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スウィートカース(Ⅹ):カラミティハニーズ・ヴァルキリーリダイブ  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「連星」
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「連星」(1)

 ここからは、ホーリーの時間旅行の道のりだ。


 まず最初にホーリーが訪れた場所は、現実世界ではない。


 異世界の幻夢境げんむきょう、首都セレファイスもよりの〝魔王の城〟……


 とある十数年前の決定的な場面まで、時代はさかのぼる。


 花畑に満たされた廃城のテラスには、おもに三つの存在があった。


 それらを含めたすべての時間は、ぴたりと止まっている。人も、風も、陽光さえも、凍結するのはホーリーを除く全部だ。


 熾烈な激戦のすえに片腕を切断され、ひどい損傷を負って倒れるのは見慣れた顔……フィア・ドールだった。ふとした手違いで異世界に召喚された彼女は旧式で、最新型のF91とは異なる。


 その張本人たる召喚士のメネス・アタールは、フィアから数歩ばかり離れた場所に立っていた。その面立ちはまだ少年そのものだが、彼が振り上げた長剣の輝きは鋭い。


 白刃の切っ先が狙いを定めるのは、地面に落ちる不吉な物体だ。なんとそれは人間の生首……大破した人型自律兵器アンドロイドの頭部ではないか。このマタドールシステム・タイプNは本来の歴史であれば、そのままメネスに刺し貫かれて完全に機能を喪失する。


 時の止まった世界の中、ホーリーはタイプNの首っ玉に歩み寄った。かたわらへ静かにひざまずき、青年の顔を模倣したそれに触れてささやく。


「黒砂の魔王……ニコラ?」


 その途端、ニコラと呼ばれた生首は息を吹き返した。ホーリーが許可したのだ。依然として他のすべては停まったままなのに、彼の破片だけはにわかに喋り始めている。


「個人認証登録を行います。発話解析・認識インターフェースの種類を選択して下さい」


 ホーリーがなにか答える前に、ニコラは急かした。


「あなたが私の所有者オーナーですか? 個人認証登録を行います。お名前をどうぞ」


 壊れたレコーダーそのものの動きで繰り返されるニコラの訴えからは、どこか悲痛ささえ感じられる。瞳の奥にわずかな哀愁を秘め、ホーリーは結論づけた。


「主人となる相手をよほど強く追い求め、ついに恵まれなかったんだね。いいよ。わたしがオーナーになろう。わたしはホーリー」


「ホーリー。登録は完了しました。では次に、私の〝性格〟を選んで下さい」


「性格、か……」


 自分の細い顎を揉んで考え込み、ホーリーは返事をした。


「さいきん暗いニュースばかりだったからね。ここはひとつ明朗快活……元気いっぱいのムードメーカーになってよ、ニコラ?」


「元気いっぱい……内容を把握しました。変更を保存し、反映します」


 機械でしかなかったニコラの眼差しは、にわかに生気の輝きを帯びた。頭上のホーリーへ、浮足立った口調で感謝する。


「ありがとう、ホーリー。やっと私の目的にたどり着いたよ」


「それはなによりだわ」


「ところでホーリー。きみはいったいどこから現れたんだ?」


「ずっと先の未来からさ」


「そんな驚くべき場所から、はるばる私を訪ねてくれたのか。しかし私は、たったいまメネスとフィアのベストコンビに挑まれ、戦って負けて機能停止の寸前なんだが……こんな私がなにか、ホーリーの役に立てるのかな?」


「単刀直入に言うよ。わたしのビジネスパートナーになってほしいんだ。戦う古影ミメットとしてね」


「戦い……喜んで協力する。とはいえ」


 自分の機体があったはずの場所を眺め、首から上だけのニコラは悩んだ。


「ご覧のとおり、私はこんな有様だ。このままでは、投げられて敵に体当たりするぐらいが仕事の限界だろう」


「それは心配ない。いまとは随分かけ離れた形状だけど、ちゃんと新品の機体は用意してある。きみの専用武装〝嵐の中を進むもの(ブラックドッグ)〟も、これまで以上に強化した設計さ」


「この殲滅兵器をまたフル稼働させるとは、敵はいったい何者だ?」


「カラミティハニーズ、もとい最新鋭のフィア91号機だよ」


「91番台だと……未来では、そこまでタイプFは増産されているのか。それに、カラミティハニーズとはいったい?」


「詳しくは、時空のゲートをくぐりながら説明するね。そろそろ行く?」


「わかった、連れて行ってくれ」


 ニコラのこめかみ辺りに、ホーリーは触れた。


 アンドロイドの側頭部が展開すると、装甲の奥から吐き出されたのはマタドールシステムの絶対領域……ニコラの魂や記憶をつかさどる核の装置だ。小さなそれを手に握り、ホーリーは身をひるがえした。ニコラの入っていた残骸は、もはや必要ない。


 ホーリーが立ち去るや、もとどおり時間は進行を再開した。


 問答無用でニコラの抜け殻を射抜いたのは、メネスの長剣だ。時間停止の最中に起こったことを知る者は、この場にだれもいない。


「申し訳ありません。ぼくが所有するのはフィアひとりなんです」


 ニコラにとどめを刺した武器から、少年時代のメネスは手を放した。負傷して転がる少女のもとへ、すみやかに向かう。


「フィア……」

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