鋼の意思/登場
「もう入ってもいい?」
「いいぞ、手狭だが我慢してくれ。」
元が貴族階級の部屋なだけあって、一部屋一部屋は広い。少し古さはあるが。俺はそれに乗じてテーブルを搬入し、座布団を敷いて無理矢理居間のような空間にしている。
「ちょっと改造し過ぎじゃない?」
「地面に座って呑まねえと呑んだ気がしねえんだ。勉強机に座って呑むのも風情がない。」
「飲むって何を?」
「ハハハ、こっちの話だ。で、今日の礼だっけ?気にしなくていいんだがな。」
フィリアに座布団に座る様に促し、テーブルで対面する。もう夕方であるからか、部屋には赤い日が差込んでいる。
「いや、本当に感謝してるわ。ありがとう。」
そう言って深々と頭を下げるフィリア。その顔と声からは、真摯に感謝していることが伝わってくる。…俺なりに打算も絡めたことだから、感謝されるとこそばゆいが。
「アイツらに囲まれてた時、心が折れかかってた。アイツらに対する怒りじゃなくて、自分に対する怒りと無力で。」
「…一つ、聞いてもいいか。何でこの学園に入ろうと思ったんだ?教会で学んだなら、他に道はあっただろうに。」
彼女の悔恨と怒りから、信仰に対する思いは伝わってきた。だからこそ気になってしまった。何故こんな仕事を選んだのか。
「私の教会の神父様がね、A級の冒険者なの。クエストで稼いだお金で孤児院を経営してるのよ。私たちは、昔からその背中を見て育ったの。」
貴族以外でA級とは、相当な経験を積んできたのだろう。俺はパーティーを組んでいたが、ランク一つ上げるのも苦労したものだ。
「だからかな、冒険者になりたいって思った。こんな人になりたいって素直に思えたの。それを神父様に言ったら、今まで貯めたお金があるからこの学園はどうかって。」
フィリアの話を聞くに、地方にはこの学園の悪評が轟いていないようだ。王都を中心に仕事をしていた俺でさえ、『評判が悪い』程度に留まっていたんだからな。
(となると、地方から受けた奴も一定数いるはずだ。だが孤児院出身なら、グレンみてえに『親無し』の戯れ言だと捉えられる。『庶民枠』は悪評を広めない為に、何かしら弱い立場の奴を選んでるのか。胸クソ悪いぜ。)
…となると、残りの2人も何か事情を抱えていると思って良い。迂闊に踏み込んじゃいけない何かを。
「―――ま、こんなことになっちゃったけどね。でも、貴方のお陰で折れかけてた心を繋ぐことができた。それに、まだ希望はあるしね。」
「希望?」
「ええ。卒業時のランクによって入れる所が変わるのよ。Sランクは王都の騎士団、Aランク以下はそれに対応する冒険者に。外で評価されるのは卒業時のランクだからね。」
ここのランク分けにそんな意味があったのか。…一ヶ月で詰め込み学習しただけで全然学園について知れてないな。
「だから、私はSランクを目指すわ!これから頑張って、私を信じて送り出してくれた神父様を超える!まあなるのは冒険者だけどね。」
「となると、Sランクの冒険者か。お前ならなれるぜ、きっと。」
「聞いたことないけど、そのつもりで頑張るわ。私はSランク冒険者になる!」
そう言ってビシィ!とポーズをとるフィリア。うん、やはりフィリアは気丈な方が似合ってるわ。ちょっと馬鹿っぽいけど。
…それに、こんだけ逆境にいて上を目指せるってのは、案外本当になっちまうかもな。となれば俺達の仲間も増える、いいことだ。
「―――っと、お礼の品持ってきたの忘れてたわ。さっき言ったとおりお金はあんまりないんだけど、お菓子を学園の売店で買ってきたわ。」
「いや、十分だ。気持ちが籠もってるだけで肴になるからよ。」
「…?まあいっか。ロックのお陰で奴らへの対策も見つけたし。」
「対策?」
「今度脅されたら言ってやるわ、『アンタはそんな手を使わないと勝てないの』ってね。ロックの挑発にアイツらぶんむくれてたし、結構効くでしょこれ。」
目をキラリと光らせるフィリア。それは傑作だ、確かに効果的だな。…こんだけ性根が真っ直ぐ育ったんだ、余程神父様は立派な人なんだろう。今度挨拶に行ってもいいかもしれねえ。
「さて、今度こそ。」
フィリアが帰った後に冷蔵設備から酒とコップを取り出し、テーブルに座る。待ちかねたぜこの時を。
「何せ一ヶ月ぶりだからな~。」
そう、受験の為に俺は強制的に酒断ちさせられていたのだ。本当は昨日祝杯を上げようと思っていたが、あんなことの後に呑んだら酒が不味くなっちまう。この一ヶ月、長かったぜ…!
「それじゃ、一ヶ月ぶりのお酒ちゃんだ。いただき…
「たのもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」ゴブゥ!?ゲホッゴホッ!?」
な、何だ何だ!?討ち入りか!?闇討ちか!?
