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短編

妄想世界ドキュメンタリー

新世界ドキュメンタリー

~魔法秩序を築いた者たち~


(司会)

皆さん今晩は、新世界ドキュメンタリーのお時間です。

今日のテーマは、魔法秩序を築いた者たち。

誰もが生涯に一度だけ魔法が使える、この新世界において。

自らを犠牲に、秩序を守った人々のお話です。


(ナレーション)

20XX年7月某日午後17時29分。

科学文明の発達した旧世界、私たちは突如として魔法の扱い方を理解した。

誰が、何の目的を持って、そしてどのようにして全人類にそれを伝えたのか。

その全容は、いまだ暴かれていない。

とある宗教家は、あれこそが神の啓示であると弁じたが真偽のほどは定かではない。

ただ事実として、あの日あの時、まさに世界は生まれ変わったのである。

そう、誰もが生涯に一度だけ魔法が使える新世界へと。


個々人が、魔法という強大な力を得たにもかかわらず。

世間は、さほど大きな混乱を見せなかった。

その理由の一つに、魔法が生涯に一度しか使えないという制約があげられる。

空を飛びたい、背を伸ばしたい、過去に戻りたい。

魔法で叶えることのできる願いは数多あるだろう。

しかし、生涯に一度という制約が衝動的な魔法の使用を思いとどまらせたのだ。


(司会)

ここで一つ疑問が生じます。

なるほど確かに、正常な判断力があれば、人々は魔法の衝動的な使用を思い留まるでしょう。

では、正常な判断力がない人々はどうでしょうか。

例えば幼児、あるいは絶望の淵に立たされた人、そして収監されている犯罪者たち。

魔法は強大な力です。そのうちの誰か一人が魔法を使ったとしても。

社会に大きな混乱を巻き起こすことは十分に考えられます。


しかし、事実そうはなりませんでした。

世界中の誰一人として、社会を混乱に巻き起こすような魔法を使用しなかったのです。

我々は、その理由を知っていますが、どうしてそうなったかはあまり知られていません。

今日の魔法秩序がいかにして築かれたのか、本日はその謎に迫っていきます。



(再現ドラマ『30秒で築かれた魔法秩序』)


ポーン。


「!?」


世界が生まれ変わった瞬間、警察官僚 「桜田正義」はその危険性に思い至った。


「まずいぞ、もし魔法が犯罪に使われたら立件どころか犯罪の発生自体認識できない」


この男こそ、世界の変容後わずか30秒の間に魔法秩序を築き上げた立役者である。


「マジカルマジカル! あらゆる法令に反する魔法は一切使用できないようになれ~!!!」


この魔法こそ、現在『セーフティー』と呼ばれる魔法秩序の土台となるものである。

驚くことに、桜田がこの呪文を唱えるまでの時間は世界変容から僅か5秒のことであった。

魔法は、生涯に一度しか使えないことは桜田も認識していた。

だが桜田に、自身の魔法を社会の為に使用することに一切迷うところは無かったのだ。


  

「どうして、そのような自己犠牲を迷わず行えたのですか?」


「いえ、私は決して自己犠牲なんかしていません。

私の家族や、友人たち、そして平和な社会こそが私にとって何より大切なものなのです。

私はあくまで利己的に行動を起こしただけ。

それに、私が誰よりも先んじたというだけでいずれ誰かが同じことをやったと思います」


「なるほど。しかし、貴方の魔法は発動に至らなかった」


「はい、これは私の願いがあまりに強大なもので。

私一人の魔力では到底足りなかったからだと考えられます」


発動しない魔法に、桜田は一瞬の戸惑いを見せるもすぐに次の行動へと移った。


「千代田、手を貸してくれ!」


桜田の駆け寄ったのは、長年職務を共にしてきた同僚「千代田」である。

千代田は、未だ突如訪れた世界の変容に理解が追いつかず呆然自失といった状態であった。

「法令に反する魔法を使用禁止にする魔法を使いたい! 俺一人では魔力が足らんのだ」

桜田のその言葉に、千代田は正気を取り戻した。

それどころか、その少ない言葉の意味するところを余すところなく理解した。

なるほど、日本の警察官僚の優秀さたるや世界に誇れるものである。


「わかった。だが、二人の魔力で足りるだろうか?」


「そんなことは、わからん!」


「なら、もっと仲間を集おう。マジカルマジカル全職員に、この思いよ届け!」



「千代田さんは、いったい誰に何を伝えたのですか?」


「私のアイディアとそれへの協力をテレパスで、全警察職員へと伝えたのです」


「全警察職員ですか」


「ええ、全国約6万人の警察職員。彼らなら快く協力してくれると信じていました」



その時、世界変容からちょうど30秒を迎えた瞬間。

各地の警察署内にて多くの職員が突然立ち上がり天に手をかざし。

「マジカルマジカル」と呪文を唱えだした。

SNS上には、警察署を訪れていた一般市民によって撮影された動画が出回っている。

千代田のテレパス対象外であった市民たちには、その光景はあまりに異様であったであろう。

だがそれは、まさに世界を救った魔法が放たれた瞬間であった。


今現在、私たちは法令に反する魔法を使用することができません。

そして、それを当たり前のことと享受しています。

しかし、それが多くの警察職員の自己犠牲の精神によって生み出された。

「セーフティー」であるということを、決して忘れてはなりません。


「しかし、ここにきてこの『セーフティー』に批判が集まってきています」



(政治ジャーナリスト)

