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花の鬼、村に行く

 轟音鳴り響く滝近くの崖に、赤子を抱えた痩せ細った女がふらふらと歩いて来た。

 背中には矢が突き刺さり滴り落ちる血の量は、女の命の終わりを告げていた。

 年齢は若いのかもしれないが、精気を失った女の眼は虚ろで、頬は痩せこけ枯れ木のような手足に最早力は無く、引き摺るような足取りだった。


 死を迎えようとしている女が抱えている赤子は轟く滝の音の中でも静かに眠っていた。

 轟音に動じること無く眠り続ける赤子の額には、一本の角が生えていた。


 宝石のような輝きと妖しさを放つ角。鬼の赤子。


 疲れ果てた女が漸く切り立った崖までやって来ると眠る赤子を抱き締め何かを囁いた。

 水音にかき消された言葉は、眠る赤子には届いていないかもしれない。


 命尽きる寸前の女は赤子を抱いたまま、滝壺へと身を投げた。


 ◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


 時は流れ。

 とある山中に一軒の小屋があった。

 粗末な小屋ではあるが炊事の煙りが上り、誰かが住んでいるのは確かだ。

 小屋の扉が開き、中から荷物の詰まった籠を背負った少女が一人出てきた。


 十代半ば程か、まだ幼さの残る顔立ちの少女。真っ白い長い髪の毛を尾のように括り、強い意志を感じさせるつり上がった眼差しで小屋の中に振り返り。


「それじゃ親父殿、下の村に行ってくる。昼前には戻ってくるから」

「おう、気ぃつけての」

 中から答えたのは白髪混じりの中年の男。親父殿と呼ばれた事から少女の身内のようだ。


 麓の村に向けて歩き出そうとした少女を小屋にいる親父殿が呼び止めた。

「ツバキ、忘れ物だ」

 振り返った少女ツバキに向けて、木彫りの仮面を投げて寄越した。

「あ、そうだった。ありがと、親父殿。行ってきます」


 仮面を受け取ったツバキは、それを顔に当て装着した。

 鬼の顔を象った仮面。それはツバキの額に生えた宝石のような一本角を覆い隠す為に作られた物だ。


 十数年前、山中で修行中だった育ての父オウギが川岸で偶然見つけた女の死体と鬼の赤子。

 女を丁重に埋葬したオウギは、拾った赤子を自身の住家に連れ帰った。


 とある事情で人目を避けていたオウギは、額に角を生やした異形の赤子をおいそれと他人に任せる訳にいかず、悩んだ末に育てる事にした。


 普通の赤子であれば断念していただろうが、鬼の赤子となれば拙いオウギの子育てでも辛うじて生き永らえる事ができた。


 ツバキが言葉を発する頃になるとオウギの跡を追って山中を走り回り、自然と鍛えられていった。

 十を越える頃には、オウギが長年の修行で身に付けた『神通力』をツバキは多少なりとも操るようになり、この辺りから父親以外にも師匠としてツバキを育てていく事となった。


 そして、現在。


 今では山中のどの魔物よりも速く駆ける事の出来るツバキは、重い荷物を背負いながらも呼吸を乱すこと無く走り続け、麓の村を目指していた。


 視界の悪い鬼の仮面を被りながらも、木々の間を危なげ無く走り抜け、ひたすら下界を目指す。


 途中、猪顔の魔物オークが立ち塞がるが速度を落とすこと無く、勢いもそのままに踏みつけて飛び上がった。

 森の木々よりも高く飛び上がったツバキの眼に、目的地の村が見えた。

「あとちょっと」

 着地したツバキの下にハイウルフの群れが突撃してくる。


 常人にとって脅威となるハイウルフの襲撃も、ツバキには子犬がじゃれてくるのと大差ない。


 次々と飛び掛かるハイウルフは蹴り飛ばされ、群れのリーダーがツバキの足に噛みついても、その牙は皮膚一枚貫けなかった。

