第37話 殺人野球
5回裏、連邦側の攻撃中で2死3塁。
ランナーは軽業師ギャレン。
そしてさっきは、相手の2番ブレンダとこちらの捕手サーマンが接触して、サーマンは負傷交代、ブレンダは守備妨害でアウトとなった。
そして今、代わりに捕手に入るピアーズが用意を終わらせて戻ってきたところだ。
相手側が守備妨害を巡って球審ロボットにしつこく食い下がっている間に、オレとピアーズはさっきのプレーについて話をした。
「なあピアーズ、接触しただけでサーマンの肋骨にヒビが入るなんてあり得ると思うか?」
「まあ普通はないだろう。あるとすれば、ブレンダが肘鉄あるいはバットのグリップなどで強烈な一撃を脇腹に当てた可能性のほうが高い」
「オレには攻撃をする瞬間は見えなかったが、そんな一瞬でできるもんなのか?」
「俺がいた一塁からでは全く見えないから推測でしかないが……この大陸で名が知られるレベルの武将や魔道士なら可能な動きだと思う」
「じゃあ抗議しようぜ、故意のラフプレーで」
「無駄だと思う。証拠が無いし、すぐに反則と判別できるレベルならば審判部長とやらがとっくに咎め立てしているはずだ」
審判部長ロボットでも判別できない隠れたラフプレーを仕掛けてくるなんて……これまで起きた不可解なプレーもやはり事故ではなくワザとだったのか?
疑問に思いつつも手立てはなく、オレとピアーズはそれぞれのいるべき場所に戻った。
だけど、とりあえずはプレー再開へと気持ちを入れ替えようとしたところで、またもや異変が起きた。
1塁側ベンチからドサッと音がしたかと思うと、連邦の監督が倒れていたのだ。
そのすぐ傍には巨漢の格闘王ジョンストンと部長と思われる初老の男が立っていて、審判を急遽呼び出していた。
「我がチームの監督が急病で倒れてしまった。このあとは私が代わりに指揮をとるということで構わないだろうか」
「承知シマシタ。急病人ハ速ヤカニ医務室ヘ運ンデクダサイ」
部長の男は審判との協議を終えて、ベンチの前方に座って指揮をとる用意を始めた。
気になるのは監督が運ばれて行くときにぞんざいな扱いをされているように見えたことだが、相手チーム内の事情までは踏み込めないし。
もう、いろいろ起きすぎてワケワカランよ。
しかしプレーが再開されて気にしている余裕はなくなった。
「キュータロウさ〜ん、お手柔らかにお願いしますわ〜」
打者は3番モニカ、凍結の魔道士だ。
彼女は微笑みを浮かべて声をかけてきた。
相手側の中では比較的マトモな人に見えるが、ピンチであることに変わりはなく気を抜くことはできない。
ツーアウトだがセーフティスクイズもありそうな気がする。
そういうわけで初球は外へウエストボール。
特にバントの構えもランナーのスタートも見られなかったが、次はどうするか。
2球目もウエスト……ここも反応なし
3球目はもう外せない。
内角低めにスライダー……コーナーギリギリに決まってカウント2−1。
どうしようかな……カウントを悪くして出塁させると、次はジョンストン。
ヤツの初打席ということもあり不気味な存在なので、できればランナーがいる場面での勝負は避けたい。
思い切って勝負!
4球目は内角高めにストレート、バントがやりにくいコースだ。
そして3塁ランナーがスタートを切った。
やっぱりここで仕掛けてきたか!
オレは投げ終えると同時にホームへ突っ込んで行く。
1、3塁からも野手が突っ込んできて、プレッシャーをかけてミスを誘う作戦だ。
モニカはバントの構え……しかし額に力を集中させるかのような小さな光を一瞬放つと、バスターに切り替えてきやがった。
「キュータロウ、ここをお前の墓場にしてやろう〜!」
モニカはこれまでの微笑みから一瞬にして夜叉のような表情に変わった。
そしてまるで止まった球を打つかのようにストレートを真芯でとらえると、強烈な速度の打球をオレの顔面に向けて返してきた!
突っ込んで行く体勢のオレは避けることができない。
しかし眼の前にボールが見えたところで、オレは反射的にグローブを動かして……。
それから仰向けに倒れ込んで、周りからオレの名を叫ぶチームメイトの声が聞こえた。
でも打球は、オレのグローブの中に収まっていた。
「スリーアウト、チェンジ!」
3塁側のウチのベンチと観客席から盛大な歓声と拍手が起こった。
咄嗟とはいえ、もう駄目だと思っていたのによくキャッチできたと自分でも思う。
まあ、普段からピッチャー返しへの練習をキッチリとやっていたおかげかな。
「あらあら、ゴメンなさいね〜、打球が正面にいってしまって。でも、わざとじゃありませんのよ〜」
モニカはまた微笑みの表情に戻ってオレを気遣うセリフを言ったが。
見ちまったんだよ、さっきの夜叉の顔を。
これで完全に確信が持てた。
奴らは、連邦はオレたちに『殺人野球』を仕掛けてきてるってなぁ!
一応は球審ロボットにわざと狙ったのではと抗議を入れたが、それは認められなかった。
あまり頻繁に抗議すると審判に遅延行為などととらえられかねないし、何か決定的な証拠をつかみたいところだが……。
とにかく次の攻撃で同点に追いつくことに気持ちを入れ替えよう。