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深い夢  作者: 上原直也
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 さっきも書きましたが、僕の見ている夢は、日常時間のように連続していく夢です。そして僕は前回の夢のなかでかなり危険な状況に立たされていたのです。


 そのとき、僕と姉が立っていた場所は両側を低い壁で囲われた道のようなところでした。万里の頂上のような感じを想像してもらえばわかりやすいと思います。壁の向こう側は深い青色の靄につつまれていて何も見えません。ときおり、遠くからドスンドスンとか何かとてつもなく巨大な生き物が動きまわるような音も聞こえてきます。壁は乗り越えようと思えば乗り越えられる高さですが、もしそうした場合、何が起こるのかは検討もつきませんでした。あまり愉快とは言えない状況に陥るのは目に見えている気がします。



 それで、さっきの話ですが、何故僕がかなり危険な状況に立たされているのかというと、それは、僕が追われていたからです。前回の夢のなかで。


 この夢の世界にはこの夢の世界を管理しているおばあさんがいて、それでたまたまこの夢の世界に迷いこんでしまった人間を片っ端から捉えて、この夢の世界から逃げ出せなくしているという話でした。僕も詳しくは知りません。この夢のなかで知り合った、おかっぱ頭の男の子が、僕にそう教えてくれたのです。


 そしてこの夢の世界から老婆の手を逃れて現実の世界に戻るためには、正しいドアを見つけて、どこかにある背の高い塔の頂上まで登り、その塔の頂上にあるNO0と書かれたドアから外に出て行く必要があるということでした。


 

 でも、そうするのは簡単ではありません。何故かというと、おばあさんが正しいドアをどこかに隠してしまうからです。


 この夢の世界にはあちこちにドアがあって、そのドアには全部NOが書かれているのですが、その順序はいつもめちゃくちゃなのです。たとえば5の次が12だったり、12の次が1だったりします。間違ったドアに入ってしまうと、いつまで経ってもNO0のドアには辿り着けません。したがって、もとの世界に戻ることも不可能なのです。



 でも、僕は前回の夢のなかで、偶然正しい順番のドアを見つけることができました。たぶん、おばあさんが油断していたのでしょう。そのとき、僕は前回NO4のドアをあけたところでした。つまり、次回ドアを開けるときはNO5のドアでなくてはなりません。


 そして僕が夢のなかを彷徨っていると、僕の目の前にその僕が探し求めていたNO5のドアが現れたのです。僕は迷わずにそのドアを開けました。



 ドアを開けた場所は、今僕と姉が立っている、両側を低い壁で囲われた道のような場所になっていました。壁で囲われた道は蛇のようにくねくねと蛇行しながらどこまでも続いていて、その先のずっと向こうの方に巨大な青色の塔のようなものがそびえているのが見えます。たぶん、その青色の塔のようなものが、僕が夢のなかで知り合ったおかっぱ頭の男の子が話していたものなのでしょう。



 僕は前回の夢のなかでその塔を目指して歩き出しました。そしてしばらく歩いていくと、僕が進む反対方向から誰かが歩いてきました。それは僕に青色の塔のことを教えてくれたおかっぱ頭の男の子でした。男の子は「やったね」と、僕に微笑みかけて言いました。


