花の鬼、熊を売る
村の入り口に立つ番人がいつものように欠伸をしながらぼんやりとしていると、丸太にファングベアを縛り付けたツバキがペコリと頭を下げて目の前を通りすぎていった。
あまりの光景に自分の頬をつねって夢か幻なのではないかと疑った。
普段なら悪ガキが絡んでくるところだが、白目を剥き舌を垂らして縛られている巨大なファングベアに怖じ気づき、姿を隠してしまった。
いつもの小屋で店番をする老婆を見つけ。
「こんちわ、お婆」
「あん? ……何だい、とんでもない荷物を持ってきて」
店先に丸太を下ろし、これから旅に出る事を告げた。目的こそボカしたが、とりあえず社会勉強の為にあちこちを巡って経験を積む旅で、しばらく帰って来ない事を話しておいた。
「そうかい……まぁアンタには必要だね。ところでソイツはどうすんだい」
店先に転がしたファングベアを見て、何となく察してはいるがお婆は尋ねた。
「幾つか欲しい物があるんだ。この熊を売るからちょうだい」
「……こんな小さな村なら物々交換も場合によっちゃあアリだけど。ツバキ、他の町に行ったら普通は金を払って買い物をするんだよ」
「わかってるよ。親父殿から聞いた事はある」
「じゃあ、町で旅人が使うような宿屋に一晩泊まるならいくら必要か、わかるかい?」
大きな町ならば複数の宿屋があり宿泊料もバラつきがあるが、身体を休める程度の素泊まりならばおよそ銅貨三枚から六枚ほどだ。
「う~ん。昔、酔った親父殿が若い頃に、金貨数枚で綺麗な女性のいる宿屋に泊まったとか」
「……それ、娼館じゃないのかい? しかも金貨だなんて相当高級な」
「しょうかん? よくわかんないけど、よく『俺は夜の勇者だった』とか言ってた」
「あのクソ爺……」
お婆は深い溜め息をついて。
「まぁ、いい。普通の奴が使うのは殆んどが銅貨だ。銀貨を使うのも稀だし、金貨なんてあり得ないんだ。ぼうっとしてぼったくられるんじゃないよ?」
「うん、気を付ける」
「それじゃ、ファングベアの代金には足りないけど必要な物を持って行きな。それと銅貨と銀貨を幾らかね」
「ありがと、お婆。ありがたく貰っていくよ。保存の利く食べ物とお菓子ちょうだい」
ファングベアと引き換えに背負袋に入るだけの食料を貰うと、お婆に別れを告げた。
「アンタなら大抵の事は問題ないだろうけど、気を付けてね。旅から帰ったら顔を出しな」
「行ってきます」
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村を出て簡素な菓子を食べながら細い道を進むと、左右に大きく分かれた岐路にぶつかった。
見たところ別々の方向に延びた分かれ道。オウギの書いた地図によると、一つは海岸線に向かう道。もう一つは町に向かう道だ。
目指す港町までは、まだかなりの距離がある。人気の少ない海岸線沿いに移動するか、敢えて人のいる町を目指すか。
「う~ん」
しばらく悩んだ末に、ツバキは小石を拾い真上に放り投げた。
高く飛んだ小石が落ちてきて転がった先は、町へと続く道だった。
「じゃあ、こっち」
行き先を決めて、しばらく進んでいくと細かった道が段々と広く平らに整備されたものとなり、やがて遠くに町の外観が見えてきた。
この辺りに来ると町の外で活動する冒険者の姿もちらほらと確認出来るようになった。
順調に町の入り口まで進むと、村の入り口に立っていた気の抜けた番人とは全く違う、しっかりと周囲に目を光らせる兵士がいた。
「こんにちわ」
仮面姿のツバキが近寄ると一瞬動揺する様子を見せたが、すぐさま気を取り直した。
「ぅほっん! 見掛けぬ者だな。町に入るつもりか?」
「はい、数日程立ち寄る予定です」
「ふむ。身分証はあるか? 無ければ銅貨三枚の支払いだ」
大人しく銅貨を支払って通行許可が下りたあと、ツバキは兵士に港町についての情報を聞いてみた。
「兵士さん兵士さん。船旅の出来る港町ってどこか知りませんか?」
「船旅? そうだな、俺はあまり詳しく知らないが行商をする商人や商人を護衛する冒険者なら詳しい事を知っているんじゃないか?」
「商人か冒険者……ありがとうございます」
兵士から町にある商人が集う商業ギルドと冒険者が仕事を請け負う冒険者ギルドの場所を聞き、まずは近い冒険者ギルドへ向かった。
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この辺りでは比較的大きな町アラケーヌ。南北に門を持ち、門から続く大通りが町を二分するように延びている。
ツバキがくぐった南門から大通りをしばらく歩いていても通り過ぎる人々の目を引くようだが、わざわざ絡んでくる者はいなかった。
やがて剣と盾の大きな看板が目立つ一軒の建物の前にやってきた。
開きっぱなしの入り口から中へと足を踏み入れる。
入って左側に職員がいる受付があり、右側はテーブルの並ぶ食堂になっているようだ。
今も武装した数人が食事を取ったり、酒を片手に談笑したりしている。
「冒険者ギルドへようこそ、お嬢さん」
受付に座る職員の女性がツバキに声を掛けてきた。
「本日はどのような用件で? 依頼ですか?」
「えっと、船に乗れる港町へ行きたいんだけど。行く方法を知りたい」
「行く方法? そうですね……歩いて行くとなると数十日は掛かりますから、普通は長距離定期馬車に乗るか、港町へ行く商人の馬車に同乗するかですね。お嬢さん、商人に当てはありますか?」
商人の当てどころか泊まる宿の当てもない。
「町には着いたばかりだから、商人に知り合いもいない」
「それなら、冒険者登録をして商人からの依頼を待つか自腹を切って定期馬車に乗るかですね」
「定期馬車って乗るのにお金がいるの?」
「勿論。高いですよぉ、およそ金貨数枚ですね。払えますか?」
ツバキの手持ちでは払える筈もなく、首を振る。
「こちらで提示出来る方法は冒険者登録をして、港町行きの依頼を斡旋するくらいですね。どうしますか?」
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受付で登録する意志を告げると。
「まず登録料として銅貨三枚の支払いと、実力を測る為の試験があります」
「え、試験? 内容は?」
「ご安心下さい、幾つかの試験を行いますが基本的にその人の資質を見る為で、試験結果が多少悪くても冒険者登録はされます」
常識を測るペーパーテストだったなら試験を通過出来るか怪しいが、複数の試験ならばどれかに引っ掛かるだろう。
「それでは奥の訓練場へ行きましょう」
職員の女性に促されて、ギルドの奥へ向かおうとすると。
「おいおい、何だよ。こんなチビガキを冒険者にしようってのか?」
後ろから巨漢の男が絡んできた。




