第1話 エースで4番
ガキィーン!
左打席に入ったオレは、鋭いスイングでバットを振り抜き、150キロ高めの速球をはじき返した。
その場に金属バット特有の打球音を残して、高く上がった打球は右中間のフェンスを軽く越えていく。
つまり、ホームランだ!
ちなみにランナーが1人出ていたので2ランである。
「マジかよ……低反発バットであんなに飛ばされるなんて」
ベースを回っていると相手野手の驚きの声が聞こえてきた。
逆転打を放ったのと併せて、対戦相手からの称賛は滅茶苦茶気持ちいい。
オレの名は山田 球太郎。
とある県立高校野球部で甲子園を目指す高校球児だ。
3年生のオレにとっては最後の夏。
今は地方予選真っ只中で、3回戦の試合中だ。
今日の対戦相手は優勝候補の一角に数えられている強豪私学、もちろんメッチャ手強い。
相手強力打線をなんとか1点だけに抑え、この9回表にとうとう逆転したのだ。
相手エースの渾身のストレートをホームランにできたのは素直に自信になる。
そしてその裏、9回裏の相手チームの攻撃。
オレはピッチャーとしてマウンドに登る。
ここを抑えれば完投勝利だ。
「うりゃああ!」
オレは残る全力を使って抑えにいき、三振を取るたびに雄たけびを上げる。
最速155キロのストレートと、ブレーキが利いて大きく鋭く曲がるカーブで3者三振に切って取った。
2-1で勝利!
「よっしゃー!」
両チーム挨拶を済ませた後、オレとチームメートはベンチに戻りながらはしゃいでしまった。
地方予選も次はいよいよ準々決勝。
甲子園出場を現実の目標として捉えるのに十分な状況だ。
そして、オレの野望達成にまた一歩近づいたということでもある。
野望と言うと大袈裟だが、オレの夢はプロ野球選手になって大活躍することだ。
自分で言うのもなんだが、オレは小さい時から夢を叶えるためにいろいろやってきた。
良いと聞いたトレーニングを取り入れてみたり、身長を伸ばそうと毎日牛乳飲んだり、とにかく何でも。
でも中学まではパッとしない選手だった。
高校に入ってからこれまでの成果が出てきたのか、身長も実力も急速に伸びてきたのだ。
そして今ではエースで4番としてチームを引っ張っている。
あとは甲子園出場という実績が欲しい。
これでも一応はプロから注目されているが、ドラフト指名されるにはやはり目に見える実績があるに越したことはない。
滅多にない甲子園出場のチャンスを生かそうと学校側もグラウンドの使用を優先してくれたりと周囲も期待してくれている。
チームのためにもオレのためにも、絶対に甲子園に出場してやるんだ。
◇
オレたちは帰り道でも興奮がなかなか冷めず、歩きながらの会話が盛り上がっていた。
「これさあ、ホントに甲子園出られるんじゃねーの、俺ら?」
「そんなに簡単にいくわけねーべ。結局は山田におんぶにだっこのワンマンチームなんだからよ」
「そんなことないって。オレ一人じゃ今日の試合は勝てなかった。みんながしっかり守って、9回だってオレの前にヒットを打ってくれたから逆転できたんだ」
「そうだよな! 相手エースの球も、まるで打てないってことはなかった。普段からお前の球でバッティング練習してるもんな、俺たち」
この雰囲気ならいける、大丈夫と手ごたえを感じつつ、オレは家路につくためにみんなと別れた。
角を曲がって後は道なりに行けば……しかし、ここでオレの未来が奇想天外なことになろうとは夢にも思わなかった。