「銀河」(3)
あくる朝……
赤務市の街中は閑散としていた。普段なら営業周りの会社員や買い物帰りの主婦でにぎわっているはずのオフィス街には、いまはなぜか人気はない。
市内のそこかしこに怪物のごとく身を伏せるのは、自衛隊の装甲車や戦車たちだ。上空を絶え間なく飛び交う軍用ヘリと合わせ、道路には無数の自衛隊員が巡回している。
一般人の姿が忽然と消えた理由は、武装兵たちがしきりに周辺へ流す警告にあった。
〈指名手配のテロリストから、赤務市に対して犯罪予告がありました。赤務市には、政府から緊急事態宣言が発令されています。安全が確認されるまで、市民の皆さんは自宅で待機してください。最低限の必要物資は、われわれが配達します。繰り返します。指名手配のテロリストから……〉
情報に嘘偽りはない。ただしそれが、超未来よりの侵略者、つまりホーリーの襲撃に備えてのものであることは、ごく限られた組織の関係者のみぞ知る。
「?」
国道を行進するある部隊の足取りは、不意に乱れた。
巡視の目が、美須賀川の大橋に差し掛かったときだ。
橋の一角にひとり、人影を発見したではないか。手すりにもたれかかり、その人物は閑古鳥の鳴く街を静かに眺めている。こんな風にニュースにうとい逃げ遅れを、自衛隊が対応した回数も一度や二度ではない。まったく傍迷惑なことだ。
軍勢から、ひとりの隊員が抜け出した。小銃を肩に吊るした大辺自衛官だ。例の部外者に駆け足で近づくと、硬い声で注意する。
「そこのあなた。いまは無闇な外出は禁止ですよ?」
「……あ」
我に返ったように、人物は大辺を見返した。姿勢を正し、謝罪する。
「すいません。つい見とれてしまって」
「見とれる?」
聞き返したのは大辺だった。どう見ても相手が歳下なものだから、つい口調も砕ける。
「このなにもない街の景色に、かい?」
「はい」
人物は首肯した。そよ風に髪を流しつつ、市街地を横目にする。
「なにもないのがいいんです。人っ子一人いない文明社会が、こんなにも綺麗なことに驚きました。退廃美、とでも呼ぶべきでしょうか?」
「まだ若いのに、ずいぶん難しい単語を使うね。もしかして、自然の保護に興味があるとか?」
「ええ。それが仕事なものでして」
「仕事? 見たところ学生のようだが、ボランティアかなにかで?」
「はい。いまのこの光景を見ると、やはり己の使命を貫き通す義務感に駆られます。邪魔な障害物は、すべて排除しなければなりません」
人物の言動は、にわかに剣呑な雰囲気をまといつつあった。
この逃げ遅れ、どこかおかしい。
本来業務に意識を戻したのは大辺だ。我知らず肩の火器に気を取られながら、問題の人物へ強めに催促する。
「さあ、さっさと家での自粛に戻るんだ。きょうは学校も休みで、コンビニやスーパーも閉まっている。ここは危ない。不安なら、俺が自宅まで送ろうか?」
「お気遣いをありがとうございます。ところで、この部隊に呪力使いは何人いますか?」
「〝呪力〟……?」
また珍しい固有名詞だった。こんな年端もいかぬ人物が口にする内容とは、とても思えない。なぜならそれは、政府内でも最重要に位置づけられる機密だからだ。
「呪力使い、と言ったのか? 聞き間違いだよな?」
「へえ、いるんですね。さすがは日本の自衛隊。最先端です」
くすりと笑った人物へ、さすがの大辺もたずねた。
「だれだ、きみ?」
その人物がまとう非現代的でタイトなスーツは、きっとジョギング用だろうがどこのメーカーかまではわからない。
人物がまっすぐ上げた片腕には、奇妙な辞典が握られている。どこまでも無感情に、人物は答えた。
「わたしはホーリー。この時代の呪いを払うもの」
「ホーリー……?」
大辺が小銃の安全装置を外す暇もない。
凄まじい呪力を溜め込んだ〝断罪の書〟が輝くや、少女のうしろに描かれたのは巨大な魔法陣だ。カラミティハニーズたちの生命を満タンに充填したおかげで、門のサイズは差し渡しですでに百メートルを超える。動揺した自衛隊を照らす五芒星の模様からは、やがておびただしい人影が闊歩を進めた。
球状の外骨格から火花を散らす巨人たちは、ここではない未来の〝ジュズ〟だ。その中身は本来の操縦者を排除し、ホーリーの設計した邪悪な機構に置き換えられている。
完璧な傀儡と化したジュズの軍隊を率い、ホーリーは言い放った。
「これが最後の粛清だ。呪力使いは、一匹残らず処刑する」
ジュズどもの背後からは、さらに……




