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花の鬼、人を追っ払う

 小屋を目指して山道を進んでいると、不意にツバキの耳に微かな音が届いた。

 何者かが争う音。大型の魔物と複数の何か。


 さらに集中して音を拾い上げる。木々の砕ける音、人の叫び声、そして弱まっていく獣の鳴き声。

「参ったな……」

 他人が勝とうが負けようが気にする事はないが、争っている場所が住み処にしている小屋の近くなのだ。

 極力、人目を避けて生活しているツバキにとって住み処の小屋が人に知られるのは避けたい。


「ふぅ……面倒だが追い払うか」

 力を込めて地を蹴り、鳥が飛びまわるように木々の間を駆け抜けて、争いの場の近くまで来た。

 戦いは終盤、身体中傷だらけの魔猿がガムシャラに腕を振り回し剣士の男を攻撃するが、盾を構えた別の戦士がその攻撃を防ぐと同時に後方に控えた弓使いが動きの止まった魔猿の顔面を射抜いた。


 顔を射抜かれてよろめいた魔猿の隙を突いて、剣士が片足を切り落とした。

 バランスを崩して倒れた魔猿の首に戦士の斧が振り下ろされた。


 魔猿の首が落ち、決着がついて一行の気が緩んだ瞬間を狙ってツバキが幻術をかける。

 魔猿との戦いが終わった直後の彼らに、群れた魔猿の幻影を見せて撤退するように仕向けた。


「ヤバい……何だよ、この数は!」

「こんなに相手出来るかっ! 逃げろ!」

 上手い具合に幻術に引っ掛かった男達は、存在しない魔物の群れに顔を青ざめてその場から逃げ出した。


「上手くいった」

 オウギやツバキが使う神通力は様々な使い方が出来る能力だが、オウギに比べて修行の足りないツバキは細かな制御が必要な幻術が苦手だった。


 オウギには『潜在能力は俺以上だが、まだまだ未熟』と言われてしまう。


 今回も直前まで魔猿と戦っていた事とツバキの存在に気付いていなかった事が、幻術に掛かった要因と考えられる。


「最悪、ぶちのめして追っ払うだけだけどね。……さっさと帰ろ」

 

 予定していた時間より多少遅れ、太陽が真上に登った頃にようやく小屋へとたどり着いた。

「帰ったよぉ、親父殿……あれ、いない」

 無人の小屋に籠を下ろして荷物を片付け、着けていた木彫りの仮面を壁に掛ける。


「酒を持って帰ってくる時は、いつも小屋で大人しく待ってるのにな……あ、薪が足りん」


 ツバキは小屋の外に放置してある丸太を手にすると素手で引き裂き、積み上げていく。

 薪の小山が出来る頃、オウギが帰ってきた。

「おぅ、帰ったぞ~い」

「おかえり。珍しいね、親父殿が酒の帰りを待ってないなんて」

「まぁちょっと急用が出来てな。それより俺の酒ちゃんはどこだ?」


 ◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


「今日、村からの帰り道で人間を見たよ」

「ん? 戦ったのか」

 夕食後、酒を飲んでホロ酔いのオウギに昼間の事を話した。


「いや、幻術で追い返しただけ。もしかしたら、また来るかも」

「まぁ、来るだろうな。村に卸してる火石や水石は高値で取り引きされるから、出所を探る連中が現れるのも当然だろ」

 二人の生活圏に他人が彷徨くのは好ましくないが人の欲が絡んでいるとなると、いずれは出会うことになる。


「それはそうと、西の山の方にも盗賊が住み着いてな」

「西? もしかして、親父殿が昼間出掛けていたのは」

「あぁ、西の知り合いに盗賊退治を頼まれてな。で、ちょちょいと潰してきたんだがよ。そん時に、こんな物を見つけてな」


 オウギが懐から取り出したのは手のひらに収まる程の黒い小箱だった。

 蓋の部分に鳥の紋章が刻印されている小箱をツバキに投げて寄越した。


「おっと……軽いね。中身は何?」

 ツバキが蓋を開けようとするが、溶接でもされているのか鍵穴もない小箱の蓋はぴったりとくっついたまま開く事は無かった。


 素手で丸太を引き裂くツバキの力を持ってしても蓋はビクともしない異常な小箱。

「ん~! な、何これ」

「俺も試したが駄目だった。何かの魔法か術でも掛かってんだろ」

「何でこんな物を盗賊が……まぁ、何処かで奪ったんだろうけど」


 湯呑みの酒を煽り、空になった湯呑みに酒を注ぎながら。

「問題は、箱の紋章よ。俺も若い頃はあちこち、旅をしたもんだ。でな、その紋章も見覚えがあったのさ。ここから遥か遠く、アーリアーヌって国だ。そこには神鳥伝説ってのがあって、その紋章のモチーフになってんだよ」

「ふ~ん、そんな物がここにあるのってマズくない?」

「あぁマズい。国の紋章が刻まれた品って事は、かなり重要な物に違いない。盗まれた事を隠蔽するか、もしくはこの事を理由に他国へ攻め入る口実にするかもしれん」


 おそらく宝物庫に納められていたであろう小箱が盗み出された事にアーリアーヌ国がどう対処するか。


 盗まれた小箱が見つかればその所持者、或いはその国に責任を追及してくるかもしれない。


「アーリアーヌはそこまで血の気の多い国じゃねぇが、中身次第で対応も変わるだろうしな。このままにしておくわけにもいかねぇだろ」

 傾けた酒瓶を振って、最後の数滴を味わいながらオウギがツバキに向けて。


「だからよぉ、お前……バレねぇように返しに行け」

「……は?」

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