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僕は彼女の言った言葉の意味がわからなくて、「えっ。」と、言った。すると、彼女は言葉を続けて言った。
「ここはあなたが来てはいけない場所だったのよ。」
と、彼女は少し責めるような口調で言った。
「どういうこと?」
と、僕は彼女の言っていることがよく飲み込めなくて訊き返した。
「ねえ、今、あなたがいる場所は普通の場所じゃないのよ。」
と、彼女は言った。
「それはわかってる?」
「普通の場所じゃない?」
と、僕は小さな声で彼女の言葉を反芻した。
彼女は僕のリアクションに短くため息をついた。失望した、といった感じのするため息のつき方だった。
「ねえ、いい?あなたは今眠っていて、それで夢を見ているの。」
自分がいま夢を見ているのだということに、僕ははじめて気がついた。
「べつに夢を見ることは悪いことじゃないし、普通のことなんだけど・・。」
と、彼女は話を続けた。
「でも、夢のなかには見てはいけない夢があるの。入ってきてはいけない場所。・・そこにはあなたは入ってきてしまっているの。」
「入ってきてはいけない場所?」
「そう。入ってきてはいけない場所。」と、彼女は短く頷いた。
「ここはある意味では本当の夢。深い夢。・・いったんここに入ってしまうと、もう二度とはここから出て行けなくなってしまうの・・。それどころか・・。」
「それどころか?」
と、僕は彼女の言葉の続きが気になって尋ねてみた。でも、彼女は何も言わなかった。それから、彼女はふと何かを思い出したようにそれまで座っていた椅子から立ち上がると、僕の手を取った。彼女の手はやわらかく、そして暖かかった。
「今ならまだ間に合うかもしれないわ。」と、彼女は言った。
「今ならまだ間に合うって?」
僕は何だか急に恐ろしくなってきて言った。
彼女は僕の問いには答えずに、僕の手を取ったまま走り出した。勢い、僕も彼女のあとを追って走り出す形になった。
「ねえ、今ならまだ間に合うかもしれないってどういうこと?」
と、僕は彼女に引っ張られるようにして走りながらもう一度さっきと同じ質問を繰り返してみた。すると、彼女は僕の方を振り返ると、「今ならまだあなたをもとの世界に帰してあげられるかもれしない。逃してあげられるかもしれない。」と、彼女は言った。
逃してあげられるかもしれない?逃がしてあげられるかもしれないって?僕がそんなことを思った瞬間、背後に何か気配を感じた。シュウシュウという何かの生き物の息遣いのような音が微かに聞こえた。
僕は気になって背後を振り返ろうとした。
が、それよりさきに、
「振り返っちゃだめよ!」
と、彼女の制止の声が響いた。僕はびっくりして振り返るのをやめた。
「振り返ったら終わりだから。」
と、彼女は走りながら言った。
終わりという言葉がいったいどういこうとを指すのかわからなかったが、口に出しては何も訊かなかった。とにかく何か恐ろしいことが起こるのだということだけは彼女の口調からしてだいたい想像はついた。僕は黙って彼女のあとに従うことにした。
また背後でシュルルという音が聞こえた。それは僕が背後を振り返らなかったことを残念がっているように聞こえた。
十分間ほど走り続けたあとで、僕の前を走っていた彼女が突然立ち止まった。ほとんど全速力に近いスピードで走っていたせいでかなり僕は息切れしていた。立ち止まった瞬間に、背後から何かが襲いかかってくるような気がしてびくびくしていたが、どうやらそういうことはなさそうだった。彼女は繋いでいた僕の手を離すと、
「ここから逃げて。」と、手で何かを指し示して言った。
彼女が手で示した場所を見てみると、そこにはドアがあった。そのドアにはNO6という番号が表示されていた。