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スウィートカース(Ⅹ):カラミティハニーズ・ヴァルキリーリダイブ  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
「銀河」
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「銀河」(8)

 壮絶な戦いは終わり、一か月後……


 極秘施設を隠す美樽びたる山は、やけに肌寒い。冷え込むと思ったら、粉雪までちらついている。


 山の一角に建てられた別荘コテージに、カラミティハニーズの八人は集まっていた。空調も快適な屋内で行われるのは、組織ファイアが許可した焼肉パーティだ。


 鉄板で具材を焼きながら、シヅルはホシカを気遣った。


「もう吹っ切れたんけ、ホシカ?」


「ああ、どうってことねえよ」


 コップのオレンジジュースを見据え、ホシカはつぶやいた。


「あれからなんべんもフィアやミコの説明を受けて、ちゃんと理解したつもりだ。あのホーリーは、あたしの鳳麗ほーりーとは違う赤の他人さ。しかもとんでもない悪党ときた。あたしみずからの手で裁けて、むしろせいせいしてるぜ」


 また胸に子イノシシの縫いぐるみを抱いたまま、たずねたのはナコトだった。


「どうして組織は、最後の最後までそれを内緒にしてたの?」


 深々とミコは謝罪した。


「本当に申し訳ありません。その事実をもし、最終決戦の前に聞かされていたら? おそらくチームの動きに、大きな迷いが生じていたでしょう」


 パックに入った赤いなにかをストローで啜りつつ、疑問符を浮かべたのはエリーだ。


「あやつ最後に〝母さん〟と言い残しおったの。ではホーリーは、敵陣に母親がいることを知っておったんじゃな?」


 うなずいたのはフィアだった。


「たぶん知っていたわ。知っていてまだ、ホーリーの復讐心はそれを上回った」


 ためらいがちに、セラは聞いた。


「ホーリーは、両親まで恨んでいたのかい?」


「ホーリーの仇は過去の戦争であって、両親じゃないわ。たとえ自分を一人ぼっちにして先立たれてても、なお両親に会いたいとホーリーは言っていた」


 そう弁明したのはルリエだった。


「だからホーリーの願望は、カラミティハニーズに遭遇した時点で幾分かは達成されていたのよ。それが幸福だったかどうかは、いまはもう確かめるすべはないけどね」


 ホシカは笑い飛ばした。


「あの本気度、あいつもあたしのことを他人と割り切ってたんだろうよ。結果はこれでいい。あのままあいつの好き勝手にされてちゃ、あたしらは滅んでた。お腹のこの子もいっしょにさ」


「でしょうね」


 焼けた肉や野菜を、食べられる者は黙々と口に運んだ。


 数秒後、一同は驚いて席を立っている。


「ほんまか!?」


 問いただしたのはシヅルだった。


「子どもって、もう!? 昔に学校の屋上で話したときみたいに、誤解を招く表現やのうて!?」


 ホシカは首肯した。


「こんどはマジだ。何日か前、検査でわかった。名前は、鳳麗ほーりー伊捨いすて・イングラム、でいいんだよな?」


 目を剥いて、ナコトはささやいた。


「どうりで今日は、珍しく柑橘系のソフトドリンクしか飲んでないわけだ。ふだんならとっくに、ビールとか注文してるもんね」


 フィアとともにホシカを注視し、ミコは結論を口にしている。


「たしかに、マタドールのエコーセンサーに反応があります。これはそうですよね、フィア?」


「ええ、間違いない。鳳麗ほーりーだわ」


 ホシカのへそあたりに、エリーは語りかけた。


「よいか、鳳麗ほーりー。こんど産まれてくるときには、世界征服者はもとより、母親のようなヤサグレ者になってはいかんぞよ」


 唇をへの字に曲げ、ホシカは反論した。


「あたしはバカだけど、父親のほうは賢い呪力の学者だぜ。絶対に異星人なんかに拐わせたりしないし、きっといい子に育てる」


「そうと決まれば、いっぱい栄養を摂らなきゃね」


 手際よくセラが盛った取皿を見て、ホシカは眉をひそめた。


「ちょっと多すぎるぜぇ、野菜がよぉ?」


 援護したのはルリエだった。


「その調子よ、セラ。また母親みたいな肉食系になったら困るわ。もうあんな強敵を相手にするのは懲り懲りよ」


 一同は笑いに包まれた。


 唐突に思い当たったのはエリーだ。


「ところでセラ。うぬは倉糸くらいとのとはうまくいっておるのかえ?」


「まあね。いまは大怪我で入院中だけど、ソーマは今回の薄氷の勝利の功労者だ。なにせ一瞬にせよ、あのホーリーと互角に渡り合ったんだからね。自慢の彼さ。毎日、おいしいご飯を作ってあげてるよ」