「うん」と、僕は頷きました。

「偶然正しいドアを見つけることができたんだ」

 と、僕は得意になって言いました。僕はそのとき、何か自分がすごいことを成しえたような誇らしい気持ちになっていたのです。


「良かったね」

 と、男の子は言いました。でも、男の子は僕の背後を見つめて、軽く目を細めると、

「でも、急いだ方がいいよ。どうやらおばあさんはきみが正しいドアを見つけたことに気がついたみたいだ」

 と、忠告するように言いました。


 僕は怖くなって後ろを振り返りました。でも、まだそこには誰もいませんでした。ずっと後ろの方に、僕がさっき開けてでてきたNO5ドアが見えるだけです。


「大丈夫」

 と、男の子は僕を安心させるように言いました。

「まだおばあさんはずっと遠くにいるから。おばあさんは今NO1036のドアの外にいるんだ。おばあさんは今日罠をつくりにでかけていたところなんだよ」



「罠?」

と、僕は男の子が言っていることがいまひとつ飲み込めなくて反芻しました。


 男の子は僕の言葉に短く頷きました。僕はそのとき、男の子が心持楽しそうに口角をあげたのが少しに気になりました。でも、何も言いませんでした。


「人間はみんな夢を見るよね?」

と、男の子は言いました。

 僕はただ首を立てに振りました。


「おばあさんはそのみんなが見る夢のなかに入りこんで、そこにドアを置いていくんだ」と、男の子は続けて話ました。


「そうすると、誰かが誤って、そのドアが、おばあさんがおいてきたドアだは知らずに開けてしまうことがある。すると、どうなるか?」

 男の子は僕の反応を楽しむようにそこで一旦言葉を区切りました。


「すると、どうなるの?」

と、僕は尋ねました。


 男の子は僕をじらすように数秒間間をあけたあと、

「その人間はおばあさんが管理してるこの夢の世界に迷い込んでしまうことになるんだ」

 と、告げました。


「じゃあ、僕もおばあさんがしかけたその罠にひっかかっちゃったわけ?」

 と、僕は気になって尋ねてみました。すると、男の子は軽く眼差しを伏せて、

「そういうことになるね」

 と、残念そうに言いました。


 僕は一体いつのまに、自分がおばあさんの置いてきたドアを開けてしまったのだろうと考えました。でも、思い出せませんでした。


「でも、きみは運が良いよ」

と、男の子はしばらくしてから顔をあげて僕の顔を見ると、僕のことを励ますように明るい口調で言いました。


「なぜって、きみはこうしい正しいドアを見つけることができたんだからね。おばあさんもまさかきみが正しいドアを見つけてしまうとは思っていなかったんだろうね。正しいドアはいつも巧妙に隠されて、それを見つけることなんてまずできないんだ。正しいドアを見つけられないまま彷徨い続けるひとをこれまで何人も僕は見てきた。だから、ほんとうに、きみは運がいいよ」


「そっか」

 と、僕はどう答えたらいいのかわからなくて、ただ相槌だけを打ちました。


「だけど、急いだ方がいい」

と、男の子は急に怖い顔になって言いました。

「おばあさんはだって馬鹿じゃないからね。いま、遠くから大急ぎでこの場所に向かってきているよ。捕まったら大変だ。早く塔の頂上まで登って、そこにあるドアから外に出ていくんだ」


 それでも僕がもじもじして動き出せずにいると、

「ほら、早く」

 と、男の子がせかすように言いました。

「急いで。早くしないと、おばあさんがここにきちゃうよ」


 僕は男の子の言葉に頷くと、とりあえずという感じで走り出しました。



 と、そのとき、遠くから何かの動物の鳴き声のような声が聞こえてきました。何か馬と鳥の鳴き声がごちゃ混ぜになったような気味の悪い鳴き声です。それから、何かの動物が猛スピード駆けてくるような足音も聞こえてきます。


「急いで!」

 と、僕の背後で男の子が叫ぶように言いました。

「おばあさんの尖兵がここを見つけた!もうすぐこっちに来るよ」


 僕は立ち止まって、後ろを振り返ってみました。でも、まだそこには誰もいませんでした。少年がこちらを見ているだけです。


「立ち止まっちゃだめだ!」

 と、少年はまた叫びました。


「もし、捕まったら大変だよ。それに、おばあさんはきみが正しいドアを見つけたことに対して、すごく腹を立ててる。おばあさんはきみを捕まえたら、ただじゃすまさないよ。ほんとにひどいことになる」


 僕は男の子の言葉にわかったというように深く頷くと、また走り出しました。男の子が言った、ひどいこととはどういうことなのか、全然わからなかったけれど、とにかくろくなことにはならないのだということだけはわかりました。


  と、そのとき、また背後から音が聞こえました。さっきの奇妙な獣の鳴き声と、バン!という、重い金属の扉が思いっきり力任せに開けられたような音です。今度こそ、何かが後ろに迫ってきているという感覚がありました。


「急いで!早く!」

 と、また男の子が緊迫した口調で警告してきました。


 僕はそれこそ全速力で走りました。絶対に捕まりたくなんてありません。でも、駄目です。僕の背後に何か馬の蹄の音のようなものがどんどん近づいてくるのがわかります。それからシュルルという奇妙な生き物の息遣いのような音も聞こえてきます。


 僕は後ろを振り返って、一体何が近づいてきているのか、確認したいような誘惑に駆られましたが、でも、そうするのは危険だと本能が告げていました。だから、振り返りませんでした。ひたすら走り続けました。


 でも、そのあいだにもどんどん足音は近づいてきて、僕の背後に誰かの手が伸ばされようとしている気配が感じ取れました。もう駄目だ、と、僕は絶望的な気分になりました。でも、幸いなことに、僕はそこで目が覚めのです。

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