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「それで?」と、川上優貴は言った。
「そのあとどうなったの?」
優貴の反応は正直意外だった。話すことがなくなってしまったので、軽い思いつきで夢の話をはじめたのだが、まさか優貴がこれほど僕の夢の話に食いついてくるとは思わなかった。
今、僕と優貴は喫茶店にいて、向かい合わせに座っている。
川上優貴とはただの知り合いだった時期から数えると、もう六年の付き合いになる。僕が大学の二年のときに彼女に告白して交際するようになったのだ。しょっちゅう派手な喧嘩をやらかすし、何度も駄目になりかけたけれど、それでもどうにか関係を保っている。
大学を卒業したあと、僕はSE関係の会社に就職し、彼女は保険会社に就職した。お互い仕事が忙しくて学生のときのように頻繁に会うことはできなくなってしまったけれど、それでも週に一度はこうして会うようにしている。
「どうって・・そのNO8と書いてあるドアを開けたら、また最初のところに立ってたんだ。」
と、僕は優貴の質問に答えて言った。
「・・つまり、ピアノを弾いてた女の子に会う前に立ってたドアの前だよ。」
優貴は僕の言っていることがよく理解できないというように眉根を寄せた。
「それはつまり、また振り出しに戻ったっていうこと?」
「・・そういうことになるのかな。」
と、僕は少し自信なさそうに答えた。
「さっき、武は毎日同じ夢を見るっていったわよね?ということは、毎日その夢が繰り返されるの?その・・ピアノを弾いている女の子に出会って、その女の子に逃がしてもらって、階段を下りていったら、あるはずのドアがなくなってるっていう・・。」
「いや、そうじゃなくて。」
と、僕は彼女の言葉を否定して言った。
「さっき優貴に話したのは、その奇妙な夢を見始めた、最初の日の夢の話なんだ。べつに毎日同じ夢を見るわけじゃなくて、物語みたいに、昨日見た夢と、今日見た夢が繋がってるんだ。たとえば日常の時間の連続みたいにね。目が覚めると夢はそこで一度中断されるけど、また次に眠ると、夢の続きがやってくるっていう感じで・・。」
「何だか気味が悪いわね。」と、彼女はそう言うと、何か肌寒そうに両腕で自分の身体を抱きかかえるようにした。
「もしかすると、そのうち戻ってこれなくなったりして。夢の世界に迷いこんだまま、眠ったままになってしまうとか・・。」
「ちょっと脅かさないでよ。」と、僕は笑って言った。でも、彼女は笑わなかった。
ウェイトレスがやってきて、少なくなっていた僕のお冷に新しくお冷を注ぎ足していった。優貴のお冷も少し減っていて、ウェイトレスは彼女のグラスにも新しくお冷を注ごうとしたのだが、優貴はそれを断った。
「・・・その夢、ほんとうに何でもないといいわね。」
と、優貴は心配そうな顔つきをして僕の顔を見つめた。
「いや、ただの夢だよ。」と、僕は笑って答えた。
「僕を脅かそうとしも駄目だよ。」
僕は冗談めかしてそう言ったけれど、彼女は笑わなかった。どことなく緊張したような面持ちを浮かべたまま黙っていた。それは僕の心をひやりとさせた。ほんとうに彼女の言うとおりになってしまうんじゃないかと僕は恐ろしくなった。というのも、最近夢のなかでの僕の状況は危ういものになってきているのだ・・・。
「・・だけど、優貴がこんなに夢の話に食いついてくるとは思わなかったな。」
と、僕は優貴が黙ったままでいるので、何となく落ち着かなくてそんなことを言った。しかし、優貴は相変わらず僕の言葉に黙ったままでいた。そして何秒間か黙っていてから彼女はふいに口を開いた。
「最近ね、本を読んでるの。」と、優貴は突然話し始めた。「図書館で借りてきた本で、人間の眠りに関する本なんだけど・・。」
僕は優貴の言葉に耳を傾けながら、優貴は一体何を話そうとしているのだろう、と、不安になった。
「どうしてわたしが突然眠りに関する本なんて読むようになったのか不思議に思うでしょ?」
と、優貴は僕の瞳を見つめて言った。思う、というように僕は軽く頷いてみせた。優貴は次の言葉を発するのを躊躇うように少し間をあけたあと、言った。
「・・実はね、わたしの大学の友達が突然眠ったままになってしまったの。」