信じる権利(※旧タイトル:宣戦布告)
「―――試合開始!」
頭の中に試合開始の号令が響く。それと同時に、会場の盛り上がりが頂点に達し歓声が轟く。
「グレン、やっちまえ!」「身の程知らずを殺してやれ!」
会場がグレンへの声援一色に染まる。端から見れば一方的な処刑だろう。思い上がった庶民に対し、制裁を下す一種のエンタテインメント。奴らはここで俺が負けることで、自信の優位性を感じて悦に入るってとこか。
「どうした?攻撃してこないのか?」
「口を開くなと言ったろ。」
「…っ!てめえが、俺に命令するんじゃねぇ!」
グレンは俺の挑発を聞き、拳に炎を纏い突っ込んでくる。その動きは緩慢で、攻撃と言うほどのものではない。
俺がその場を動かずに佇んでいると、グレンの拳が俺の顔面に直撃する。
「ハハハ、直撃だぜ!」
俺にダメージは一切無い。普段なら体に風を纏って防御する所だが、その必要性すらもない。それに、この試合は宣言通り俺の力だけで勝つと決めている。
「真面目にやれ。それがお前の全力か?」
相手の神経を逆なでするように声を発する。ここである程度実力を把握しとかねえと、打ったら殺しちまうかもしれねえ。
「クソ野郎がぁ!」
手と足の先に炎を纏い、乱打を俺に浴びせる。そのどれもが防御姿勢を取る意味がないものばかりだ。コイツ、まともに戦ったことがねえな。お家で戦闘技能は学んでいる様だが、実戦経験が皆無だ。頭で理論を考えているせいか威力が削がれてる。
観客は俺が躱すこともできずに当たっていると思っているのか、攻撃が当たる度に大歓声だ。うるさいったらありゃしねえ。
「おっ。」
「『火線』!」
業を煮やしたのか、俺を上空にぶん投げる。そして一瞬の溜めの後、俺を指差してその先から炎の光線を発する。
「おお、あれは炎の神の中級奇跡です!これを喰らえば、加護無しはひとたまりもないでしょう!」
俺の体に当たった光線は爆発し、周囲が煙に包まれる。会場は大歓声。この煙が晴れた後に、黒焦げになった俺が倒れ伏している。そんなことを期待しているんだろう。
(…ここまでだな。赤いオーラが小さくなってる。今の奇跡で体内の『神秘』がもってかれたのか。)
砂煙の中からでも、グレンの周囲のオーラが薄れているのは分かる。中級奇跡なんざ無理に使うから、威力も神秘もどっちも無駄に削がれたようだ。
(本来の『火線』なら、少しはダメージが入ったかもしれねえのにな。)
お家で炎の聖書でも読み解いたんだろう。まあ、子供の内から中級奇跡を使えてるってのは中々すげえ。俺も『火線』を使っている聖職者を見たことがあるが、いずれも大人だった。
「ハア、ハア、どうだ…!」
グレンは俺を殺すつもりで打った。その顔には勝ち誇った笑みが張り付いている。
だが、それもすぐに戦慄の表情に変わる。
「お前の実力はよく分かった。」
砂煙が晴れ、中から無傷の俺が姿を現す。…若干服は焦げたが。
会場に静寂が訪れ、皆ありえないものを見た、というような表情をしている。
「う、嘘だ…、加護無しが、俺の奇跡を耐えるはずが…!」
怯えた様子のグレンに歩を進める。一歩一歩確実に、距離を詰めていく。
「く、来るなぁ!」
衆人環視の上だ、逃げるなんて選択肢をとれるはずもない。となれば後は、火の粉を散らして攻撃してくるのみだ。
「―――掴まえたぜ。」
一瞬にして距離を詰め、相手の襟を左手で掴み上げる。
「言ったよな、他人の大事なモンに足乗せた奴が無事に済むと思うなよ。」
左腕に力を込め、こちらまで顔をたぐり寄せる。面と面を付き合わせ、目をのぞき込む。
「歯あ食いしばれ。」
グレンの顔が恐怖に歪み、うわごとの様に何かを呟いた。その目をギュッと瞑り、声を震わしながら言葉を発する。
「―――た、助けて、神様…!」
「―――馬鹿野郎が。」
瞬間、会場の観客は皆息を呑んだ。いや、会場の殆どが、振りかぶったロックの右手の動きを追うことが出来なかった。追えたのはSランクで見に来ていた数人と、Aランクの上位層のみ。
それ以外の観客には、ロックの手がブレた瞬間にグレンが弾き飛ばされたことしか分からない。
グレンは凄まじい勢いで闘技場の壁に叩き付けられ、気を失う。
オーラの防御を貫き、意識だけを刈り取るように威力を加減されたそれは、ロックなりの優しさであった。
負けたグレンがこれ以上の無様を晒さないよう、綺麗に退場させるための慈悲にして罰。
殴られたグレンが一番分かる。この拳が精緻に加減されたものだと。
弱者からの憐れみは、グレンの自尊心を大いに傷つけ―――グレンは、失意の中で意識を失った。
「試合、終了です。」
会場を静寂が包む。目の前の光景を信じられずに閉口する者、自分が標的にされることを恐れる者、今の一撃からロックの実力を測ろうとする者。
千差万別であったが、皆一様におし黙り、目前の光景を見ている。
「てめえら聞け!」
不意にロックが大声を上げ、観客はそれに耳をそばだてる。風に乗って拡声された声は、会場内全てに轟いた。
「何かを信じるのに、身分なんざ関係ねえ!」
それは宣戦布告であった。一族として神を信じてきた者、その信仰に対し自分達こそ相応しいと思っている者へのメッセージ。
この会場にいる、ほぼ全ての貴族にロックは突きつけた。お前らのそれは思い上がりである、と。
「てめえらに、誰かの大事なモンを奪う権利はねぇ!」
権力者上等。一介の人間であるロックが、上から見下ろす貴族達に宣言する。
「―――俺に文句がある奴はかかってこい。正々堂々相手してやる。」
※章追加にあたりサブタイトル変えました。
旧サブタイトル:戦線布告