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スウィートカース(Ⅹ):カラミティハニーズ・ヴァルキリーリダイブ  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「星団」
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「星団」(5)

 もよりの別室の扉をぶち破り、ナコトとニコは姿を消した。


 お互いを追いかけて長い廊下を駆けるのは、セラとアイラだ。会議室から離れるというセラの誘いに、こちらも目論見があるのかアイラは乗っている。


 疾走しながら、セラはたずねた。


「平和に解決できないかな、話し合いで?」


 アイラの答えは、鋭い切れ味と化して飛来した。咄嗟に避けたセラの頭上を越え、不可解な半透明の〝手裏剣〟は続々と背後の壁に突き刺さっている。この飛び道具は凝固した水分で形成されてはいるものの、まともに浴びれば致命傷は避けられない。


 手裏剣の次弾を掌に生み出し、アイラは同温度の凍えた返事をした。


「ここでの私は、仕留めたカラミティハニーズの死体としか話さない」


 指と指を絡めて忍法の印を結ぶや、アイラは言い放った。


「〝風を歩むもの(イタクァ)第四関門(ステージ4)


 爆発的な吹雪の輝きとともに、アイラの形態は一転した。


 露出の多い呪力の忍装束へと、冷血の魔法少女は変身したのだ。たなびく長いマフラーが美しい。その両腕には、氷でできた二振りの〝苦無くない〟が逆手持ちに握られている。いきなりのフルスロットルではないか。


 廊下の終端で、セラは駆け足に急ブレーキをかけた。もうじゅうぶん会議室からは遠のいたはずだ。また呪力使い特有の第六感は、アイラのパワーの強烈さをひしひしとセラに訴えかけている。相手は魔法少女だ。危険。絶対に油断は許されない。


 相対する忍の暗殺者が、接近戦を得意とするのは一目瞭然だった。逆にセラはその性質上、中長距離の射程圏が狭まれば狭まるほど不利になる。そして今、双方の距離はおよそ十歩あるかないか。この間合いがゼロまで縮まる前に、敵を倒さねばならない。


 同じく立ち止まったアイラへ、セラは最後通牒を示した。


「どうしてもるのかい?」


「それが遺言でいいのね?」


 片目の五芒星から蛍火の尾を残し、アイラはセラへ踏み込んだ。それを皮切りに、セラからは莫大な呪力の燃焼が立ち昇っている。


 氷刃ごと突撃してくる魔法少女を指差すや、結果使い(エフェクター)は呪文を織った。すなわち〝過去にここへ落ちた隕石の記憶〟を現在に呼び起こしたのだ。


結果呪エフェクト輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟!」


「!」


 瞬時にアイラが展開したのは、氷水で編まれた蜘蛛の糸だった。


 柔軟性に秀でたそれが、アイラめがけて大きくたわむ。突如として虚空から現れた呪力の流星雨を、この凍えたバリアが寸前で受け止めたのだ。直感的に防御していなければ今頃、幻の隕石群はアイラを痛打して戦闘不能にしていただろう。


 いや、それだけに留まらない。次から次へと炎煙を引いた隕石は、セラからアイラに機関砲のごとく多角度より襲いかかっている。氷の投網を貫通した何発かは、アイラの頬をこすって浅い焦げ跡を生んだ。


(これが結果呪エフェクト……凄まじい威力!)


 脳裏だけで、アイラは焦った。全開にした魔法少女の呪力と、セラのそれは同格かそれ以上を誇っている。


「なら!」


 着弾の勢いで小刻みに後退しつつ、アイラは床へ片手を叩きつけた。そこを始点に、廊下は丸ごと霜に塗り替わる。ホーリーに与えられた異才で、アイラはふたりを含んだ空間を一気に凍結させたのだ。


 動揺したのはセラだった。


「わわ……」


 完璧なスケートリンクと化した床に、足が滑る。立っているのがやっとだ。おまけにこの絶対零度。あまりの低温に気道は痙攣し、ろくに呼吸もままならない。環境の激変に耐えかね、思わず結果呪エフェクトの掃射も止まってしまう。


 まさしくアイラのための世界だった。


「隙あり!」


 アイラの怒号とともに、セラは背後の氷壁に突き飛ばされた。氷上を猛スピードで滑走して放たれたアイラの回し蹴りが、低空からセラの鳩尾にめり込んだのだ。日々鍛錬しているとはいえ、セラも生身の人間である。浮世離れした魔法少女の脚力を至近距離で喰らえば、さしもの結果使い(エフェクター)とて無傷ではすまない。


 せり上がる横隔膜が、なお肺を潰す。呼吸困難の状態で、セラは壁をずり落ちた。そこに追い打ちをかけたのは、アイラが左右から突き入れた苦無の切っ先だ。


 勢いよく弾かれた凶刃たちは、明後日の方角に飛んでいった。息も絶え絶えにセラの召喚した流れ星は、間一髪で必殺の苦無を防御している。


 それでもアイラは止まらなかった。流れるようにセラの胴体をえぐったのは、容赦ない肘打ちだ。身をかわし、隕石の落下でガードするセラだがとても捌ききれない。殴る蹴る殴る蹴る。これだからゼロ距離はまずいのだ。地面に散ったセラの鮮血は、内臓を損傷した証拠に妙に赤黒い。華麗な忍者の体術に翻弄され、セラは全身に重度の打撲を負って氷床を転がっている。


 体中から呪力の煙を漂わせるセラには、もう結果呪エフェクトを撃ち出す気配はない。意識を失ったのだろう。まだ爪先でセラをなぶりつつ、アイラは鼻で嘲笑った。


「この程度で未来に立ち向かおうだなんて、片腹痛いわ」


 セラに背を向けると、アイラは指を鳴らした。念には念をだ。いっせいに屹立した凍土そのものが、あっという間にセラを覆い隠す。かちこちに氷で固まり、これで凍死は間違いない。


「おっと?」


 軽く小首を傾げたアイラの側頭部あたりを、ひときわ大振りの隕石は掠め去った。負け犬が断末魔に発射したようだ。だがこんな真正面からの攻撃、回避するなどアイラには造作もない。泣きっ面に蜂とはこのことで、外れた流れ星はそのまま後方のセラ自身を直撃している。


 氷の割れる音が聞こえたときには、もう遅い。


「……〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟」


「し、しまっ……!」


 振り向く暇もなく、流星の驟雨はアイラの背中に激突した。


 自爆としか考えらなかった最前の隕石はその実、冷凍からの脱出とセラ本人の蘇生を兼ね備えている。セラはあえて猛攻を受けきって倒れることで、普段は絶対に見られないアイラの背後という最大の好機チャンスを得たのだ。ふさわしい距離も取れず、相性まで最悪な魔法少女に勝つにはこの方法しかなかった。


 無数の彗星に穿たれて吹き飛んだときには、アイラの姿は本のページと化してばらけている。おびただしく舞い落ちる紙片を前に、セラはなんとか身を起こした。肋骨の折れた脇腹をかばいつつ、息を荒くしてつぶやく。


古影ミメット……なんて恐ろしい力だ。早く、早くナコトを助けに行かなきゃ」


「わたしが連れて行ってあげよう」


「!」


 驚いたセラの首を、ホーリーは背後から掴んだ。

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