虚弱令嬢はその言葉を言わない
私は生まれつき身体が弱い。
あまり長い時間日光を浴びれないし、運動なんて以ての外。
そんな私を婚約者の彼はきっと疎ましく思っていたのね、子供の頃はよく遊びに来てくれていたけれど、それも歳をとるにつれ段々と回数が減っていったわ。
彼がアカデミーに入学すると、更にぐんと回数が減っていったわ。
そして私は身体が弱かったためにアカデミーには通えなかった。
ああ、1度でいいから思いっきり走り回ってみたい。馬のように駆け、鳥のように羽ばたいてみたい。
お日様を思う存分浴びてみたい。
一生叶わぬ願望だと分かっていたけれど、そんなことをずっと夢見ていたの。
ある時不思議な事件が起こったわ。
婚約者の彼が遊びに来た日、彼に本当はそこまで辛くないんじゃないのか?と言われたの。
それを聞いてカチンときた私は、ある言葉を言ってしまった。
その言葉を言った途端身体が急に軽くなったの。
どうやらその言葉をキッカケに私は彼と身体が入れ替わってしまったようで、その日は彼の体をつかって一日中遊んでみたわ。
走り回ったりお日様を浴びたり、私の身体だと咳が出るから触れなかった猫ちゃんを触ったり。
新しい感覚に新しい気持ち。それはとても私の身体では味わえない素晴らしいものだったわ。
婚約者の彼は最初は意味がわからない!と憤っていたけれど、私が私の身体に戻って、彼の身体で起きた出来事を楽しそうに話すと黙って聞いてくれていたわ。
暫く入れ替わりの言葉を使いながら私と彼で入れ替わりをするうちに彼は謝ってくれたの。今まで配慮が足りなかったと、ここまで私の身体が辛いとは思わなかったと。
それからは私に会いに来てくれる頻度もかなり上がったのよ。
私の体調を気遣ったデートプランを考えてくれたり、2人でお裁縫をやってみたりして。
彼ったらお裁縫がびっくりするくらい下手くそでね?すぐに投げ出してしまうかなと思っていたのだけれど、投げ出さずにちゃんと頑張っていたわ。
少し見直したけれど、直接褒めるのは少し恥ずかしかったからその気持ちは私の心に秘めておいたわ。
彼は私の刺繍がとても上手だと褒めてくれて、それをアカデミーの同級生に見せたらとても好評で売って欲しいと言われたらしいの。
彼のお友達が遊びにきてくれたりして、私にもお友達らしいお友達が初めてできたわ。
最初は入れ替わりを沢山していたけれど、今はもうしない事に決めたの。
だって入れ替わりをしなくても、楽しいことは沢山あるんだもの。
彼が話してくれるアカデミーの様子、彼が教えてくれる私の知らなかった知識。
彼に勧められて外国語なんかも勉強してみたりしたら、案外楽しくって。知らない土地の知らない文化を知るのって新鮮ね。
ベッドの上でも私は沢山の世界を感じられたわ。
それもこれも全部彼のお陰。
以前の私は身体が弱いからと、知ってもなにも意味がないからと、生きるのに消極的すぎたと反省しているわ。
あんな様子じゃ何も出来ないだろうし、彼に嫌われても仕方がないと今では思うわ。
私の命は残り僅かなようだった。
知っていたわ、最近身体の調子が今までと比べ物にならないくらい悪かったもの。
彼は涙を流しながら入れ替わりをしようと何度も私に言ったわ。
でも、そんなこと出来るはずないじゃないの。
私だって生きたい。生きたかった。願わくば、彼の隣で一緒に穏やかに朽ちていきたかった。
もし今彼と入れ替わりをしたら、長く生きれるかもしれないわ。
____でも、もうあの入れ替わりの言葉は口が滑ってもあなたには言えないの。
だから、私が彼に言う言葉は1つ。
“ あいしてるわ ”
彼女は最後まで入れ替わりの言葉を言わなかった。
でもその変わり、あいしてる、と。
僕は溢れる涙のせいでその言葉に返事が出来なかった。
でも、僕の返事は決まっている。
“もちろん、僕も愛してるよ”
____僕は、君の世界を少しでも広げられただろうか。
「少しくらい本でも読んでみたらどうだ?」
「本なんて読んでも意味ないじゃない」
「なぜだ?」
「だって、」
「君はさ、本当はそこまで辛くないんじゃないのか?」
「な、なん…」
「僕には身体が弱いというのをいい事に君が色々なことを避けているようにしか見えないんだ」
「___っ、何も知らないくせに!」
「ああ知らないさ!」
「あ、あんたなんてだいっきらいよ!」