危機一髪
『俺に文句がある奴はかかってこい。正々堂々相手してやる。』
王城、女王の執務室にて、ワルプルギスと女王は闘技場の様子を盗み見していた。
女王は、流石に二日目で何か起こることはないだろうという半ば祈るような気持ちで。
ワルプルギスは、王女の様子を見るつもりで、学園を魔法で監視していた。
結果がこれである。入学二日目にして、貴族達への宣戦布告。『悪目立ちはしない』という舌の根も乾かぬ内からの暴挙。
「ギャハハハハハハ!言ったぞコイツ!2日目にして喧嘩売りやがった!」
「ハア…」
腹を抱えて大爆笑する大魔女と、こめかみを抑えてため息をつく女王。
女王も予想はしていた。いずれこうなるだろうとは思ってはいた。だが二日だ。
(まあ、私の予想以上に彼と学園の相性が悪かったんでしょうね…まさかこんなに早く手を打つとは。)
「ギャハハハ、ゲホッゴホッ、クククク…!」
「うるさいですよワルプルギス。咽せるくらいなら笑わないで下さい。」
隣で笑いすぎて死にかけている大魔女。心底愉快でたまらないといった様子である。
「これが笑わずにいられるかよ。ククッ、大体、お前も予想してたじゃあないか。何日だっけ?」
「一月です。」
「我は三日だ。賭けは我の勝ちだな。」
ロックが入学する前、こんなことになるんじゃないかとは二人で話していた。ワルプルギスは入学試験で落ちることも賭けていたが。
「さて―――実際問題、お前の狙いの一つだろ、これ。」
笑いを止めると、真面目な様子で女王に問うワルプルギス。
「あら、分かりましたか。」
それに対し、さも当然の様に答える女王。その顔には先程までの憂いはない。
「最近、教会と結びついて信仰を独占しようとする貴族が後を絶ちません。勿論あの学園にいる方々の中にも、そのような考えの方がいます。全く、思い上がり甚だしい。」
この国は、神々の大戦争で武勲を上げた血族と、正しく神の血を引く王家が作り上げたもの。
元々貴族は神の名の下に功績を打ち立てた一族である。故に、自分たちの血族のみが信仰を許されていると考えるのも無理はない。
―――だが、女王はそれを「思い上がり」と断じる。神を信じる権利は平等である、と。
「だがいいのか?アイツが袋叩きにあうぞ。我は面白いからいいが。」
「そうそう袋叩きにはされませんよ。なにせS級ですから。まあ、カビ臭い温習や認識には新たな風が必要でしょう。それに、彼の狙いはそこです。」
「…なるほどな、道理でわざとらしい挑発だった訳だぜ。ヘイト管理か。」
「十中八九そうでしょう。感情だけで振る舞う彼ではありませんよ。まあ感情も半分以上を占めてるでしょうが。」
反王女派閥が実験を握っている学園というだけあって、王女を快く思わない人間も多い。結託し、王女に対し何かを仕掛ける輩もいずれは出てくる。
だがそれはあくまで家の事情だ。親の意思をそのまま自分の意思としている子供はそう多くはない。だが、本人は何とも思っていなくてもいずれどちらかに傾く。
そこで、今まで積み上げてきた家の歴史をある種『否定』する。…常識的な範囲ではあるが。それにより本人も否定された気になり、ロックに敵意を向ける理由ができる。
そうなれば生粋の反女王派閥以外はロックを潰すように動き、王女はターゲットから当面外れる。
ランクという制度により、王女と距離を取られてしまったロックはわざと挑発することで王女を守ったということだ。
「さて、ワルプルギス。貴方の残り時間は少ないですよ。」
「…大分状況が悪いのか。」
「ええ。10年前であれば話は違ったんですけどね。私もいずれは…。」
「ま、タネは仕込んである。それまで好きにやらせて貰うとするさ。…契約でこの城からは出られねえが。皮肉なモンだぜ、敵地の学園の方が安全だってのはよ。王女を寮に入れといて正解だったな。」
「全くです。」
そう言うと女王はまたため息をつき、ワルプルギスは虚空へと消えた。
(…あーあ、早く動き過ぎたかな。本当はもうちょい粘ってから引きつけたかったが、泣いてる奴を見過ごせるかよ。)
俺は今自室にて寝転がっています。基本骨子は、ベッドと勉強机だけの部屋だ。一応風呂と冷蔵設備もある。『神秘』を流せば一応使える。
(てかわざわざ寮までランク別に分けてんじゃねえよ。罰ゲームじゃねえんだぞ衣食住は。)
この学園はSABCDとわざわざランクを分けて建物が作ってあり、待遇にしっかり差が付けられている。
まあ、SABCは上級生と階で別れてるらしいし、男女もちゃんと別れているらしい。だがDランクは違う。
(Dランクは上級生もいねえし、人数が俺含めて4人だってのに明らかにサイズがでけえ。恐らく、階級分けが苛烈になる前に使われてた寮だなここは。)
普段使われていないせいで一階付近しか手入れが頻繁にされていない。ゴーストハウスもかくやと言った荒れ具合である。
お陰で新入生は部屋を一人一つ、近くに配置されている。男女分けなんざ存在しない。因みに右隣はフィリアの部屋、そのまた右はチェイン、そのまた右はクロノの部屋だ。
「だが、まあいい。如何なる状況においても楽しみを見出すのがS級。上級生がいないのも考え方によってはメリットだ。」
寝転がった状態から立ち上がり、冷蔵設備の扉を開ける。フフフ、お楽しみの時間だぜ。
「いや~、寮にぶち込まれた時に隠して持ち込んどいて良かった良かった。」
取り出したるは酒の瓶。S級時代に住んでいた家から持ち出してきたものだ。え?子供の体になったから禁酒?ここにぶち込まれた理由?…大丈夫大丈夫。俺自己管理得意だから。子供になってから流石に煙草は止めてるから。吸いたいけど。
「全く、嫌になるぜ。ストレスが溜まるったらありゃしねえ。さて、久し振りに―――ブッ!?」
俺が酒をコップに注ぎ、口を付けようとした所で部屋のドアがノックされる。驚いて気管に入っちまったじゃねぇか。
(というか、不味いぞこれは。どうする、どうする…!)
「ちょっと大丈夫!?咳が聞こえたけど!?」
俺を案じたフィリアが扉を開けて入ってくる。うおお間に合え俺の風よ!
「…何そのポーズ。右手を平らにして意味あるの?」
右手の平を天井に向け、明らかに怪しいポーズで固まる俺。そのポーズに気を取られ、フィリアはジト目でこちらを見ている。
そして天井付近には、封が開いたままの酒瓶と並々に酒が注いであるコップ。
気づかれる寸前にこれらを天井付近に押し上げたのだ。お陰で右手が変なポーズになってしまったが。
(…っぶねー!マジで危ねえ!)
「こ、このポーズは健康に良いんだ。そ、それよりフィリア何の用だ?」
「いや、今日のお礼をしようと思って…。部屋、入っていい?後いつまでそのポーズしてんの?」
「ちょ、ちょおーっと部屋の外で待っててくれ。片付けるから。」
「別に汚くないと思うけどね。分かったわ。」
危うく学園生活が終わりを迎える所だったぜ、危ねえ危ねえ。
※自業自得です。
酒を飲む度ピンチに陥る男、ロック。今回は完全に自業自得です。