表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春を焚べる  作者: 維酉
3/4

03 春を焚べる③

   Ⅲ



「原付ってさぁ、ふたりのり、していいの」


 市内電車の線路沿いを走っていると、煤城さんがいった。


「いまさらだね」


 と、わたしがいえば、


「いまさらだけど」


 と、煤城さんは困ったようにいう。


「これ、100㏄のやつだから大丈夫」


 わたしは素直に答えてあげた。


「へー、いろいろあるもんだね」


 なはは、とへんな笑い方をされる。わたしも釣られて笑ってしまう。おまえが笑うな、といわれる。たしかにそうかもしれない。


 強引に古本屋〈あおぞら〉から煤城さんを引っ張り出して、いまはドライブの最中だった。わたしの免許は原付二種で、原付も、いちおう《原付》なんていってはいるが100㏄。ふたりのりは可能である。


 タンデム走行ははじめてだったが、特にむずかしいことはなく軽快に走れた。スピードはたしかに出しにくいが、困ることではない。ちなみに、買った古本は〈あおぞら〉に置いてきたままである。


 煤城さんはわたしの背中にがっしりつかまっている。どうやらこわいらしい。わたしは事故を起こしたことがないので安心してほしいのだけど、そう告げても強めにつかまるのはやめない。むしろだんだんと力が強くなっている。


「で、どこ行くの」

「さぁ。どこ行きたい?」

「連れ出しといてノープランかよ」


 ツッコまれる。そりゃそうだ。行く手の信号が赤になる。ブレーキ、そして停止。いつもより大きめの慣性。


「じゃあ、えっと、ごはん食べたい」


 煤城さんがそういった。いまは午後三時である。


「おやつってこと?」

「ううん。お昼ごはん。食べてない」

「なんでさ」

「そりゃあね、こっちにもいろいろあるんです」

「ふぅん」

「エビフライが食べたい」

「ファミレスでいい?」

「なはは、もちろん」


 信号が青に。ゆっくり加速していく。


「飛ばすよ」

「こわいから飛ばすな」


 やはりこわいらしかった。




 てきとうなファミレスに入ると、煤城さんはハンバーグ・アンド・エビフライ定食に即決した。わたしはドリンクバーだけ頼んでおいた。しばらく暇で、話のネタでもさがしていると、煤城さんが、


「で、どうして急に連れ出されたのか」


 至極もっともなことを訊いた。


 が、わたしは首を横に振るしかなく、


「わたしにもわからん」


 とだけ答えた。実際、連れ出したことにはっきりした理由なんてなく、すべてはぽっと出の思いつきだった。


「わからないとは、これいかに」


 煤城さんは立ち上がる。どうしたんだろう、と見上げると、向こうは「おまえこそどうしたんだ」といいたげな目で、


「ドリンクバー」


 といって歩いていく。


「……たしかに、頼んでた」


 わたしも後を追う。


「うわ、なにこれ」


 煤城さんがおもしろそうに呟く。見ると、ドリンクバーからカルピスとオレンジジュースが一対一の割合で出てくるのを見て、ケラケラしている。


「いまどきのファミレスは破天荒だね」


 との評。それからいっぱいになったグラスを持ち上げて、


「はじめて見たな、こんな色」という。ちょっと気色悪いオレンジ色をしている。


「やったことないの、混ぜるやつ」

「ない。育ちがいいから」


 自分でいうな、とはおもったが口にはしない。わたしはウーロン茶にした。


 メインの先に、セットで頼んだポタージュがきた。煤城さんはスプーンで掬ったのを静かに口に運ぶ。上体をかがめることなく、自然にさらりといただくのだが、そういう上品なやりかたをなにかで見たか、読んだかした気がした。すこしして『斜陽』の冒頭だと気づいた。


 しばらくは煤城さんに食事を楽しんでもらった。なぜだか昼飯を食べていないようなので、充分に腹を満たしてもらおうとおもった。


「そういえばさぁ」やがて煤城さんは食事の手を止めた。「四月から受験生だね」

「え。あぁ、そうだね」

「……」

「……」


 沈黙。煤城さんが続けてどうこう、いうこともない。わたしとしては、てきとうな大学に、まぁ文学科あたりで済めばいいとおもっているくらいなので、会話のキャッチボールもうまくできない。


