加護
「さて、約束だ。俺達に加護をよこせ。」
翌日、模擬戦で勝利した場合の約束通り、朝一番でニヒトを訪ねる。校舎の方に職員室があり、ニヒトは既に席に座っていた。
「…驚きましたよ。どんな細工をしたのですか?」
椅子をこちらに向け、怪訝な顔をして言葉を発する。俺が勝ったことが余程信じられないらしい。
「さあな。それより加護だ。俺は別に構わんが、他の3人は話が違う。」
「では、約束通り権利を差し上げましょう。あなた方が水晶に触れて加護を貰えるかどうかは話が別ですが。」
…学校側としては、どうしても俺達に加護を獲得して貰いたくないらしい。『神の力の扱いを教える』が聞いて呆れる。
だが、一度使った細工が通用すると思うなよ。既にタネは見破ったんだ、そう思惑に乗ってたまるかよ。
「では今日は、約束通り皆さんにこの水晶に触って貰います。皆さんに権利があるかは分かりませんが、うまくいけば加護を手に入れることができますよ。」
ニヤニヤと笑いながら言葉を発するニヒト。今は「加護実践」という授業だ。昨日もあったが、俺達は「加護無し」ということで自習させられた。
さて、この世界には大気中に『神秘』が溢れている。『神秘』が濃い場所では体に多くの神秘を蓄えた魔物が発生し、また不可思議な力を持つ土地が生まれる。
また、当然それを吸っている人間の体にも神秘はある。それを用いて加護や奇跡を発動させるのだ。グレンが中級奇跡を使って疲れ果てていたのはこれだ。
勿論神様も特有の神秘を多く持っている。で、貴族共は代々の信仰によりそれを一族に蓄えていると考えられる。
(とするとあの水晶玉は、最適な神の力を検索し、個人とそれのパスを繋げる扉ってとこか。反応が無いということは、大方職員側がその扉を閉じるように細工したんだろう。)
「では、ロック君からどうぞ。」
前へ出て水晶玉に触る。他の3人が心配そうにこちらを覗き込んでいるが、問題ない。この水晶玉が神秘を感知して神の力への扉を開くというなら、逆にこちら側から神の力をぶん流す。そして扉を無理矢理こじ開けてやる。
「おらあ!」
「…どうやら、反応は無い様ですね。」
水晶玉に変化はない。案の定細工されていたが、今度は最大の25%でいくぞ、扉よ開け!
「まだだあ!」
「…は?」
震える水晶玉。そして水晶玉が緑色に光り輝き出す。周囲にその輝きは伝播し、部屋中が照らされる。やがて光が俺の体の中に吸収されていく。
「いよっしゃあ!」
「馬鹿な、ありえない!」
水晶玉に顔を近づけ驚くニヒト。額には汗が流れ、目を剥いて水晶玉を睨み付けている。
「おっと、何が有り得ないんだ?冒険者だって皆持ってるんだ。俺が手に入れても不思議はないだろう。」
…体に変化はないか。やっぱり体内の神核に統合されて消えてしまったらしい。まあ闘技場の『寵愛』に関しては、本来は「体内の神秘を防御に転換する」奇跡の筈だから、何かしら細工がされてるんだろう。「水晶玉に触る」ことが条件ならこれで問題ない。
不思議に思い水晶玉を手に取ろうとするニヒト。そうはいかせるかよ。
「触るな。コイツらがまだだ。」
「ぐっ…!」
「それじゃ次は我がいくぞ!」
そう言って水晶玉を触るクロノ。問題なく水晶玉は発動し…ん?
「無色?何か光ってるのは分かるが、色がついてないな。フィリア、これ知ってるか?」
「知らないわ。無色なんて聞いたことない。」
「ま~いいか。次はどっちがやるのだ?」
そう言うと水晶玉から離れて指差すクロノ。
前のトラウマがあるのか、フィリアはそこで一歩下がってしまった。
冒険者も皆手に入れるものなので、誰しもに加護は与えられる。だが…
(…怖いのか、自分の信仰が否定されるのが。)
「じゃ、じゃあ私が先にやりますね。」
おずおずと前に進み、チェインが水晶玉に手をかざす。
そして生徒が手を触れる度、ニヒトの顔が歪み顔に脂汗をかいている。…恐怖の仕方が妙じゃないか?
「えーっと、はい。」
む、水晶玉が…光らない。
「…あー、これは伝令神ね。水晶玉に紋章が浮かんでる。色がいまいちイメージ無い神は紋章で伝えるっぽいわ。」
「これそういうシステムになってんのかよ。」
「これ、戦えるんですか?」
「多分この加護単体は無理。他に攻撃手段を確保しないとね。…まあ、戦闘以外なら重宝するわよ。」
「そんな…!」
ガックリとうなだれるチェイン。なまじ戦える加護な分、俺からは慰め様がない。
「何の神か分からない我よりはマシだぞ。元気出せ。」
「クロノさん…!」
項垂れるチェインの肩を叩くクロノ。その瞳には自嘲が浮かんでいる。
クロノもクロノで光ったはいいけど何の神か分からないんだよな。うーん、今度他のSランク冒険者にも聞いてみるか。情報通もいることだし。
「つ、次は私ね…!」
おっかなびっくり手を出すフィリア。その手が水晶玉に触れるか触れないかというところで、ニヒトが口を開いた。
「触れてもいいんですか?」
フィリアの手が止まる。
先程まで脂汗をかき、焦っていたニヒトは弱点を見つけたとばかりに攻撃する。
「光らないかもしれませんよ?ひょっとしたら、今までの全てが『無駄』かもしれませんよ?本当に貴方の祈りは届いていたんでしょうか?」
「てめえ…!」
笑いながら言葉を繋げるニヒト。
「ひょっとしたら、他の神様の加護かもしれませんねえ。炎の女神なんて聞いたことありませんし。」
「―――それはもう私に効かないわよ。今までのことに間違いはない。私はそう信じる。」
俺の方を見てそう言うフィリア。
そして手を水晶玉に触れると―――
「な、何だこの反応は!?馬鹿な、水晶玉が―――」
水晶玉が赤い光を目映く発し、大きく震える。赤い光は、グレンのものとは違い、柔らかな橙を帯びた色だ。そしてその震えはどんどん大きくなり、光がフィリアの方へ伝播する。
そして、水晶玉が爆散した。
「キャッ!?」
そしてフィリアの体に光が吸い込まれていった。
「う、嘘だ!?こんな反応は聞いたことがない!こんなの、上級の貴族でも見たことがないぞ!」
狼狽し、わめき散らすニヒト。正直脂汗がまき散らされてうっとうしい。
「やったではないかフィリア!」「す、すごいですフィリアさん!」
「え、えへへ…。」
(―――今の反応は…)
二人に褒められ顔を緩ませるフィリア。頬を掻いて恥ずかしそうにしているが、顔には安堵の色が濃く見える。
少し気になる点もあるが、ひとまず一件落着と言ったところだろうか。
「う、嘘だ…こんなの…!全員が私より…」
脇で灰になっているニヒトは知らん。大方コイツも加護を貰ったことがあるんだろうが、この場の4人よりも水晶の反応が小さかったのだろう。他人の神様馬鹿にした罰だぜこの野郎が。