入り、その後で大きなスイングが空を切った。
「ストライク、バッターアウト!」
球審のコールで観客席も大きくざわめいた。
アウトが3つ取られると攻撃が終わることくらいは理解しているのだろう。
「クソ、何じゃこりゃあ! 何故当たらんのだ!」
敵将はよほど悔しかったのか、叫びながら木のバットをへし折ってベンチに引き上げていった。
ふう、ようやく一つアウトを取ったぜ。
とにかくこの調子でどんどん三振を取っていこう。
というか、バックの野手も信用できない以上、打者全員を全球ど真ん中で三振に打ち取るよりほかないのだ。
だが、次打者がこれまた力強い素振りをしてからバッターボックスに入った。
なんか、さっきの奴よりはタイミングが合いそうなスイングをしてやがる。
もうコツをつかんできてるのか?
戦場で生き残るにはパワーだけでなく運動神経も良くなけりゃいけないだろうし、スポーツのセンスもあるんだろうな。
でもやることは同じ、渾身のストレートを投げ続けるだけだ。
今回もセットポジションからゆっくりとしたフォームで初球を思いっ切り投げ込む!
が、当てられてしまった。
かなり振り遅れてるのでファウルになったが嫌な感じだ。
それに相手は真ん中だけ張ってりゃいいんだから、やっぱりこっちが圧倒的に不利なのだ。
2球目も当てられた、しかもさっきよりタイミングが合ってきてる。
「さあ来い、次こそは仕留めてくれるわ!」
次は当てられる確信でもあるのか、奴は不敵な笑みを浮かべて挑発してきた。
だがオレは小さい頃から野球やってる高校球児、簡単にシロウトに当てさせると思うなよ。
オレはクイックモーションで素早く3球目を投げた!
ズバッ!
ストレートがミットに気持ちよく吸い込まれて三振がコールされた。
同じ調子でスイングするつもりなのがバレバレなんだよ。
完全に意表を突かれタイミングを外された相手は、ただ見送るしかできなかったのだ。
クイックなのでちょっとコントロールに不安はあったが、ここ一番の集中力で乗り切れた。
あとはアウト一つ、ここを凌げばこちらの攻撃だ。
そう思っているところに副将の奴がマウンドへやってきた。
「おい、次は敵陣営で最も手強い武将だ。武勇もだが頭も相当キレる。大丈夫なんだろうな?」
ここまで非協力的だったくせに今さらなんだよ。
でもここは打ち取るためにコイツの協力が必要だ。
オレはある指示を出してキャッチャーボックスへ帰した。
まず初球、クイックで初球を投げ込む。
敵将はじっくり球筋を見るような感じで見送り、ズバッとど真ん中に決まった。
頭がキレるってことで、初球は様子を見てくるんじゃないかと思ったが、その通りだった。
だが、次は簡単にはいかないだろう。
相手がクイックを予想してタイミングを取ってくるのか、それとも……。
プレートを踏んでセットポジション。
そして今度はゆっくりと左足を上げる。
力を込めて投げた球だが、ヤツは反応し当てられた!
ガコッ! と芯ではない場所に当たった音がバットから出た。
ボールに威力があったので、ヤツのバットを押し込んで打球はキャッチャーの後ろにポップフライとなった。
キャッチャーの副将は……やっぱり動かないのでオレは全速力で打球を追う。
これでキャッチすれば3アウトチェンジ!
だが無情にも追いつけず打球は地面に落ちてファールとなった。
仕方がない、3球目を投げるか。
これでヤツはクイックと通常の両方の投球を打席で確認が出来たわけだ。
あとはどちらを読んでスイングしてくるか。
ヤツは一旦打席を外して素振りをしてから、再び打席で構える。
オレもプレートを一度外して、慌てずにセットポジションに着く。
そしてオレはゆっくりしたフォームから腕を振り切る。
待ってましたとばかりにヤツはバッチリのタイミングでスイングし始めた!
――だが、ヤツのバットはボールがホームベースに到達する前に回り始め、完全に体が泳いでしまっている。
オレがここで投じたのはカーブだ。
ストレートのタイミングで待っていたヤツは、見たこともないであろうカーブの軌道で視線が上下動してついていけてない。
どうにか当てようとはしているが、上から曲がってくるボールにバットは空を切った。
それはいいが、変化球なんか投げてド素人キャッチャーが取れるのかって?