なにより、この『セーフティー』が問題なのは何ら政治的手続きがとられていない点にあります。

危機的な状況に置いて、政府が何らかの規制を特例的に行うということはままあることです。

しかし、それらは個人の権利を制限することの重大性を認識し、非常に慎重に行われなくてはなりません。

ですが、この『セーフティー』は一行政機関の一官僚個人の扇動によって為されたものです。

さらに言えば、世界変容後の僅か30秒でこの規制はなされた。

この間のどこに、本来行われるべき慎重な議論があったのでしょうか。


規制の中身にも問題があります。

『セーフティー』は「あらゆる法令に反する魔法」を禁じています。

これは、規制の範囲があまりに広すぎると言っていいでしょう。

犯罪を未然に防ぐためであれば、「あらゆる法令」ではなく「刑法」だけでも十分だったはずです。


あるいは、魔法を制限するのではなく魔法使用を履歴データ化する魔法でもよかったでしょう。

学会によりますと、この魔法使用履歴データ化、通称『ログ』という魔法を使えば。

わずか数百人の魔力で賄えたという論文が注目を集めています。


いずれにしても、政治的手続きに則り行われていれば避けることのできた批判と言えるでしょう。


(司会)

批判は、警察内部からも出てきています。

あの時、桜田の提案に協力したと言われる約1万人の警察職員。

その内、300名が桜田氏の提案は協力の要請ではなく命令であったと警視庁を提訴したのです。


(桜田事件被害者の会担当弁護士)

桜田さんは、当時警察官僚として名が知れていました。

職員であれば、桜田さんの名前を出されたうえで提案されれば協力せざるをえなかった。

自主性を欠いた協力要請など、命令と同義と言えます。

ならば、警視庁は職員が使用した生涯に一度の魔法に対して何らかの対価を支払うべきです。



現在、桜田氏は自ら警察官僚を退職。

保守系政党からの要請により先の衆院選に出馬、トップ当選を果たしています。


「私のやり方に問題があったことは承知しています。今後は、政治家として問題解決に取り組んでいきたいと考えています」


「桜田議員、本日はご出演ありがとうございました」


「ありがとうございました」


「次回、新世界ドキュメンタリーは『魔法と保険を繋いだ会社』です。ぜひ、ご覧ください」



「お疲れ様です」


「どうも」


「実際のところ、批判に対してどう考えています? ここだけの話ですから教えてくださいよ」


「まあ、貴方とは長い付き合いですしね。いいでしょう。

まず、政治的手続きを踏まなかった件については批判は織り込み済みです。

あの時は、何より速さが重要でした。稟議を上にあげて、政治家たちの手に委ねていたら、その隙を犯罪者たちは見逃さなかったでしょう」


「確かに、その通りですね」


「あと、制限するのは『刑法』だけで良かったというのは甘い考えですね」


「と、言いますと」


「そうですね、例えばマインドコントロールです。

刑法ですと、洗脳後の犯罪については裁けても洗脳そのものについては裁けない。

例えば、洗脳によって『カラスは白い』と思い込ませても何ら罪には当たらない。

しかし、制限をあらゆる法令としたことで憲法19条によって内心の自由が保護されるのです」


「つまり、制限を刑法に限ると不十分ということですね。

それでは、魔法使用を履歴データ化する『ログ』を使ったほうが良かったという批判はどうです?

この手法なら、想定されえない魔法の使用があったとしても議会での論戦によって対応できるのでは」


「それに関しては、唯一正当な批判ですね」


「正直なところ、貴方ほどの人が30秒と短い時間の中とはいえ、この方法に思い至らなかったとは思えないのですが」


「もちろん、『ログ』の構想にも思い至っていましたよ。

と言っても一度目の魔法がキャンセルされ、千代田のもとに駆け寄る直前にですが」


「ほう」


「そもそも防犯というのは、行き過ぎると健康体に風邪薬をぶち込むようなものです。

そして、『セーフティー』は、まさに行き過ぎた防犯と言えるでしょう。

対する『ログ』は、人々の権利を過度に抑制しない理にかなった手法と言えます。

私は、この二つを天秤にかけ『セーフティー』を選択したのです」


「『ログ』の方が理にかなってるのに、どうして?」 


「そんな魔法を作ったらバレてしまうではないですか。


私が、生涯一度しか使えない魔法を、まだ使っていないってことが」



おわり



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