 かなり間があいて、煤城さんが、


「たしかに」とひとりごちる。「藤巻さん、進学とかどうでもよさそう」

「どういう意味」

「本が読めればなんでもいい、みたいな」

「そんな人間に見える?」

「見える」

「マジか」


 おどろいたふりをしてみせたが、その通りである。


「夢とかあるの。将来の展望とか」

「……」もちろん、ない。「煤城さんはあるの」

「わたし? うーん」


 腕を組んで考えだす。熟考、一分。煤城さんが答える前に、メインのハンバーグ・アンド・エビフライのプレートがきた。


「うまそう」


 煤城さんは箸をとる。


「ナイフとフォークもありますよ」

「藤巻さん、あなたは日本人ではないのか?」

「I’ll kill you」

「こっわ。英語圏こっわ」


 煤城さんはこどもみたいに笑う。わたしはクレイジーな英国人になり、ナイフとフォークをむやみやたらとカチャカチャ鳴らす。


「行儀わるいよ」

「ぐうの音もでない」


 すぐにやめた。


 それからわたしはウーロン茶片手に、煤城さんの食事風景をながめるだけとなった。煤城さんはずいぶんおなかが空いていたらしく、ペースよく、ぱくぱく食べ進めていく。そのようすを見ていると、わたしまでおなかが空いてきたが、かといってなにか頼むのも億劫なので我慢しておいた。


「次はどこ行くの」


 ハンバーグを半分くらい平らげたところで、煤城さんがいった。


「次はどこ行きたい?」


 わたしは訊ねる。


「藤巻さんが連れ出したなら、藤巻さんが主体のはずなんだけどなぁ」


 もっともなことをいわれた。煤城さんは「なはは」とへんな笑い方をする。


「そうだな。あんまりお金もないし……」

「カラオケとか」

「カラオケ? へー、行ったことない」

「え、そうなの。友達とかと行かない?」

「行かない。友達いないし」


 嘘つけ、といいそうになったが、踏みとどまる。嘘をついているような目をしてなかった。


「……え、逆に藤巻さんは行くの? 友達とカラオケとやらに?」

「誘われたら行くけど」

「へー、へー。なに歌うの」

「めっちゃ楽しそうな顔するじゃん」

「え、だってさぁ。だって意外じゃん。わたし、藤巻さんは家でずっと本読んでて、外界のことは心底どうだっていいタイプのひとだとおもってた」

「嘘、そんなへんなやつだとおもわれてたの!?」

「なはは、そりゃあさぁ。とにかく『武者小路実篤全集』を十八巻買ってく女子高生なんて、相当な変わり者でしょう」

「うーん、それはそうかもしれないが」

「でも、社交性のある変人、という路線だったんだね」

「ひとの性格を『路線』とかいうのやめてくれる」

「そういう設定」

「『設定』でもない。そして変人でもない」

「ごめんごめん……あ、ねぇ、いま何時」

「三時半過ぎ」

「ふぅん」


 すごくどうでもよさそうな返事をされた。だったらなぜ訊いたのか。


 煤城さんには、友達がいないらしい。それはどうしてだろう。こんなに明るくて、わたしより社交的な女子高生なら、友達くらいいくらでもいそうなものだけど。


 と、思ったものの、理由はすぐにおもいあたった。古本屋の手伝いをしているからだ。放課後や休日に遊ぶことがほとんどないのだろう。だから、外で遊ぶような友達がいないのかもしれない。


 だからまぁ、単に友達がいないというか、休みに出かけて遊ぶような友達がいない、と解釈したほうがよさそうである。学校で一緒にごはんを食べて、休憩時間に話をするくらいの間柄なら、いるだろうし。


「藤巻さん」と、つぎに呼ばれたころには煤城さんはプレートを平らげていた。「あのさ、本当に、藤巻さんが行きたいところはないの?」

「うん、特には。おかしな話だけど」

「へぇ、そっか。じゃあさ、一時間くらい走ってもらえる? 行きたいところがあるんだ」

「一時間か。けっこうだね。問題ないよ」

「なら、すぐに出よう。ぜひとも連れてって」

「いいよ。で、具体的にどこ」

「それはひみつさ」


 それだけいうと、煤城さんは伝票をとった。


 三時四十五分、ファミレスを出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