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スウィートカース(Ⅹ):カラミティハニーズ・ヴァルキリーリダイブ  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
「銀河」
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「銀河」(2)

 緊迫した待機の暇……


 時刻は夜を迎えていた。


 美樽びたる山の森林には、天然の川が流れている。透き通った清流だ。ここはホタル見物の名所として、こっそりカップルたちに知られている。


 さわやかな響きを鳴らす山水のすぐそば、ひとり小岩に腰掛ける人影があった。


 女子高生の格好をしたフィアだ。その視線は、ときおり光跡を描く蛍火を儚げに追っている。満天の星空といっしょに輝くアンドロイドの視覚モニターは、いったいなにを分析しているのだろうか。


 フィアの聴覚センサーは、背後に物音をとらえた。


 茂みを抜けて歩み寄ったのは、召喚士のメネスだ。


「探したよ、フィア」


 小首をかしげ、フィアは聞き返した。


「とうとう出撃の時間?」


「いや、まだだ」


「どうしたの? 無線で呼んでくれれば、いつでも戻ったのに?」


「電話で話す内容じゃない。いま大丈夫か?」


「大丈夫よ。戦いへ向けての精神統一は済んだ」


「横、座っても?」


「ええ。どの世界でも隣は空けてあるわ、あなたのために」


 おもむろに、メネスはフィアのかたわらに腰を下ろした。


 我知らず胸に手を添え、メネスは深呼吸している。この冷静沈着な策士が、珍しく緊張しているようだ。軽く咳払いし、メネスは切り出した。


「質問への答えを持ってきた」


「答え?」


「そうだ」


 ぐびりと動いたメネスの喉仏を横目にし、フィアはたずねた。


「落ち着かないの? 最終決戦が近いせい?」


「当たり前だ。じきじきにぼくを作戦の最前線に据えておいて、よく言う」


 続くメネスの言葉は、ひどく心細げだった。


「勝敗の行方によっては、きみとぼくはもう二度と会えない。今生の別れに備え、きちんと真正面から話しておきたくてな」


「また作ればいいだけじゃないの? 次のあたしを?」


 いつもの調子で言い返したフィアを、メネスはやや感情的にたしなめた。


「いまのきみは、安易に代えのきく道具じゃない。ここにいるフィアは、きみだけだ」


 メネスの言うとおりだった。


 偶然に発見された特殊な電子ウィルスの応用により、フィア91は極限まで人間に近い感情を持っている。彼女はメネスが苦闘したすえの唯一無二の成功例であり、おいそれと量産できる現象ではない。膨大な魂や呪力を消費する〝赤竜レッドドラゴン〟などというシステムを自在に操れるのも、その奇跡のおかげだ。


 長いまつ毛をしばたかせ、フィアはたずねた。


「これは喜んでいいの? それとも悲しむべき? 大の機械好きのあなたが、あたしを人間扱いするだなんて?」


「仕事以外の話をするのは、お互い何年ぶりだ?」


「そうね、十数年前のセレファイスで、ニコラと戦うため、あなたの家の残骸からあたしの予備パーツを探したとき以来かしら?」


「なら、あのとき交わした約束も覚えているか?」


「約束?」


「戦いが終わったら、ぼくは、ちゃんときみを見る……戦いは結局、このとおりまだ続いてしまっているがな」


 深い溜息で気持ちを鎮め、メネスはうながした。


「フィア。左手を見せろ」


「手? ホーリー戦で負った人間化なら、残らず取り除いたわよ?」


 そう、三世界会議の合間を縫い、幻夢境げんむきょうにある自慢の工房にて、メネスはフィアのメンテナンスを完了させている。命がけで来楽らいら島から回収された四種の〝欠片シャード〟を機体に組み込み、総出力もアップして未来との決戦準備は万端だ。


 なのに、メネスは強情なまでに言い張った。 


「左手だと言っている。いいから早く、まっすぐにだ」


「はいはい、最後まで疑り深いのね。ほら」


 なにもかもを信用しない召喚士へ、フィアは仕方なく左手を差し出した。


 気づいたときには、フィアの指には光る物体がはめられている。


 左手の薬指に、指輪だ。


 そっけなく、フィアは聞いた。


「なにこれ。新しい追加武装かなにか?」


「そんなに無神経で鈍感だったか。きみ? かく言うぼくも、ずっと不器用なままなんだろうが……それにはなんのからくりも仕掛けてはいない。昔にきみが置いていった機関銃の弾丸を加工し、指輪は現実のそれと遜色ない品質に仕上げてある。ふたつともな」


「ふ、ふたつ?」


 慣れない手つきで、メネスは自分の左腕にもなにかを押し込んだ。メネスの右手が離れると、反対側の薬指には瓜二つの指輪が着けられている。


 川や森のせせらぎに後押しされ、メネスは告げた。


「結婚しよう」


「…………」


 若干のタイムラグを置き、フィアはメネスに飛びついた。マタドールの馬鹿力で背骨を粉砕しない程度に、しかし確かに強くメネスを抱きしめる。


「嬉しい……」


 フィアの目尻にきらめいた涙もまた、人間化の影響だったろうか。


 こちらもぎゅっと抱きとめたフィアへ、メネスは意を決して耳打ちした。


「システム〝赤竜レッドドラゴン〟のフル稼働を許可する。完全に人間化して帰ってこい、フィア。今度こそ戦争を終わらせ、いつかうちの階段で誓った続きをするんだ」


「了解……約束よ」


 上下から接近しあう唇と唇を、ホタルの明かりが照らしては閉ざした。

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