5話
あれ?人間って、どうやれば動きを止めれるんだ?足にナイフを刺せば止まる?
分からない・・・分からない・・・分からない。
もし、足にナイフを刺して逃げても追いかけてきたら?人1人担いで逃げ切る事は出来るのか?
リュックからナイフを取り出し、両手で握る。
これを人に刺していいのか?でも、やらなきゃ少女は死ぬ。
鼓動が早まり、冷や汗がどっと出てくる。ナイフを握る手は少しづつ力を増していくのに対して足の力は抜けていく。
逃げればいい
俺の脳裏にその言葉が映った。
少女と中年男性には俺の存在はバレていないんだ。だったら逃げてもいいよな?だって、こんな状況下で逃げない方がおかしい。逃げないやつは所詮偽善者・・・・逃げても俺は悪くない。悪いのは足を捻挫したあの少女と少女を殺そうとしている中年男性なんだ。
そんなふうに自分の意見を肯定して、俺は振り返り、この場から逃げようとした。でも、振り返る寸前、一瞬・・・本当に一瞬、刹那の間だけ、少女と目が合った。そして振り返った俺の背中に対して
「助けて!」
そう言葉を投げかけた。俺は・・・・俺はまた少女の方を向いて目を見る。
今にも泣き出しそうなぐらい目じりに涙を溜め込み、懇願するかのように「助けて 」と何度も俺に言ってくる。
そんな顔されたら・・・・そんな顔されたら、逃げ出せないだろ!
少女が俺の姿を視界に入れた事によって俺はこの場にいる存在になってしまった。
ここで逃げれば、少女にとって俺も人殺しをしたと言っても同じぐらいの罪がある事になる。
少女1人を見殺しにするか、中年男性を行動不可能にするか、どちらかを選ばなければならない。
俺の中では既に答えが出ている。
ナイフを握る手が再び力を増していく。今度は足にも力を入れる。
木陰から一気に出る。すると、中年男性はこちらに気づく。でも、そんなのお構いなしだ。足は止めない。
俺は人のどこを刺せば行動不能になるかなんて分からない・・・・ただ一つを覗いては。
勢いのまま、ナイフを中年男性に向ける。中年男性は未だに状況を理解していない。そんな隙だらけの中年男性との距離を詰め、俺は・・・俺は中年男性の胸に、心臓にナイフを刺した。
奥まで刺さるとナイフを抜き、脇下をくぐるようにして中年男性の横を通り、少女の近くまで行く。
足を止めずに少女を担ぎ、俺は洞窟へと走るのだった。