「フィリアとロックはいるかああああああああああ!」
何だこの馬鹿デカい声は!?外だ、寮の外から聞こえてくるぞ。
ドアを開けると、フィリアが同時に飛び出してくる。
「おいフィリア、お呼びだぞ。」
「冗談、ロックの方が主目的よきっと。完ッ全にやばい気配しかしないわ。」
「いやお前の方を先に呼んでたろ。俺が見張っておくから…」
「いないのかああああああああああああああ!?」
「「うるっせえ!」」
2人で宿舎の外に飛び出すと、そこには…グレンとそばにもう1人いた。
どうやら声の主はその一方らしい。
(てか、何だこのキャラ立ちの暴力みたいな奴は!?フィリア、知り合いか?)
(いやこんな無駄にキャラ濃い奴知らないわよ!)
その声の主は、下は学園のジャージ、上はタンクトップ一丁で着ればいいのに学ランを羽織り、頭にはバンダナを巻いた男だった。
ちなみに手にはトンカチ。鍛冶道具の一種の様だ。
「いや、すまねえな。ここ無駄に広くてどこにいるか分からなかったからよ。声出させて貰った。」
「は、はあ。で、何の用ですか?私コイツの顔見たくないんですけど?」
フィリアはグレンを指差してそう言う。まあ当然だわな。
「謝りに来た。」
「「ん?」」
「いや、謝りに来た。」
「「は?」」
余りにも唐突。余りにも直接的。コイツ、登場から言動まで全部予測ができねえ…!
というか、隣のグレンがめっちゃ萎縮してるんだが。ちょっと見ない間に痩せたのかってくらい小さく見える。
「俺はCランクのトップやらせて貰ってる、鋼練十郎ってモンだ。ハガネって呼んでくれ。」
(…ん?鋼?それにこの名前の付け方は…)
「お前もしかして、鋼一門の跡取りか?」
「お、知ってる奴がいたか。嬉しいねえ、こんなに遠くで俺の家の名前が知られてるってのは。」
鋼一門。王都から遙か東にある地域を治めている一家だ。向こうの文化は独自に発達したものであり、名前の付け方からして違う。
かつて龍が住み、存在を秘されて来た幻の郷。神代の中盤にとある大英雄が一人で龍を殲滅し、神が統治するようになった土地、人呼んで『龍想郷』。
鋼一門には、かつて俺も世話になったことがある。風神の神核を手に入れる前までは、刀を振るって冒険者やってたもんだから、刀鍛冶を生業とする鋼一門にはよく世話になった。
龍の爪を模した刀という武器は、この地方独特の武器だからな。ついでに酒もうめえ。
「…で、向こうからの便が遅れに遅れ、今日の夕方着いて見たらコイツに泣きつかれたって訳だ。報復してくれってな。」
「だから昨日いなかったのか。」
「おう。そんで事情をよくよく聞いてみたら、コイツが十割悪いじゃねぇか。これは謝りに行かんと筋が通らねえ。そういう訳で今来たって訳だ。」
これは何とも、自分の舎弟がやったことまでケツを拭きに来るとは。すげえなオイ。ここの学園の奴らに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
フィリアがすっげえ苦い顔してるけど。
「俺は別にいい。フィリアの代わりにそいつぶっ叩いただけだからな。そもそも謝罪される謂われがねえ。だが、フィリアは違う。」
「―――すまねえ。俺が早く到着してればこんなことは起きなかった。Cランクの奴には言って聞かせる。二度とこんな真似はさせねえ。おい、お前も謝れ。」
「ご、ごめんなさい。」
ハガネに促されて謝るグレン。ハガネに習うようにしっかりと頭を下げる。それを見て、思いっきり大きなため息を吐くフィリア。
「謝ってくれたならまあいいわ。私もアンタの信仰対象を貶しちゃったし、恨みっこなしでいいわよ。」
「…すまなかった、あれはやり過ぎた。」
はー、鋼一門ってやっぱすげえな。王家直々に龍仙郷の統治を任されるだけある。だが、ここじゃ終われねえ。
「…一つ、質問いいか。お前にフィリアの家の情報を教えたのは誰だ。」
「お前らのとこの担任だ。『あんな身分の奴に、君達のやってきたことを否定されていいんですか』って言われて、頭にきちまった。」
「―――分かったぜ、ありがとな。」
「―――それじゃ、俺達は行くぜ。そろそろ日が暮れかけてる。次は…『クラス対抗戦』ってとこか。ま、お前に負けないよう鍛えとくからよ、楽しみにしといてくれや。」
そう言うと学ランを靡かせ去って行くハガネ。
「…嵐の様な奴だったわね。」
「…そうだな。気力を根こそぎ持ってかれた気分だ。」
…酒は、明日にしよう。飲む気力すら削がれちまった。
鋼一門も貴族の範囲です。ロックが知っている数少ない貴族でもあります。
※追記:拙文にお付き合い頂きありがとうございます。ひとまず序章は終了です。
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