いつもの風景
そこはある小さな日本の村、山奥にあるひっそりとした村のお話です。村にはとても気難しい、大きな白い蛇の神様がいました。秋の畑で収穫された作物を、村の代表者がお供えしに来たのですが、神様はご機嫌ななめです。
「ええい! なんじゃこの供え物は!? マズ過ぎる!!」
「ひいいぃっ!? お、お許しください! オオオロチ様っ!!」
人間を纏めて三人ぐらい、まとめて丸呑み出来てしまうほどの大きな口を広げます。巨大な牙をむき出しにして、蛇の舌をチロチロと見せつけて吠えました。お参りに来た村人は心の底から震えてしまいます。どうにか怒りを抑えようと、村人は言いました。
「で、でしたら今年は、若い生贄を用意して――」
そう提案する村人に、オオオロチは蛇睨みをします。ぎょろりと見つめた、大きな青色の目玉が本気で怒って、またしても吠えました。
「こんっの馬鹿者ーっ! 子供や若者が元気なことが一番であろう!? 滅多な事を申すでないわ!!」
「し、しかしそれでは、オオオロチ様のご機嫌が……」
「フン! 今年は不作だった事は知っておる! 供え物はマズいが、何もお供えがないよりマシじゃ! 今年はこれで我慢してやろう!!」
「は、ははーっ!!」
どうにか今年の挨拶も済んで、村人はほっと胸を撫で下ろします。しかし一息ついた村人に対し、ぎょろりと睨んでオオオロチ様は言いました。
「なーにを安心しておる! 今年は恐らく寒くなるぞ! しっかりと薪を用意して、厳しい寒さに備えるのじゃ! もし流行り病が起きる気配があるなら、早めにわらわの所に来るが良い。軽い風邪ぐらいなら、わらわが病を喰ってやろう。ともかく、しっかりと備えるのじゃぞ!!」
「は、ははーっ! あ、ありがとうございます!」
「ふんっ!!」
不機嫌なオオオロチ様の前から、いそいそと村人は逃げるように村へと帰ります。マズいお供え物をむしゃむしゃ食べ、一人になったところでオオオロチ様は叫びました。
「どーしてわらわは、素直になれないんじゃぁああ!!」
大きな体を思いっきり振って、びたんびたんと、じたばた体を波打たせます。山の中で響くその音は、地響きとなって村人に届くのですが、それもまた誤解される原因でした。
「あぁぁあ! すまぬ……すまぬぅ! 洪水止めるので必死だったのじゃぁ……不作までは止められなかったのじゃあ……なのに、なのにぃ……ちゃんとお供え出来て偉いぞぉ! 健気でカワイイのじゃあ!」
村人たちは神が怒って、暴れていると思って震え上がっています。しかしこの大蛇の神様、オオオロチ様は村の人たちが大好きでした。村の人が大好きだからこそ、神様は生贄を拒んだのです。
「食べてしまいたいほどカワイイわ! けれど本当に食べれるわけないじゃろぉ!?」
大きな蛇の体をくねくねさせて、オオオロチ様は悶えます。何も知らない人が見ると不気味ですが、蛇の瞳は目じりが下がって、とても慈愛に満ちた目をしていたのです。
けれど大蛇の神様は大きな体と見た目と、人の前では意地っ張りのせいで、誤解されてしまいます。そんなものだから、お供えのあった数日後、一人の村人が神社にやって来て言うのです。
「オ、オオオロチ様……お供え物は口に合いませんでしたか?」
この前来た村の代表者とは違い、やって来たのは若い男です。少し怯えていますが、堂々とここに来る人は珍しいのです。オオオロチ様はとても嬉しいのですが、素直に言えずに顔を背けました。
「ふん! 何でもないわい! お主はどうしてここに来たのじゃ?」
「この前お供えをした後、山の方で激しい地鳴りが……もしやオオオロチ様が怒り狂っておられるのかと」
「なんじゃあ? わらわは別に怒ってなどおらん。とっとと村に戻って、畑仕事でもするんじゃな!」
「しかしオオオロチ様……我々村人としては、あなた様の事は心配です。村を守っていただいている訳ですし、何かあっては嫌ですよ」
オオオロチ様は胸の中が熱くなりました。この若い人間が可愛くて可愛くて仕方ないのです。まさか人間の村人から、自分の事を心配してくれる人が来てくれるなんて思ってもいなかったのです。
しかしやはりオオオロチ様……全く素直になれません。しかも真っ直ぐ若い男を見つめてしまったものですから、男の人は怯えた声で尋ねました。
「あ、あのー……オオオロチ様?」
「だ、大丈夫じゃ! そもそも人間の癖に、神の身を案ずるなんぞ恐れ多いわ!! 分かったらとっとと村に戻らんか! 村の仲間たちに心配されてしまうぞ?」
「そ、そうですか……申し訳ありません。余計な事をしました」
「……フン!」
若い村人さんが神社を出るまで、オオオロチ様は顔を背けたままです。しかし村人が立ち去った後、またしても体をうねらせて悶えました。
「あああああああぁああ! もぅあれじゃ! 尊い! 人間尊い! ほんと好き! なのにすまぬぅ! 冷たくしてすまぬぅ!!」
びったんばったんと、白い蛇の巨体を暴れさせて、愛する村人の行動と、素直になれない自分に悶え苦しみます。ひとしきり一人でくねくねした後、しょんぼりと神社の中に戻っていきます。
そうして色々とありながら、オオオロチ様と村人の関係が続いていました。素直になれない、けれど実は人間大好きな神様と、怖がりながらも神様を信じる、村人との関係は……あの星の降る夜まで、続いていました。