 おそるおそる、ナコトはたずねた。


「セラも、おめでた?」


 心底わからない顔つきで、セラは聞き返した。


「なんのこと? ソーマは声が変になっちゃって、しばらく絶対安静なんだってさ」


 どこかでガラガラ声のくしゃみが聞こえたようだが、きっと気のせいだ。


 エリーは話題を変えた。


「ナコト、ルリエ。復活したエドにはもう会ったかの?」


 先に返事したのはルリエだ。


「会ったわ。長い空白の期間を埋めるため、たくさん喋った。聞けば凛々橋(りりはし)くんが蘇ったのは、エリー、あなたのお陰だそうじゃない。感謝するわ」


 やや不敵に、エリーは告げた。


「あやつとわらわは、ビジネスを超えたパートナーじゃ」


「油断も隙もないわね。凛々橋(りりはし)くんを誘惑したでしょ、あなた?」


「おう。将来的には婚姻も視野に入れておる」


 肩をすくめたのはナコトだった。


「星々のものに逆吸血鬼ザトレータ……エドのお付き合いも幅広いね」


「他人事のようじゃが、そういううぬはどうなんじゃ。うぬもエドの復活を渇望しておったろう」


「わ、わたしはべつに、エドと恋愛したいわけじゃ……打ち明けると、わたし、他に好きな人がいるの。異世界に、ね」


 動揺に、ミコは机を鳴らした。


幻夢境げんむきょうに、ですか?」


「うん……」


「深掘りして悪いですが、あなたの幻夢境げんむきょうでの知人といえば、メネス、イングラム、アリソン。そのうちメネスは」


 ミコの視線は、フィアへ移った。左手の薬指にきらめく結婚指輪を、フィアはそれとなく自慢している。


「メネスは、フィアと。イングラムは当然、ホシカと。ということは……」


 ナコトはお茶を濁した。


「ミコこそ、ヒデトさんとはどうなの?」


「変わらず良好な関係です。人と機械という壁はありますが。ですがフィアは今回、その打開策を示してくれました。私たちは一緒になれます。フィアの〝赤竜レッドドラゴン〟はとても真似できませんが、参考になりました。ちなみにフィア、あなたは診断でも完全に人間になっていますが、まだ能力は使えるんですか?」


「回数を限定すれば使えるわ。マタドールのころほど連発はできないけど。機械が人間化するという余剰が、あたしにはもうないからね。乱用しすぎると、ふつうの呪力使いと同じようにスタミナ切れになっちゃう」


 ふと思い出し、ルリエは聞いた。


「そういえばシヅル、飛井とびいくんとは順調?」


「そやねん、ジョージとは……」


 ミコとエリーの腕時計が鳴るのは、ほぼ同時だった。


 箸を置き、立ち上がったのはホシカだ。


「おいでなすったぜ」


「せやな。続きはまた、無事に帰ってきてからや」


 にわかに翳った赤務あかむ市の雲間からは、すでに不吉な輝きが差し始めている。


 剣呑な光を残して現れたのは、過激派のUFOの大群だった。


 侵略者の襲撃が開始されたのだ。


 穏健派のズカウバ女王が、宇宙の多方面に働きかけて尽力したのは認められる。だが地球外の過激派は、ホーリーが巻き起こした今回の絶滅未遂を見逃してはくれない。ズカウバの制止も及ばず、彼らはやはり人類への攻勢に打って出た。きょうここにフィアたちが集結したのも、ズカウバの事前の警告のおかげだ。


 これから破滅はおとずれる。


 しかしその世界線には、カラミティハニーズはいなかった。


 まっすぐ窓の外を睨むホシカを、心配したのはミコだ。


「母子ともに危険が迫るようでしたら、すぐに退避してもらいますからね?」


「ああ。そのときは頼む」


 うなずいて、ホシカは歩き始めた。まだ膨らんでさえいない腹部をさすり、話しかける。


「力を貸してくれ、鳳麗ほーりー


 ホシカに続いて、チームの皆は別荘の扉をくぐった。静かに靴音を鳴らし、彼女たちは順番に廊下を進んでいく。


 フィア・ドール。


 染夜名琴しみやなこと


 久灯瑠璃絵くとうるりえ


 黒野美湖くろのみこ


 井踊静良いおどせら


 エリザベート・クタート。


 江藤詩鶴えとうしづる


 そして、伊捨星歌いすてほしか


 西暦二〇四二年、十二月二十六日。午後三時十四分……


 カラミティハニーズの戦いは始まった。

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