花の鬼、初依頼で揉める
酔って暴れた男は手持ちの金も武器も取り上げられ、ボコボコにされて巡回中の衛兵に突き出された。
冒険者ギルドがある町では冒険者が騒ぎを起こすのはよくある事で、一歩間違えれば死人が出ていたかもしれないほどの出来事の後でも酒場の客達はアッサリと気持ちを切り替えて、また酒盛りを始めた。
「いやぁ助かったよ、お嬢ちゃん達。あのクソ野郎にはほとほと手を焼いてたんだ。お礼に食事代はタダでいいよ、それにアンタら見ない顔だけど宿とか決まってんの? え、決まってない? じゃあうちの二階に泊まってけ泊まってけ。あのクソ野郎の装備品を売っ払った金で半年くらい余裕で貸せっからよ。なんたってアンタらはうちの娘の恩人なんだからな遠慮すんな!」
返り血で汚れた拳を拭きながら、宿屋兼食堂の店長がにこやかに喋り続ける。大事な娘の危機を救った二人を気に入ったようだ。
仮面を被った、一見すると怪しい二人組を大して気にもせず受け入れている。かなり大らかな人物だ。
「ウチからも、ありがとね。しっかし、二人ともウチとあんまり年変わんないのにメチャ強いじゃん! あ、二人の部屋は三階だよ。安宿だけど一番上等な部屋を用意したからゆっくり休んでいってね」
部屋の鍵を手渡され、ツバキとレンゲは建物の三階にある扉を開ける。
部屋の調度品こそ質素な物だがこまめに掃除され、手入れの行き届いた部屋であった。
「明日から冒険者ギルドで依頼探しだね」
「旨みのある依頼は朝のうちに無くなるらしいぞ。明日は早起きして朝食前にギルドへ顔を出すか?」
「そうだね。ちなみにレンゲがやってみたい依頼ってある?」
「ん? そうだなぁ……討伐系か農作業かな」
「畑仕事? 意外だね」
仮面を外し、就寝の準備をしながら明日の予定を話していたツバキは武者修行をしていたレンゲが農作業を希望した事に驚き、思わず聞き返した。
「実家では剣の稽古の傍らに、薪割りをしたり畑を耕したりもしていた。農作業中に魔物がちょっかいをかけてきたから鍬で撃退した事もあったな」
「私も家の庭で野菜作ったりした事もあったけど、寝てる間に荒らされたなぁ」
「新芽を狙ってきたり、未成熟の実を食ったり、人の居ぬ間を狙う小狡い魔物はいくらでも沸くからな。お陰で収穫量が減って家族でおかずの取り合いになったわ、あっはっはっは」
それからしばらく苦労話に花を咲かせ、夜が更ける頃に眠りについた。
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月が沈み赤みを帯びた朝日が僅かに空を照らす頃、眠たげなレンゲとツバキは冒険者ギルドへとやってきた。
「ふぁ~……何か良い依頼はあるかな?」
「う~ん、と」
依頼表を張り付けたボードの前でアレコレ探しているとレンゲが一枚の依頼表に目を付けた。
「お、これなんてどうだ? 『レッドスコーピオンの討伐、なお毒針の付いた尻尾部分を確保した場合は追加報酬あり』だってさ」
「レッドスコーピオン……どんな魔物かな。青い奴とか黒い奴なら退治した事あるけど」
「確か毒の種類が違うだけで、さほど差が無い筈だから問題ないのでは? 難しい相手では無いから追加報酬も頂きだな」
依頼を受ける為、依頼表を受付カウンターへ持っていく。その際に細々した事を確認した。
「これは二つ星の依頼ですが、大丈夫ですか?」
受付嬢が依頼表の端に印字された星を指差し、注意を促してきた。
「んん? そういえば……」
「この星は何の意味が?」
「この星の印字は依頼表の難易度を示しています。ブロンズランクのお二人なら無星か一つ星の依頼を受けた方がよろしいかと思いますが……」
星の数が依頼の難易度を表していて、依頼を受ける参考にしているようだ。あくまで参考としてなので、ブロンズランクの二人が二つ星や三つ星の依頼を受ける事に問題は無い。
「大丈夫だ、この依頼を受ける」
「そうですか、わかりました。では、依頼の詳細をご説明します。町の北側の森に複数体のレッドスコーピオンが目撃されました。被害が拡大しないうちに最低一体以上の討伐と魔石の回収をお願いします、それとレッドスコーピオンの尻尾部分の毒は買取り素材なので可能であれば回収して下さい。何か質問はありますか」
