声すら出なかった
……忘れたい。
黒板の上にあるスピーカー、そこから生徒会の声が聞こえた。
「今日から三日間、発表プロジェクトを行います」
その瞬間、私は前に座っている子からもらったプリントを見て叫びたくなった。
私が二年の頃に初めて行われたプロジェクト。
ルールは簡単。
クラス全員が手を挙げて、発表するだけ。
先生が日付などから指名した場合はカウントされない。
私はこれが嫌だった。
どうしても忘れられないトラウマのせいだった。
小学二年生。
全部で百問くらいある算数のプリント。
私は端に座っている子から数えて、自分がどの問題を答えるのか見ていた。
そして、その問題は分数が答えになることは分かっていたけど、元から算数だけは大の苦手で、全然理解できなかったから、これも絶対に間違っている。
そんなことずっと前から分かってた。
それで、私の席は廊下側。グラウンド側に座っていることは正反対だった。
つまり、私よりも先に答える子がほとんど。
そうなると、私の頭では爆発寸前の爆弾のカウントダウンとしか思えなかった。
一人答えるごとに一秒進んで、ゼロは私。
時が進むにつれて、その考えが私を完璧に支配した。
そして、私の番。
声を出そうとしたが、全く出なかった。誰にも聞こえないくらい小さい声でもいいから、「とにかく何か話せ!」と思うと、余計喉がグッと縮んで、何も出なかった。
みんなは、こんな状況になっている事なんて知らないから「早く言えよ」という雰囲気だった。
でも、話せない。
すると、隣に座っていた男子が「どうした?」と言った。
その子だけは「怒ってない」ことが私には分かった。
小さい頃から、人の発しているオーラで何を考えているか分かるから。
それで、先生が怒りそうなときはじっと待ち、嵐が過ぎるのを待つのが私だった。
そう思うと安心して、やっと声が出た。
「声が出ないの」
自分でも驚くほど小さかった。
でも、男子には聞こえたらしく、「せんせー、声が出ないって」と言ってくれて、前に座っていた子に移った。
今でも覚えてるあの雰囲気。
あの雰囲気、私にとっては真っ暗闇と同じ。
だから、今でも自分から手を挙げることはしない。
人並み以上に緊張するし、私は手を挙げようとも思わない。
授業参観の時も、毎回母に「手を挙げなさい」と言われたけど、絶対に挙げなかった。
誰かが言ってくれるし、大抵間違っているから。
なのに、手を挙げなきゃいけない。
それは、私にとって気絶するほど嫌なプロジェクトだった。
「嫌だからと言って、手を挙げなかったらどうなるだろう」
その考えに支配されている。
実際、初めて行われたときは三日間行われて、クラスの中で私だけが手を挙げなかったため、惜しくも満点である三十点に届かなかった。二十九点だった。この一点は、私の班の分だ。
私のせいで、一位にはならない。皆で目指していた毎日満点にはならなかった。
私が発表しなかったのは一日目だけ。その後の二日間は、それが嫌で休んだ。
よかった。その二日間も登校していたら、また私のせいで二点分落とすことになる。
そうなれば二十七点。結果発表で二十七点はもう一クラスあったから、私が休んだおかげで、みんなはぶっちぎりの一位を得ることができた。
休むことは、私ができる唯一の貢献だった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




