勢い任せの めでたしめでたし
さて、無数の星が降り注いだ次の日……一人の村の若者が調子をおかしくしていました。
なんでも彼は、夜中に森の泉に行ったそうです。オオオロチ様の言いつけを破るなんて……と言う人もいましたが、一番驚いたのはその様子でした。
「はぁ……」
何かにつけてため息ばかり。春に備える畑仕事にも全然身が入りません。様子がおかしいと思った村人たちは、彼の様子を見てこう思いました。
「あの星の降る夜に、森の泉に行ってしまったのだろう? もしかしたらそこで、何か悪いものに取りつかれてしまったのでは……?」
「うーん……どうだべさ? そもそも村に帰ってこれねぇべ? オラたちにも特に、悪い事も起きてないし……」
「けれど夜もはっきり見えたんだろう? 何かされたんじゃ……?」
「真夜中の泉に、着物の女がいるわけがない。妖怪かモノノケだったのでは……」
色々と考えて喋る村人たちですが、やっぱり原因は分からないままです。すっかり腑抜けてしまった村人の調子も、全然戻ってきません。困り果てた村長は言いました。
「こうなったら、オオオロチ様に見てもらうしかないべ」
そうして若い村人を縄で縛り付けて、何人もの村人でオオオロチ様の所に行きました。相変わらずぼーっとしている若い男は、神社に辿り着いても反応が薄いです。いよいよこれは……と考えていたところに、怒ったオオオロチ様が姿を見せました。
「お前たち、何をしておる!?」
しゃーっ! とすごい形相で、白い大蛇の神様が村人に吠えます。慌てて頭を下げる村人たちですが、若い男だけはぼーっとしたままです。村長はぺこぺこ頭を下げて事情を説明しました。
「実はこの男、あの無数の星の降る夜、森の泉に行ったそうなのです。それ以降ずっとこの有様で……村の仕事にも身が入らず、ご覧の通り腑抜けてしまいました。どうやらあの夜に、この世ならざる何かと出会ったようなのです。どうか祓っていただけないでしょうか……」
ぬぅ、とオオオロチ様は唸ります。確かにこの男、恐ろしい姿のオオオロチ様を前にしても、全く微動だにしません。もし本当なら大変だと、オオオロチ様もじっと村人を見つめます。
しかし、はて? 特に悪い物がくっついている様子もありません。青い瞳でじっと村人を見つめるのですが、若い男の村人は突然「あっ!?」と叫びました。
同じように、オオオロチ様も気が付きました。この村人は流れ星が沢山降る夜に、森の泉で居合わせたあの若い村人です。夜の中帰れるようにと、自分の力を貸した相手でした。
どうやら、村の皆を誤解させてしまったようです。気まずい思いを抱くオオオロチ様ですが、ここで若い村人は凄い力を発揮しました。
なんとぐるぐる巻きにされた縄を引きちぎり、いきなり立ち上がったのです。周りの人がびっくりする中で、オオオロチ様に触れて叫びました。
「惚れました! オラの嫁になって下さい!!」
周りの村人はみんなポカンとして、その後一斉に顔を青くしてしまいました。神様相手になんと恐れ多い。凍り付く村人たちの前で、しかし大蛇の神様も完全に固まっています。
きっとすごい勢いで暴れまわるのだろう。そんな風に考えていたのですが、オオオロチ様に反応がありません。恐る恐る村人たちが神様を見つめると、突然妙な声を上げ始めました。
そして体中をくねくねさせて身悶えます。そしてこの神様、消え入りそうな声でこう言ってしまったのです。
「…………ハイ」
なんとオオオロチ様、この告白を受けてしまいました。
ロマンティックな夜の森の夜空、流れる星々、隠していた正体を見抜いた若い男、そして大好きな村人からの真っ直ぐな告白! これだけ良い条件が揃ってしまったら、神様でさえ心動かされてしまったようです。周りの村人たちもびっくり仰天。突然の話に目を白黒させました。
「や、や、やった……! ありがとうごぜぇます!!」
「う、うむ……ふつつかものじゃが……」
「「「「「えーっ!?!?!?」」」」」
ようやく周りの村人も事態が飲み込めたのか、いや飲み込めたからこそ大騒ぎ。突然の話に白黒しながら、村の男とオオオロチ様は、一緒になる事に決まったそうな。
***
数年後、若い村の男――今は神様の神社で暮らす男は、しんみりとこういいます。
「今にして思えば、色々勢いに任せてしまったべ……」
縁側に座る彼の隣で、着物の女性が目を細めます。
「わらわは素直になれぬからのぉ……あの勢いが無ければ、こうして夫婦になる事もあるまいて。それにお陰で、村人とも仲良く話せるようになったからのぉ」
素直になれないオオオロチ様ですが、根は村人大好きな神様でした。けれど彼と結ばれたおかげで、気持ちが村人の人に伝わりやすくなったのです。
今は穏やかに笑いながら、人の姿のオオオロチ様がこっそり耳元で言います。
「実はのぉ……わらわ達が出会ったあの泉、今は遠くからでも人が来るようになったようでな?」
「はい? どうしてまた……」
オオオロチ様は、クスクスと笑って言いました。
「あの泉に行って流れ星を見れば、円満に結ばれるそうじゃぞ?」
「それってまさか……」
「わらわ達の話にあやかってじゃろう。全く、夜道を守るわらわの身にもなってほしい物じゃ」
文句を言うオオオロチ様ですが、その瞳はやっぱり優しいのです。
――その村では守り神と夫と、そして流れ星を見れば恋の叶う泉が、いつまでもあったそうな……