受付嬢の問いにツバキが手を上げた。
「レッドスコーピオンの大きさって大体どのくらい? あまり小さいと見つけにくいんだけど」
「そうですね、個体差もありますが成体だと一メートルから三メートルくらいですから見落とす事はないかと。あと肉食の魔物なので気をつけて……」
受付嬢から説明を受けていたツバキの後ろから鎧姿の青年が一人割り込んできた。
「おいっ! どういう事だ、ウルハ! レッドスコーピオンの依頼は俺達『鮮血の牙』が先に受けた筈だろ!」
「はい? 何ですか、急に。依頼に関しては昨日の夜に貴方がキャンセルしたじゃないですか」
「だがすぐに再度受け直すから待っていろと言っただろ!」
青年が手甲を着けた手で受付カウンターを力任せに叩き受付嬢のウルハを怯ませようとするが、荒くれ者を相手にする冒険者ギルドの受付嬢には効果が無かった。
「あのですね」
静かに、そして魔物と相対する達人のような鋭い殺気を込めてウルハが語る。
「一度受けた依頼を冒険者都合でキャンセルした場合、当然ながら依頼は失敗したと見倣します。ですのでそのパーティーが同じ依頼を再度受けようとしてもギルド側が簡単に許可しないのはお分かりですよね」
冒険者ギルドも依頼達成率は気にするものだ。達成の見込みの無い、或いは信用の無いパーティーには依頼を任せたくないのだろう。
「くっ……そ、それは仕方ないだろ。うちのメンバーにトラブルがあって……それらの対応に追われて、依頼どころじゃないと思ったからキャンセルしただけで。でも、メンバーはすぐに補充して何とかするから待ってくれても良いだろ!」
「駄目ですね。依頼の受ける冒険者がいなければ『鮮血の牙』の準備が整うのを待っていたかもしれませんが、こうして新たな冒険者が現れた以上、依頼はこの方達にお任せします。それから、メンバーのトラブルについても報告は受けていますよ。何でも酒場で酔って暴れて、剣まで抜いたとか。全くもって情けない話ですね」
「レンゲ、もしかして」
「うむ。いや奇遇だなぁ、宿代ゴチ」
形勢不利と判断したか、青年はツバキとレンゲを睨み付けて去っていった。
「ふぅ……つまらないケチが付きましたが、改めましてレッドスコーピオンの討伐依頼、お任せしてよろしいですか?」
「大丈夫。行こう、レンゲ」
「あぁ、さくさくっと片付けようか」
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目星を付けていた依頼を失った『鮮血の牙』リーダーの青年サバリオは外で待機していた仲間の下に戻り、依頼の受注に失敗した事を告げた。
「どうすんだよ、サバリオ。カロッコの馬鹿が作った罰金を支払うにも金が足りねぇぞ。折角、割りの良いレッドスコーピオン討伐依頼だったのによぉ」
「うるせぇ! あの馬鹿なんぞ知るか、どうでもいいわ! それよりもレッドスコーピオンだよ……あの尻尾の毒を錬金術士ギルドに持っていけば大金になったのに」
もはやサバリオに投獄されたメンバーの罰金など支払う気はなく、完全に切り捨てるようだ。
狙いのレッドスコーピオンの毒針を含めた尻尾の部分は、冒険者ギルドにそのまま持っていくよりも薬品を取り扱う錬金術士ギルドへ直接持ち込めば、かなりの値が付くのは間違い無かった。
ならば依頼の事を無視してレッドスコーピオンを討伐しに行くという選択もある。
だがその場合、サバリオはツバキ達がレッドスコーピオン討伐の依頼を受けた事を知っていて横取りしたという事で、何らかのペナルティーが付く可能性があった。
冒険者ギルドのペナルティーと錬金術士ギルドの報酬を天秤にかけた時にどちらが傾くか。
長い思考の末、サバリオは決断を下した。
「…………お前ら、準備しろ。やるぞ」
「へへ、そうこなくっちゃな」
「小娘どもはどうすんだ? 先にレッドスコーピオンを取られるかもしれねぇぞ」
「関係ねぇ……錬金術士ギルドで報酬を受け取ったら、別の町に行くぞ」
別の町に移動する。それはつまり、ツバキとレンゲを殺して素材を横取りしバレないうちに遠くへ逃げるという事だ。町の外で冒険者が命を落とすのはよくある事、誰も気に止めないとサバリオは考えた。




