花の鬼、旅立つ
「このアーリアーヌから盗み出された小箱の存在が不用意に明るみに出る事になれば争いの火種になる。誰の思惑かは知らんが面白くない話しだ。だが、盗まれた物が無事戻れば問題は最小限に抑えられるだろう。それにこの旅で色々な事を体験すれば、お前の世界もグッと拡がるだろう」
「でも私は……」
そっと額の角に触れる。
ツバキの顔は曇るが、そんな娘を笑い飛ばすように。
「世の中には色々な奴がいる。姿形なんざ人それぞれ、端っから気にしない奴もいれば、俺達とは全然違う姿の奴もいる。世の中にどんな人間がいて、その中でどう生きていくのか。旅をして学んで来い」
「……わかった」
ツバキの世界は、この山と下の村しか無い。それも正体を隠す為に人との関わりを制限している。
その所為で人としての成長や感情の起伏が乏しいのだ。
その事を憂いたオウギは少々荒療治だが、広い世界を旅する事で娘の成長を促そうと考えたのだ。
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翌日、オウギが昔使っていた背負袋を引っ張り出し旅の荷造りを始めた。
多少古めかしい道具類の他に、オウギが手書きで周辺の地図を用意した。
「アーリアーヌは別の大陸にある国だからな、船で渡る必要がある。だから、まずは港町を目指せ」
「船かぁ……。海を歩いて渡るのは駄目なの?」
ツバキやオウギは、日頃の修行では神通力を用いて水面を歩いたり、空中に立ったりしている。
オウギから海という存在が巨大だとは聞かされているが、ツバキの認識は近くの池より大きい程度だった。
そんな認識の娘が本物の海を見た時にどれほど驚くだろうかと、驚き過ぎて呆然とする姿を想像してオウギがニヤニヤする。
「折角の旅なんだ。大人しく船に乗れ」
例え水面を歩く術を持っていても、船で何日も掛かる距離を歩き続けるのは不可能だ。おそらく目印も何もない海原を迷い続けて力尽きるのがオチだろう。
「それとコレを着けていけ」
オウギが手渡したのは乳白色の石を削って作られた角で、ツバキの角に被せられるよう空洞になっている。
「お前の水晶のような角は珍しい。人間は珍しいものを見つけると欲しがるような欲深い者もいるからな、それを着けて隠しとけ」
「ふ~ん、わかった」
世の中にはツバキのような鬼人と呼ばれる人種が存在する。生まれつき常人以上の膂力を持ち、頭部に角を生やした人種。
そんな鬼人でも角の形は様々だ。
鉱石のような角、瘤のような角、樹木のような角。
そしてツバキの水晶のような輝きを持つ角を、オウギは昔一度だけ見た事があった。
まだオウギが若者だった頃、荒ぶる鬼人の王がいた。
凄まじい力と魔力を持ち、数多の強者を屠り、大陸中に威を轟かせた鬼の王。
その頭部には金剛石のような角を中心に、翠玉、蒼玉、紅玉、そして水晶の角が冠のように生えていた。
当時の人間達が敵対していた鬼人王を討伐する為に多大な犠牲を払ったのは、国の安全というだけではなく宝冠ともいうべき角を求めた為であった。
かつてのオウギも戦いはしたものの討伐するには至らず、その後も挑む者はいても討伐したという話しは聞かないまま月日は流れた。
今では挑む者も、鬼人王の噂も聞かなくなった。
ツバキと鬼人王の間に何かしらの繋がりがあるのかも知れないが身の安全を考慮して、出来るだけ素性は隠した方が良いと判断したようだ。
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「それじゃ、行ってくる」
「おう、気ぃつけてな」
長旅に出るにしては軽い挨拶をお互いに済ませ、ツバキは山を下って行く。
木彫りの仮面にフードを被り、一歩一歩進んでいく。
まずは麓の村に立ち寄り、そこから大きな街道を目指す。
その気になれば一日で相当な距離を移動する事は可能だが、敢えてゆっくりと歩いて進む事を選んだ。
「……外の世界を一人で旅するなんて、初めてだ」
珍しく少し興奮し、気持ちが浮わついている。
どのような旅になるか思い馳せていると、横道から鋭い牙を持つファングベアが現れた。
「村でお菓子を買っておこうかな」
ファングベアの噛みつきを躱し、太い剛腕の凪払いも躱す。
「……こっそりお酒も買っちゃおうかな」
再び噛みつこうとしたファングベアの頭を押さえ込み、地面に叩きつけた。
予想外の難敵に怖じ気づいたファングベアが背を向けて逃げ出した。
「えへへ、楽しみだなぁ」
ここでピタッとツバキの足が止まった。ある重要な事に気づいたのだ。
彼女の背負袋には必要最低限の道具類しか入っておらず、金目の物など持ち合わせていなかったのだ。
普段村に来る時に用意していた水石なども、今はない。貴重な石を作り出せるとはいえ、その製作には時間がかかる。
「し、しまったぁ~……こうなったら其処らの魔物を狩るしかないか」
とりあえず村で買い物をするだけの金を得る為、近くの魔物を狩る事にした。手頃な獲物、たった今逃げ出したファングベアに狙いを定め、森を疾走して追跡する。