 大木すら噛み砕くハイウルフの咬合力を持ってしてもツバキを傷つけるには至らなかった。


 力の差を感じ取ったハイウルフ達が逃げ去り、小屋を出発して小一時間程で麓の村へと到着した。


 ◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


 村の入り口に立つ番人が欠伸をしながらぼんやりしていると、籠を背負ったツバキの姿を視認した。

 ゆっくり近づいてくる仮面姿のツバキを見ても特に慌てる様子もなく、また欠伸をする。

 通りすぎる際にツバキが頭を下げると番人も手を上げて応えた。


 ツバキが村にある唯一の店に向かっていると、村の子供が笑いながら小石を投げてつけてきた。

「鬼が村に入ってくんじゃねぇ!」

「鬼をやっつけろ!」

 村の子供達は鬼の仮面を被ったツバキを見つけては遊び半分で追い払おうとするが、対するツバキは僅かに視線を送るだけで相手にせず通りすぎる。


 村の大人達も大なり小なり仮面で顔を隠すツバキの事を良く思ってはおらず、山に住む親子にあまり深く関わろうとはしなかった。


 時折、山から降りてくるオウギやツバキから物々交換で希少な物を手に入れる為に、村の出入りを許可しているにすぎない。


 村の中央部にある小さな小屋。軒下に商品を並べて、店番をする腰の曲がった老婆に声をかけた。

「お婆、久しぶり」

「ん? おお、ツバキかい。良く来たね」

 村人の中で愛想良く接するのはこの老店主くらいだ。

 客のいない店先に背負っていた籠を下ろし、雑談をしながら品定めを始める。

「頼まれてた酒が手に入ったよ。ジジイに持ってきな」

「ん~あんまり酒は飲ませたく無いんだけどな。酔うと昔話がウザすぎるから」

「へっへっへ、年寄りの数少ない楽しみなんだ、我慢してやんな。で、今日は何を持って来たんだい?」

 

 ツバキが籠の中から布にくるまれた品を取り出した。

「いつもの魔石と骨、薬草の束と果物を幾つか、それと水石と火石だ」

 魔物を解体する事で取れる魔石。戦う力の無い村人が手に入れる機会は滅多に無く、ツバキの持ち込む魔石は歓迎された。


 薬草や果物も喜ばれるが、特に水石と火石は貴重な品である。

 オウギやツバキならば神通力を用いて生成する事が出来るが、本来は長い年月をかけて生まれる物で採取出来る場所も限られる品だ。

 

 当然、市場での価値は高く片田舎の村に並ぶような品ではないのだが。


「へっへっへ、ありがたいこった。それじゃ店の品を好きなだけ持っていきな」

 店の商品は村で必要となる日用品が殆どで、値の張る物はそれほど多くない。

 ツバキが持ち込んだ品物を換金すれば、店の品全てを買い占めてもお釣りが来る程だが、ツバキが持ち帰る物はいつも籠一つ分くらいだ。


「調味料に、小刀、野菜も貰っていくか。あとは布と」

「ほれ、饅頭もあるよ」

「うん、ありがと。お婆」

 必要なアレコレを籠に入れてそれなりの重量になっているだろうが、軽々と担いで店のお婆に別れの挨拶をする。


「じゃあ、またな」

「あぁ、またよろしくね。身体に気をつけるんだよ」


 村の出口に向かっていると、先程の子供達がまたしても小石片手に現れた。

「へへ、鬼を倒せ!」

「おりゃあ!」

「くらえ!」

 子供達の投げた小石はあらぬ方向に飛んだかと思ったら、あちこちに跳ね返り最後は投げた子供達の頭に命中した。

「い、痛ってぇ……」

「何だよ、今の」

「ま、まさか……」

 怯えた顔でツバキを見ると、ツバキもまた子供達を見ていた。


「に、逃げろぉ~!」

 転がるように立ち去っていく子供達に溜め息をつき、ツバキは村を後にした。

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