だからオレはさっきキャッチャーにこう指示をだしたのだ。
『どんな球が来ても絶対にど真ん中からミットを動かすな』ってね。
ど真ん中に構えたキャッチャーミットにボールが吸い込まれ、3アウトチェンジ!
……と思ったのに!
ポロッっと。
副将の奴、ボールを取り損ないやがった!
やばい、このままだとえらいことになる。
ボールは……副将のすぐ真下だ。
オレは奴に向かって大声で指示を出す。
「おい、その真下にあるボールを早く拾って、打席にいるヤツにそれをタッチしろ!」
何が何やらという顔をして動きが止まっている相手に必死で呼びかける。
「理屈は後で説明する! とにかくオレの言う通りにしろ!」
ようやく副将はボールを拾い、打席で戸惑っていた敵将にタッチした。
それと同時に球審からアウトが宣告された。
ふう、危うく振り逃げされかねないところだった。
まあ、振り逃げはすぐに理解するのが難しいルールだし、敵側がまだよくわかってなかったのが幸いだった。
ホッとしてベンチに戻ると、太った初老のオッサンがベンチにいた。
こんなのが選手に選ばれてるのか?
副将に聞くと、コイツはこの戦場での総大将とのこと。
ああそうか、多分コイツは監督の役割なんだろう。
と言ってもわけが分かっていない様子なので采配は無理だろうけど。
それは向こうも同じらしく、何か指示を出している様子はない。
そして裏の攻撃、先頭バッターはオレだ。
さっきは何とかしのいだが、これ以上はど真ん中しか投げられない状況で抑えるのは難しい。
カーブも、あの様子ではもう使えないな。
それに時間が経つほど相手側がルールを理解する危険が増すし、バントとか使われだしたら厄介だ。
この回で、いやオレの打席で決着をつけないと。
相手のピッチャーは、さっきの打席にいた武将だった。
投球練習を見る限り、本当にシロウトそのままの手投げで緩いボールしか投げてこない。
普通にやれば当てるくらいはわけない。
だけどこっちのランナーがきちんと走塁してくれるか不安なので、出来ればそんな心配のない打球で決着をつけたい。
ただ、バットが木というのは不安だ。
低反発バット対策で、野球部OBから寄付された木のバットで練習はしていたけど、実戦では初めてだ。
打席に入って構え、相手もプレートを踏みプレイ開始が告げられた。
手投げで投げてきた緩いボールを思いっ切り引っ張って打つ!
「ストライク!」
なんと、空振りしてしまった。
気負って力が入ってしまったのか。
それもあるが、恐らくピッチャーのボールの握りがきちんとしたものじゃないので、ナチュラルに変な軌道で曲がってくるのだ。
落ち着いて、よくボールを見て仕留めないと。
2球目も同じような緩いボールだ。
コースも予測できないのでよく見て振りぬくしかない。
真ん中高め付近に入ってきたボールをよく見極めて、打つ!
真芯に当たった感触と、バシーンと強い打球音を残して打球はセンター方向へ飛んでいく。
頼む、入ってくれ。
一塁ベース付近に到達したところで塁審の腕がぐるぐる回った。
打球はバックスクリーンの前に落ち、消えていった。
あっけない幕切れだ。
だけど今まで戦ったどんな試合よりも緊張して汗が止まらなかった。
おっと、解放感に浸る前に、自分の前にいるランナーを追い抜かないように気を付けないと。
オレは前のランナーに追いつくごとに、ベースを回っていくように指示をださないといけなかった。
そしてホームイン。
安心したのもつかの間、敵側の選手たちから叫び声が上がり始めた。
「か、体が、足が消えていく!」
「いやだー! おれはまだ死にたくない!」
見ると、奴らの身体は足先から順に光の粒子のように変化しそれが飛び散っている。
さっき退場になった奴と同じ状況だ。
目の前で泣き叫んでいる敵選手たちを、オレはただ茫然と見ることしかできなかった。
観客席からは怒号や悲鳴が球場全体を覆うほどとなり、パニックになっている。
そして敵選手たちの姿が全部消えると同時に球場も光に包まれてから消え去った。
その場で意識を失ったオレは、召喚された城の中の部屋で、翌日に目が覚めたのだった。